薔薇とお狐様4
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ぴちゃんー…
ぴちゃんー…
水の音が響くー…
床が冷たい…
ひやっとする寒気にぶるりと身が震えれば、彼女はハッと目を覚ます。
薄暗い洞窟
周りにたて掛けられた幾つものロウソク
そして…
後ろで縄で縛られた自由の効かない手足
ここは、どこ?
頭だけを動かす。
見たこともない場所だ。
吐く息が、ただ白くて
身体は寒さでガタガタと震える
いくら防寒していようとも寒いものは寒い
そして見回せば視界に入った人物に目を見開いた
「!!琥珀くん!!」
彼女の視線の先には壁に両手を鎖で拘束されだらりと前かがみになっている白髪の少年。
彼女は身体をずりながら少年に近づく。
この際服が汚れようと泥が付こうがどうでもいい。
必死に拘束された手足を動かし、少年のすぐ側まで来る。
「琥珀君!大丈夫!?目を覚まして!!」
意識のないであろう彼を必死に呼びかければ、ピクリと眉が動く。
「琥珀くー…」
「あら、もう起きたの?」
艶を含んだ女の声が、彼女の言葉を遮り響く。
背筋が一気に寒くなる。
(これはー…)
「あまり煩いのは好きじゃないの、もう少し眠っていてほしかったわ、残念。」
くすくすと品の良い声に彼女はゆっくりと振り返った。
(これは、殺気…)
頭の奥で警報が鳴る。
目の前に佇むのは肌が透ける様に白く長い黒髪の女。
…見たことが、ある。
彼女は目を見開いた。
「静かにしてくれる?今死にたくはないでしょう?」
「…貴方は、蔵馬さんの…」
(恋人だ…)
複数いたと思われる。
その内の一人。
屋敷内を出入りしていた女性は何人かは顔を知っている、その内の一人だった。
「…ふふ、あの方の何か知っているの?私が。」
「……。」
「なら貴方がここにいる理由も分かるわけね?」
細くなる深緑の瞳に動機がする。
…危険だ。
メラメラと嫉妬の炎が宿る瞳。
憎しみが垣間見えるそれに命の危機さえ感じる。
寒いのにじっとりと汗で額が湿る。
「私を、どうするんですか?」
「ふふ、どうなると思う?」
女は近づきしゃがみこめば、その真っ白な華奢な指で栄子の頬を撫でた。
ごくりと唾を飲み込む。
「……琥珀君は関係ないでしょ?貴方の目的は私ですよね?」
「そうね、でも彼って可愛いでしょう?だから…」
飼おうかと思って。
と少年を見ながらどこかうっとりとする女に栄子は別の恐怖を感じる。
「琥珀君はペットじゃありません!」
「ふふふ。馬鹿ね…」
目を細めた女の瞳から光が消える。
瞬間栄子の頬に鈍い痛みが走る。頬を撫でていた女の手の爪が彼女の頬を傷付けたのだ。
「っっ!!」
「魔界は弱肉強食。弱い者は強い者に従うしかないの。だからここでは弱者は強者の玩具なのよ?強者の機嫌を損ねないように愛される様に振る舞うの…」
「……。」
「なのにー…」
ぎりりと唇を噛みしめる女。
「貴方は誰よりも弱くすぐ死ぬのに殺されない。」
え?
栄子は意味が分からず眉を寄せながら女を見上げる。
「貴方は何もしてないのに愛された。」
「……。」
「ただの人間が、我らの食料に等しい身分のお前がなぜあの方に愛される。」
眉間に深く皺が刻まれる美しい女の顔。
見目美しいはずのそれは今はただ恐ろしい般若にすら見えた。
(あぁ、この人だ…)
やはりそうかと栄子は納得した。
この感情は知っている。
一度体に入れたその想いだったと。
「貴方は…蔵馬さんを愛してるんですね。」
知っているのだ。
愛しくて愛しくて
こっちを見てほしくて何でも頑張って
それでも報われないその想いが無念で
だからといって焦がす想いも止められず
気持ちばかりが募って
辛さも増していく、その想いを。
「…お前さえいなければ、私はあのまま愛された。」
栄子の内に浸透していた女の感情が露わになる
ー…叶わね想いが、激しい憎しみに変わった。
いきなり現れた人間の娘に心を奪われた女の愛しい男。
元より女は男の想い人ではなかったが、それでも身体を重ねている内は女は安心していた。
それが、なくなった時から女は人間の娘を憎み、男にも憎悪の念が向けられたのだ。
「だから、私の中に入って蔵馬さんを誘惑して、殺そうとしたんですか?」
彼女がそういえば、女の顔がゆっくりと緩む様に力が抜ける。
そしてくつりと笑った。
「誘惑をして落とせばそれはそれで良かったの、無理ならあの方を殺しても良いと思ったわ。でも、本当はね…」
女は手についた彼女の血をペロリと舐め上げる。
「貴方があの方に殺されるのが私にとっては一番良かったのよ?」
冷ややかに微笑む女。
「貴方があの時に死ねば良かったのよ。せっかくのシナリオが台無しだったわ。」
「……。」
「ただの人間が、何もしていないお前が憎くて仕方がなかったわ。守られ愛される価値もないのに…お前などー…」
「馬鹿、ですねぇ。蛇族の巫女。」
瞬間、女の声を遮るのは幼さの残る少年の声。
壁に吊るされたままの琥珀は顔だけを上げこちらをじっと見据えていた。
「琥珀君!!」
栄子の顔に安堵の表情が浮かぶ。それに一瞬笑みを浮かべる琥珀だが彼らしくない冷たい視線を女に移す。
「何もしていないのに愛された?ふふ、おかしい事を言う。」
彼はくつくつと笑う。
「彼女は貴方みたいに頭に媚を売っていない、そう言う意味では正しい。ですが…彼女が何もしていないのは違います。人間が妖怪の中で生きる事がどれだけ精神を削るかわかりますか?まぁ、鈍い所があるから普通より鈍感なだけかもしれませんが…それでも、生きて帰る事を諦めず、誰よりも生きる事を望むくせに仲間の事になると自分の命を顧みない。一番に命を落としそうなのに一番無茶をしてくれる。…分かりますか?貴方に、僕の言っている事が。」
「……。」
「彼女は自分のわがままだけで生きているんです。しかも自分は死なないとでも思っているんでしょう。さらにタチが悪い。」
「いや、いやいや。何言ってるの琥珀くん!思ってるよ、私。」
ひやひやすることいっぱいありましたよ!!と内心突っ込む。
「いいえ、貴方は死にません。いや、死ねないの間違いかな。」
しかし琥珀の返答は明確だ。
「……。」
「弱くて捻ればすぐ死んでしまう存在なのに、彼女はそれに気付かない。誰よりも愚かです。」
(あれ?私、これ貶されてる?)
「だけどー…」
琥珀がこちらを見て優しく微笑む。
「だからこそ放って置けないと思いました。こんな考えなしで即行動する自己中心な人。愛らしくもなりますよ。」
「……え、えぇ~っとー…」
(あれ?貶されてるけど褒められてるよね。これって。)
「ふふふ、坊やまで誑かすなんて、貴方、魔女か何かなの?」
女は面白くなさそうに言えば、まぁいいわ。と口角を上げ立ち上がれば彼女の視線は壁際の琥珀に向けられる。
「お前は私が巫女だと気付いていたの?琥珀。」
「……えぇ。もっと早く気付くべきでした。……蜥蜴さんを、どうしたんですか?」
蔵馬の逆鱗に触れ、蛇族を一掃した時に行方不明になった仲間がいた。それが蜥蜴だ。
そんなに気の良い男ではなかった。どちらかといえば陰湿で陰険。
ー…蛇族の生き残りだった一人。
本来なら蔵馬から制裁を受け、何かを目論んでいたと蔵馬が判断すれば確実に殺される。
蜥蜴は逃げたのではない。
制裁を受ける最中(魔界の草花によって)彼は消えた。
誰かが混乱に乗じて助けたか、それでもその中に入るのは自殺行為。術を使えるのは必須だ。
否、助けたのとは違う
それはー…この女の様子からも分かる。
「暗示をかけて飼っているわ。大して役には立たなかったけれどね。」
ー…何の事を言っているのだろうか。
女は栄子を見て甘くも毒を含んだ笑みを浮かべる。
「赤毛の美青年。」
「!!」
目を見開く。
「なかなか美しい男だったね。似せるのに苦労したわ。」
それに眉を寄せる琥珀に息を飲む彼女。
「でもまんまと騙されてくれたわね。女達に幻覚の香を渡したのも私よ。」
「カモフラージュですか。…女達さえも貴方は殺そうとしたんですね。」
「そうよ。蛇族を一掃した時の様に蔵馬様の逆鱗に触れればいいと思ったの。邪魔な女達もいなくなって貴方がいなくなれば蔵馬様には私しかいない、でしょう?」
「頭が気付かないとでも?」
「そうね。例え気付いたとしてもあの方は私の事が憎くて憎くて仕方なくなるわ。あの方の頭の中には私だけしかいなくなる。私の存在の尊さを初めて知るのよ、彼は。」
「確実に殺されますよ。」
「構わないわ。あの方に何も思われてないより憎まれる方が素敵だもの。」
どこか恍惚な笑みを浮かべる女に琥珀は「最悪。」と呆れながら呟く。
そして、彼女達の会話が耳に入りながらも放心している人物が一人。
栄子だ。
見た幼馴染が全て嘘だった。
それは確実に彼女にショックを与えていたが、それよりも今は別の事が頭を占めていた。
自分が全て招いた事。
琥珀がここで捕えられている事も
蔵馬や女達の命を危うくさせていた事もだ。
それに彼女自身言葉が出ない。
目の前の女をこうさせたのは己なのだ
「……栄子さん。」
琥珀の柔らかい声に顔を上げる。
「大丈夫です。皆大丈夫。心配しないで。」
「!!」
「頭が来ます。もうすぐ助けに来てくれます。まぁ逃げようとした手前格好悪いですけどね。」
「…琥珀、くん。」
心情を分かっての言葉か。否、そうではなくとも胸が痛む。
琥珀は蔵馬の部下だ。
蔵馬が盗賊団達から神格化されているといっても過言ではない。
たった一人の人間の女が蔵馬も含め周りも危険に晒しているのだ。
本来なら、そんな人間庇う必要も助ける必要もない。
「ふふふ、そうね。あの方ならここを見つけるのも時間の問題ね。なら、そろそろ始めようかしら、人間の貴方から。」
「!!!」
「彼女に触るな!巫女ならば他者の血に大量に触れれば汚れると分かっているだろう!?」
「…ふふふ、私は何もしないわ、見ているだけよ。ねぇ、シュウイチ?いいえー…」
どくりと心臓がなる
「蔵馬ー…かしら?」
ゆるりと暗闇から動く人影ー…
それが姿を現せば栄子はただ目を見開いた。
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