薔薇とお狐様4
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ガラスケースの前に立つ。
中には、静かに瞳を閉じ眠っているようにさえ見える赤毛の青年の姿。
栄子の瞳が彼を見下ろしたまま揺れる。
閉ざされた翡翠の瞳
きめ細かな陶器の様な肌
癖のある赤い髪
もうその翡翠の瞳を見る事もない
笑みも怒った顔も2度と見れない
優しくて甘い声も聞くことはない
それが本当の別れ
半身を引きちぎられた様な胸の痛みは時間と受け入れる覚悟と共に少しはマシになってくれたと思っていた。
甘かったのだ
甘過ぎた
覚悟をした気でいたんだと、改めて現実を目の前にした彼女は感じていた
二度と会えないとわかっていたのに
もう後戻りは出来ないと
一人で生きていく覚悟をしたはずなのに、甘かったのだー…
だが、だからと言って彼をこのままに出来るわけもない。
解放しなければいけない
一生このまま彼の体だけを置くなど彼が不憫過ぎるし、きっと天国の彼に引かれてしまうに違いないだろうー…
解放しなければいけない
いつか来る別れが早かっただけ
そうー…
それだけだ。
『一人で立てぬ女など願い下げだ。』
蔵馬ー…
ぎゅっと瞳を瞑る。
「栄子…」
後ろから掛けられる躯の声。
それに、こくりと頷く。
そうすれば、後ろにいた躯が手を上げた気がした。
それを合図に数人の妖怪達がガラスケースを囲む。
「…魔界か人間界か、迷ったんだが。俺の敷地内にある所で構わないか?」
俺も毎朝通る場所だ。
と躯はぽそりと呟いた。
お墓の場所、か。
この感じだと土葬なのだろうか。
死んだら火葬か土葬か聞いておけばよかったな、と何処か冷静に考える自分がいることに内心驚く。
ー…少しは、受け入れられているのだろうか。
「人間界の母親の記憶は書き換えるつもりだ。」
「どうして?」
驚く。
思わず振り返り彼女を見る。
「説明するつもりか?…なんて言う気だ?ありのままを話すのか?」
「…それはー…」
だって彼は私を守る為に死んだ。
「…お前を守る為に身を呈したのに、お前がこれ今以上に傷付く様をあいつは望まんだろう。…理由がどうであれお前が本当の事を話せば母親はお前を憎まずにはいられない。…蔵馬の気持ちがどうであれ。」
「……。」
「躯様、客人が来ております。」
扉から顔を出す奇淋が躯に声を掛ける。
「後にしろ。」
振り向かず言う躯に奇淋はそれがー…と言葉を濁した時だった。
奇淋の肩に後ろからぽんっと手が乗る。
そしてー…
「あれ、やっぱりこうなってたんですか。」
透き通る声が響く。
驚いた奇淋は慌ててその手を掴み投げ様とするも一瞬にその手を声の主に捻られ投げられる。
「あ、すみません、つい。」
やっちゃった。とぺろっと舌を出す声の主は、スラッとした長身の白い髪の青年だった。
整った目鼻立ち。だがどこか甘い顔立ちの幼なさの残る顔。
そしてそれと同時に瞬時に室内に広がるのは躯達の殺気だ。
「…悪いが、無礼な客人をもてなす礼儀は生憎持ってないぜ?」
「え!?あ、いや、すみません!とりあえず、早くいかなくちゃと焦ってたんで。あ、いや、怪しいもんじゃありませんよ、僕!!蔵馬さんに会いに来ただけです!」
「一足遅かったな、蔵馬なら死んだ。今から埋葬だ。なんならお前も一緒に埋めてやるぜ?」
やっぱり土葬なんだ…。
目の前の光景に心動く事もなくそんな事を考える。
早く私もしゃんとしなくては。
再びガラスケースに向き直ろうとした時だった
「もしかして、栄子さん?」
はて?
自分の名を呼ぶ青年に目を向ける。
白髪の青年は自分と目が合えば目を大きく見開いた。
綺麗な男性だ。
しかし、こんな知り合いはいない。
だがー…
「……誰ですか?」
確かに彼に感じる違和感。
なんだろう。これ。
「あぁ、やっぱり!ならやっぱり今の時期だったんですね!!」
ぱぁっと笑みが広がる彼の顔に、見たことのあるその笑顔に、次はこちらが目を見開く。
「えー…、琥珀、くん?」
「はい!琥珀です!!栄子さん!」
人垣を掻き分けて目の前に来る琥珀。躯も驚き目を見開いている。
他のメンバーは一体何のことやらで、やはり放心している。
「会えた!びっくりです!いや、会えるかもとは思ってたんですが…嬉しいです、僕!!」
頬を赤らめ目を輝かせる琥珀。何やら酷く興奮している彼は両手をがしりと掴みこれでもかと振る振る。
「なんで貴方がここに…!?」
先程まで少年だった琥珀のこの美青年への変化に脳内は今だ追いつかない。
だが実際は長い年月が立っているのだから当たり前だ。
「頭が…亡くなったと聞いて。とんで来たんですよ。間に合ってよかった!本当に!!」
「???」
意味がわからない。
間に合ってよかった?
お葬式に、埋葬に参加してくれるのだろうか。
「…頭は、あぁそこですね。…なるほど、確かに幼い僕があの洞窟でみた彼にそっくりだ。」
ガラスケースまで行けばじっと見下ろす琥珀、そっとケースに手を触れる。
「記憶を失っても、やはり貴方達は会ったんですね。」
「…記憶?」
「そうです。貴方が帰った直後、魔女が僕達の貴方への記憶を奪いました。それが魔女への報酬だった。」
そういえば報酬払ってなかった!
と、はっとする私に琥珀はクスクスと笑う。
「過ぎたことです。気にしないでください。」
記憶を奪う。
なら、やはり私が幼い時に出会った彼は覚えてなどいなかったのだろう。
ー…あれ?
だけど、なら、なんで??
意味が分からず琥珀を見る。
彼はなぜ覚えているのだろうか。
「…あぁ、僕に術は掛からないんですよ。」
「?!」
「僕はー…白蛇の一族なんです、栄子さん。」
ニコリと笑う琥珀にきょとんとなる。
白蛇?蛇ってことはー…
「あぁ、蛇族とはまた違います。白蛇は蛇族とは性質も全て異なります。」
「…神の眷属か。人間には水神とも言われる一族だ。だが、希少価値故に魔界では賊や貴族に狙われ今ではかなり数も減ったはずだ。」
と言う躯に、え?と固まる。
水神?神様?琥珀君が!?
「あ、いえ、そう崇められる一族ではありますが…僕自身は力もない出来損ないなんで…白蛇族という肩書きだけです。」
「水神、様…」
「え?!いやいや、栄子さん!確かにその一族のおかげで魔女の術は効きませんでしたけど、だからといって他の人達と変わりません!呪いや術が効かないだけです!!」
「……。」
「て、そんな事は今はどうでも良いですね…。」
再びガラスケースに目をやる琥珀。
「…頭、貴方は賭けに負けたんですか?」
スッとガラスケースに指を這わす琥珀。
「賭け?」
呟けば琥珀はにっこり笑いこちらを見る。
「そう、賭けです。負けたなら…」
負ける?
なにが?
意味が分からず立ちすくむ私に琥珀君は近づく。
「頭の意思は、僕が継ぎます。」
掴まれる腕。
その腕を辿れば琥珀がただ嬉しそうに笑っている。
そしてー…
「僕が貴方を幸せにします、栄子さん。」
こちらを見据える細められた瞳に、グイッと引かれる腕に思考が停止する。
そして綺麗な顔が近づいたー…
瞬間ー…
ガシャンッ
「ふざけるな、琥珀。」
不機嫌な低い声が何かが落ちる音と共に響いた。
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