薔薇とお狐様4
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全部用意してきた
蔵馬に飲ませたお酒の中に入れた薬は
以前それこそ蔵馬から教えてもらったものだ。
この時代の蔵馬は知らなくても、この先の蔵馬が知っている調法。
それは短時間ですぐに抜ける。
彼ならば10分もしないうちに自由になるだろう。
朧車に置いてきた、彼らへの手紙。
こんな方法は好きではないし、自分で出来るとは思ってなどいなかった。
ましてや蔵馬を出し抜くなど、賭けだったのだ。
それでも
-…信用してくれたのだろう。
私の事を、すごく。
だから何の躊躇いもなく飲んだ。
「ごめん、なさい。」
走りながら呟く。
謝罪にならない。
誰も聞いてない。
「ごめんなさい、蔵馬…」
大事にしてくれたのに
こんな形で裏切って…
裏切りは死…
そう聞いたことがある
これが失敗に終われば私は殺されるのだろうか?
否、失敗なんかさせない。
覚悟はある。
私は自分の目的を忘れてなんかいない!!
暗闇の中。
昼間に着いた場所に着く。
はぁはぁと息を切らしながら周りを見回す。
『今夜同じ場所で』
時間は聞いてない
だけど、秀一なら周到に手を回して自分かここに来たことくらい分かるようにしてくれているはずだ…
だから-…
愛しい彼の面影を見た彼女は必死にその姿を探す。
見間違いだろうか…
幻覚なのだろうか
否、確かに実体だった
過去に来た今。
現代にいる彼がここにいるはずがないという事は分かっている。
否、現代にいる彼は死んでいるのだからありえない。
だけど…
あれは夢ではなかったのだ。
嘘でもない
幻でもない
「秀ちゃん…秀ちゃん、どこ、どこなの!?」
脳裏から消えない先程の姿
赤い髪の愛しい彼は翡翠の瞳を優しげに細めこちらに両手を広げていた姿が脳裏に過る
あれは…
『栄子……』
懐かしい声が響く。
「!!?…秀ちゃん!!?秀ちゃん、どこ!!?」
『栄子…』
蕩けるような甘い香りが鼻腔を燻るその時だった-…
「栄子!!!」
突如背後から掴まれた腕にはっとなる。
「何を、している。」
掴まれた腕。
その腕を辿れば金の瞳と目が合う。
揺れる必死の瞳。
彼の白い額に浮かぶ汗。
「蔵馬…さん、は、離してください…」
それでも彼女はその腕を振りほどこうと暴れる。
「秀ちゃんの声がしたんです、離して!!」
「いない。シュウはここにはいない。」
暴れる彼女の両腕を掴み自身の方へ向かせる狐。
「いるわ!今だって!!さっきだって見たもの、声を聞いたもの!!」
彼女は必死にあたりを見回し、体を引く。
「……。」
「蔵馬さんは知らないじゃない!!秀ちゃんを知らないでしょう!!?さっきの事は謝ります!!少しだけだから、ちゃんと戻るから、お願いします!!」
栄子自身、とにかく秀一に会いたかった。
蔵馬に見つかった今、帰る云々よりもただ昼間見て触れた彼が嘘ではないと思いたかったのだ。
「…シュウはいない。そういう術が蛇族にはあるんだ。」
「術じゃないわ、あれは秀ちゃんだったもの!!」
「なら、なぜ今出てこない。」
「…!!!」
「おまえのその男は俺の姿に恐れるような腑抜けなのか?」
違う…
だって貴方は…彼だもの。
ふるふると首を振る。
「昼間は…いたわ。私を抱きしめてくれた…さっきだって、声が-…」
金の瞳がぴくりと動く。
「ほう…。」
「感触だって、香りだって…あっ…」
香り、は…?
違和感は、彼の匂いだ。
「………違ったの、だろう?」
青くなっていく栄子。
それでも、力なくふるふると首を振る。
「違わない、あれは…秀ちゃんだ、秀ちゃんに決まってる、だって-…」
次の瞬間噛み付くような口付けが彼女を襲う。
「んっ…」
暴れる彼女の腕を押さえ込み抗議をしようとする彼女の唇を深く深く貪る狐。
薄っすら開いた彼女の瞳に映るのは、こちらを真っ直ぐに見る狐の金の瞳。
剣呑な怒りを孕んだ熱の籠る鋭い金の瞳に彼女はどきりと心臓が跳ね上がる。
狐の瞳に宿る。
それは嫉妬の炎だった。
目の前で居もしない男を求める女に感じた異常な行き場のない感情。
それをぶつけるのはやはり目の前の女である
狐は分からない
どうすればいいのか
どうすれば己を見てくれるのか
まだ時間はあると思っていた
だから、もう少し待っても良いかと狐は思っていたのだ。
だが-…
-…やはり無理だ。
がくりと彼女の体から力が抜ければそのままそれを抱きかかえる狐。
「く、蔵馬さん…」
腰に来たのか、へにゃりと力が入らない栄子の体。
それでも彼女の息は酸素を取り込むのに必死で今だ荒い。
「あ、あの…蔵馬さん、私…」
いつの間にか秀一の声が聞こえなくなっていた事で正気を取り戻してきた栄子。
だったが…
無言の狐。
彼女を見下ろす酷く冷たい瞳。
それにどこか背筋がぞくりとなる栄子だった。
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