-本編・妖狐編ⅡとⅢの間のお話-
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外は晴れ。
窓からぼうっと外を眺める栄子。
魔界にしては空気の澄んでいるこの地域は魔界の植物や生き物以外の生物も生息している。
たまに見かけるそれは、見る者を幸せに導くと言われている。
雨上がりの涼しく空気の清清しい時期や晴れた空気のおいしい時などはたまに見かける。
手に乗るほどの小さな人型に、背に光る羽。
それが草木の間からキラキラと線を描くように羽ばたき彼女の目の前を通り過ぎる。
「あっ…妖精!!」
思わず手を伸ばすものの、妖精は気にせずそのままくるくると庭で遊ぶかのように円を書き、森の方へ向かっていく。
以前、妖精を見た日の夕食は驚くほど豪華で、蔵馬の機嫌もすこぶる良く普段なら聞いてくれない狐の変化も快く聞いてくれた。
「…今日は、何があるのかしら。」
少しばかり期待を抱き胸が高鳴る栄子の耳にくすくすと誰かの笑い声が入る。
ふと目を向ければ庭の向こう側に黒のフードを被った誰かがこちらの様子を見て口元に手を当て笑っている。
(誰かしら…?)
団員のメンバーではなさそうなその人物。
知っている人ならばまず顔を隠す事もしないだろう…。
黒のフードの下から見える赤い唇にそこに当てた華奢な手。
「妖精は追いかけちゃだめよ?」
開いた唇から鳴る甘い女性の色香を含んだ声色。
そして、ゆっくりと栄子の側に歩み寄る。
草を掻き分け歩いてくるはずの足取りは宙に浮いているのかのように軽やかで足跡を残さない。
「…蔵馬の…お客さん?」
窓の側まで来ると止まる彼女を恐る恐る見上げそう尋ねる。
「えぇ、始めまして。」
彼女の顔はフードで見ることが出来ない。しかしほのかな甘い香りが栄子の鼻を掠め少なからず大人の女性である事を伝える。
「…始めまして。栄子です。」
「あら、お行儀のいい子ね。」
くすくすと形の良い唇が弧を描く。
客が女性だという事に今朝の出来事もありいささか思うこともあるものの、それよりも今の栄子は違うことに意識が向いていた。
「…どうして妖精を追いかけちゃだめなの?」
「妖精は悪戯が大好きなのよ。」
「悪戯…?」
あんなにも小さな生き物がどんな悪戯をするというのか。
いまいちピンと来なく首を傾げる栄子。
「まぁ…着いていっても命までは取らないでしょうけど。」
「……命。」
命まで取らないと等と表現するとはありえないと思うものの恐ろしい。
命まで取らないという事はそれに近い事はあるかもしれないという事だ。
ここはあくまで魔界だ。
以前より馴染んだ世界といえど、人間界との常識の差はやはり大きい。
弱肉強食の世界。
ここは強いものが全て。
法律も秩序もなにもない無法地帯と言える。
「気に入られれば元の世界へ返してくれるかもしれないけどね…。」
ぽそりと呟く彼女の声に耳を疑う。
思わず目を見開く栄子を見て面白そうに弧を描く赤い唇。
「帰りたいのでしょう?」
両親・友人…そして、幼なじみの顔が脳裏に映る。
「妖精の力がなくても、あなたを元の世界に返してあげれるわ、私なら。」
どれほど望み叶わなかった事を、目の前の人物はいとも簡単に言葉に出す。
「そんな事、できるの?」
声が震える。
いつからかこの世界を好きになっていった自分…それと共に薄れてきている自分の世界。
「ここにいればあなたの人間界の記憶はもっと薄くなっていくわ。そしていつか忘れる。それでも…いいの?」
首を横に振る。
「そう…帰りたいのね?」
「……私は…」
胸が締め付けられる。
彼の姿が頭に浮かぶ。
優しくも甘い金色の瞳に、銀髪の妖怪。
離れる…
ずっとそれはないと思っていた。
秀忠が亡くなってからというもの彼の側にいることは当初自身の戒めだとも思っていた。
時間が経つにつれ彼の側にいる事は一種の呪縛であった。
だけどそれも今となっては…
(いいわけだわ…)
栄子は瞳を伏せる。
そんな栄子の頭を撫でようと彼女が手を伸ばした時だった。
「変な事を吹き込んでもらっちゃ困るな。」
背後の声に驚き振り返ると、栄子の後ろからそれを掴み女性を睨む黒鵺の姿。
みしみしと掴まれた手が栄子の目の前で音を立てる。
「黒鵺!!」
彼の登場に驚くものの、女性の手になんという事をしているのだと思わず彼の手を叩く。
黒鵺は舌打ちをしそれをしぶしぶ離す、そして青ざめ女性に謝る栄子。
女性は首を振りくすくすと何もなかったかのように笑う。
握りつぶされそうだった彼女の手はなんと痛々しく赤いことか。
「蔵馬から薬草もらってくる!!」
「必要ねぇ。」
その場から離れようとする栄子の首根っこを掴み思わず息が止まりそうになるものの、こうなった原因はあなたなのよ!!と彼を責めるが答えない彼の視線は依然として女性に向いていた。
「蔵馬に無断で口説くとは良い度胸じゃねぇか。奴の知り合いじゃなかったら殺してやるのに。」
稀に見る冷ややかな口調に彼女に向けられる殺気。
「怖いわね…良い男なのに。」
それでも何も感じてないかのように楽しそうに口元に手を当て笑う。
「……二度と来るな。去れ。」
自分が睨まれてるわけではないのに身を縮める栄子。
それほど黒鵺の怒りを感じてしまっている。
女性は仕方ないといったかのように息を付く。
「…わかったわ。蔵馬によろしくね。」
だけど、それでも余裕ありげな色香を含んだその口調。
それに再び頭上から聞こえる舌打ち。
一体これは何なのか。
妖しくないといえば嘘になるが…そこまで邪険にされる程何かをしたのだろうか。
どこでどういった自分の情報が漏れたのか、蔵馬が言ったのかは定かではないが、自分を帰してくれると優しく言っただけの事。
しかも蔵馬の客ならば、この黒鵺の扱いは異様だ。
軽やかな足音が遠ざかっていく。
「黒鵺のばか…」
窓際で蹲り彼を見上げる。
「あの女の事は忘れろ、元の世界に返す術なんて嘘っぱちだ。」
「…え…」
「おまえが欲しいだけさ。珍しいみたいだぜ、おまえの涙…。」
「……。」
少しだけ見えた希望がうち砕かれる。
落ちた瞳に黒鵺の心配気な声が降る。
「…帰りたいのか?」
頭を撫でる優しい手。
答えられない自分。
帰りたい…に決まっている。
皆に会いたい。
だけど…
無言の栄子の頭をそれ以上は何も言わず優しく撫でる。
いつも蔵馬が優しく撫でるかのように…