薔薇とお狐様4
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さわさわとカーテンが揺れる
夕日が微かに入る夕刻。
ソファに腰掛けた秀一の膝には栄子が泣き疲れて顔をうずめ眠っていた。
真っ赤に瞼が腫れている彼女のそれに秀一は指を這わす。
秀一の意識か浮上した瞬間、今まで忘れていた昔の記憶が彼の脳内に流れ込んで来た。それこそ、未来から来た彼女と過ごした日々。
今の自分とリンクしたそれは意外とすんなり嵌り、記憶はついこの前のことの様に残る。
秀一は自身の手を見た。
蔵馬であり秀一の手。
同化した体とはいえ、もう妖気が出ることはない。
弱い人の体、それでも酷く焦がれ欲しかった、彼女と同じ人間の体だ。
強い妖怪の体は役には立った。
欲しいものを手に入れ、魔界で上に立つためには知識と共に確かに必要だった。
だがー…彼女と共に歩むにはいつか必ず枷になる。
そっと指を彼女の瞼から頬に這わす。
蔵馬の時から、今に駆けてどれだけ惹かれ欲しがった存在か。
それがあるならば他など必要ない。
「…病気だろ。」
困ったな…と苦笑しながらも一人呟く。
その時だった。
「はっ!!びょ、病気!??秀ちゃん病気なの!??」
目の前でがばっと飛び起きる彼女に目を見開く。
「体辛い?やっぱり一週間なにも食べてないし動いてないから??あぁ、どうしよ、ごめん、私寝てる場合じゃなかったわ。」
ペタペタと体を触る彼女に思わず笑みが零れる。
「大丈夫だよ、落ち着いて。」
慌てる彼女の頭をゆっくり撫でる。
「…本当に、本当??」
眉を寄せ心配気に顔を覗きこまれれば、さらに秀一の頬は緩む。
「お腹も空いてないし、体力もあるよ。言ってみればついこの前まで妖怪だったんだ、すぐに弱るわけじゃないから大丈夫。」
健康に害は来たしてはいない。
一週間近く飲食せず仮死状態で眠っていれば本来ならフラフラのはずも…昔助けた白蛇は律儀だ。
体に送り込まれた神聖な気。
足りなかったものが満たされた瞬間目覚めたのがつい先程。
妖怪の体では苦しくとも人の体にはかなりの疲労回復の役目を持つ。
ーーー
ーーーー
ー…油断していた。
生き返ってくれた事が嬉しくてー…
一気に気が抜けて寝てしまったんだ。
あぁ、最悪。
安心する香りと優しい声色についうとうとしていつの間にか寝るとか、ありえない。
「…お腹、本当に空かない?」
私は本当に自分の事ばっかりだ。
「……。」
無言で見下ろす翡翠に、ごくりと唾を飲み込む。
呆れられていないだろうか…。
「…そうだね、やっぱり空いてるかも。」
そして、微かに翡翠を細め小さく呟いた。
(そうですよね、そりゃ空きますよね!! )
「!!…私、何か食べるものー…!!」
しかし、起き上がろうとする私の腕を彼の手が即座に掴み引く。
そして、次の瞬間、甘くて優しい香りが体を包んだのだ。
「…泣き疲れて寝るなんて本当に子供だね。」
ぎゅっと抱きしめられ、耳元で彼の低い声が囁く。
「ご、ごめんなさい。…って、てゆうか、ご飯取りに行くからー…、は、離して?」
気持ちを自覚してからの抱擁は辛い。
勢いで抱きついてしまった先程とは違う。
ここには二人きりで、しかも過去の記憶が戻ったというではないか。
私が彼を生き返したいが為の過去の出来事を彼は全部知っているわけで、そこまでする私の気持ちも彼はきっともうわかっているわけで…
「大丈夫、栄子不足なだけだから。」
甘い艶やかな声が耳元を擽る。
(ぎゃぁぁぁぁ!!!!)
今の私には拷問だ。
(辛い辛すぎます、秀ちゃん。)
「君に触れたいのに、君は眠るから起きるの待ってたんだ。少し位我慢して。」
そしてさらに力強く抱きしめられる。
「しゅう、ちゃん…」
「死ななくてよかった、君に会えてよかった。ありがとう、君にこうして触れれる事が何よりも幸せだ。」
「っ……」
私だって、触りたかった。
私だって目をみて話して抱きしめたかった…
たくさん泣いたはずなのに
再びボロボロと涙が溢れて行く。
「俺は南野秀一だ、もう蔵馬にはなれないし姿も変えられない。」
わかってるよ
そんな事わかってる
「蔵馬には会えない、君が初めて会った俺はもうー…」
「っ、だから何?そんなのわかってるし、私はー…」
身を離し彼を見ようとした瞬間、唇に触れたそれに言葉を飲み込む。
「んっ…」
深い深い口付け。
いきなりのそれに息さえも忘れそうになる。
そして、ゆっくりと離れれば真っ直ぐな翡翠がすぐ側で見据えていた。
「だけど、俺は君を手放すつもりはない。」
「!!」
「君を欲しがったのは蔵馬でもある秀一、俺自身だ。」
再び近づく距離に呼吸を忘れそうになる。
「…私はー…」
再び瞳から熱が溢れる。
目の前の翡翠が滲む。
「私は、貴方が好き。…蔵馬になれなくても貴方は貴方でー…どうしようもなく好きで、だから、だから…っっ」
再び塞がれる唇は先程よりも熱を増す。
そのまま、優しくソファに押し倒されながらも続く口付けに頭がぼうっとしてしまう。
瞼に、頬に、首筋に優しい口付けが落ちる。
触りたかった
触って欲しくて仕方がなかったー…
だけどー…
「しゅ、しゅうちゃん!?まっ、待って…!!」
ゆるゆると服の裾から入る手に身がすくむ。
「なんで?」
甘い声が再び耳を擽る。
「こ、ここでは、ちょっとー…てか、気が早いと言いますか。」
「…気が早い?俺が?」
十分気が長いよ。と視線を合わせ笑みを浮かべる。
「え、だっ、だって…しゅ、秀ちゃんも病み上がりだし、そ、それにー…」
「それに?」
チュッと肌けた肩にキスが落とされる。
「っ…そ、それにー…」
それにー…!!!
バァンッ!!!
「やっぱり~!!!」←栄子
「頭~!気が早いですよ、焦っちゃまた逃げられちゃいますよ?」
満面の笑みで部屋に入ってくる琥珀君。
…やはりこのパターンだ。
などと思っていればふわりと体が宙に浮く。
はて?
そして、目を見開き驚いた顔の琥珀君がこちらを見ている。
「え?しゅ、秀ちゃん!?」
気付けば彼に抱え上げられそのままベランダに向かっているではないか。
「琥珀、二回も邪魔はさせないから。」
「え、秀ちゃんどこいくの?ここ三階だよ?秀ちゃんもう人間だよ?抱えて降りるつもり!?」
ありえない。
無理だ。確実に死んでしまう。
「人の体でどれだけ戦って来たと思ってるの?大丈夫、心配しないで。…それよりー…」
顔を近づけられ思わず息を飲む。
「あんな熱い告白してくれたんだ、今日は帰さないからそのつもりで。」
「え、えっえっ…あ、あの。」
にっこり。
目の前の幼馴染はこれでもかと満面の笑みを浮かべている。
「え、えぇっと…こ、琥珀く~ん!!」
「いや、無理、無理です、栄子さん、僕まだ死にたくありません。」
なぜか顔面蒼白の琥珀。両手と頭を振りながら後ずさる。
先程の勢いはどこに行ったのか。
あんなに黒く?満面の笑みを浮かべていたではないか。
彼女は気付かない。
狐の殺気に琥珀が押されていることなど。
妖怪でなくとも蔵馬の、否秀一の殺気は健全のようだ。
「ちょ、たったんま~~~!!」
三階から飛び降りる狐に彼女はただただ叫ぶのであった。
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