第16話 禁じられた術
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時間は少しさかのぼり、深夜。
風に長い黒髪がさらわれる。
屋上から見る夜景は煌びやかで、何度見ても飽きないと男は思った。
先ほど彼女に会ってから、この景色はさらに色づき自身を魅了する。
それ程、男の心は満たされていた。
こんなにも会えた事で変わるとは。
目に映るものが全て新鮮で美しい。
以前の自分なら、満足いかず欲求を満たすためには色々なものを壊し奪い犯してきた。
美しいものには目がなかった自分。
なのに、今はただひとつの事でこれほどまでに世界が美しく見えるのだ。
歓喜に満ち溢れそれに酔いしれる。
後ろでは、プールから上がる水の音。
そして、背中から回される心地よく濡れて冷たい人の肌と体温。
風が二人の髪を揺らす。
「…何を…考えてるの?」
女性の震えた小さな声。
しかし、男は振り向かなかった。
「俺は代わりにならないものを見つけた…」
「……。」
ぎゅっと回された腕に力が入る。
女は自身の唇をかみ締める。
「長かった…本当に。」
男は夜空を見つめ目を細める。
「私はもう、…必要ないの?」
搾り出すような声に、男はゆっくりと振り返る。
女の不安そうに揺れる瞳に、何か言いたげな唇。
「……おまえは俺の体を気遣ってくれた。こうなれたのは、おまえのおかげだ。」
「……。」
優しい言葉。
でもそれは中身のないもの。
女は分かっていた。
偽りの感謝の言葉…
それ以上に欲しいものはくれない。
「……それにしても…」
くつくつと男は笑う。
「いつまでも覗き見とは…」
「!?」
男は女の腕を腰から解くと、柵の側まで歩く。
「狐…出て来い。」
その瞬間、女は一気に背筋が寒くなり体を両腕で抱え込みその場にしゃがみ込む。
感じる妖気。
愛しいこの人と同じ異質な気配。
青ざめた女の視線と、男の嬉しそうに微笑む視線の交わる先には、白装束に身を包んだ長い銀髪の男。
それは柵を挟んだ外側に立ちこちらを見据えていた。
先ほどまでは確かにいなかった男。
「ほう…ラブシーンに夢中かと思ったぞ?」
凍るような低い透き通るような声。
口角を上げ見下ろすように言う男は神聖な生き物のようだ。
妖怪とはこんなに美しい者ばかりなのだろうか。
女はその姿に目を見開く。
流れるような長い腰まである銀髪。
切れ長の瞳の奥にある金色の瞳。
雪のように白い肌。
そして、人とは明らかに違うその耳と尾。
「面白いことを言う。はじめからわかっていたさ。…そうだな、しいていえば…」
嬉しそうに爛々と瞳を輝かせる男。
しかしその瞳の奥にはしっかりとした殺意がこもっていた。
「おまえのお友達が俺と話している時…くらいからか。」
「……。」
「手柄をやったのか?それとも栄子を想う同じ男として少しもの情けか?せっかく場所が分かるように結界をといたというのに…。今みたいにな。」
まるでここに来るのを待っていたとばかりの口調。
「…よくしゃべるのは相変わらずか。鴉…。」
金色の瞳を細め冷めた口調で話す蔵馬。
「…ふふふ。おれがお前に送ったメッセージも届いたわけだな。」
「…目的はなんだ。」
面白そうに笑う鴉の瞳が細くなる。
それに冷たい瞳を向ける狐。
「おまえと話がしたかった…、嘘ではないが目的にしては軽すぎるな。」
下を向きふふふと笑うと、顔にかかる髪を掻き揚げ狐の瞳を捕らえる。そして…
「目的は栄子に決まっているだろう。」
「……。」
「心配するな、俺が手を出さなくてもあいつが自分の意思でくるさ。」
「俺がそれをさせると思うか?」
蔵馬の背後から草木の蔓が幾重にも伸びていく。
しかし、鴉は怯むことなく楽しそうに瞳を細める。
「殺すか、俺を。」
「去れ。」
勢いよく背後から出た蔓は鴉の目の前で止まる。
「ほぅ…殺さんのか?お前はいつのときも俺を殺したくて仕方ないらしいな。いいかげん、その癖をどうにかして貰いたいものだ。」
「おまえがあの娘に手を出さないのなら見逃してやると言っている。生贄でもなんでも好きなだけ他を食うがいい。」
「…ふふ、あいつ以外はどうなってもいいと?」
「愚問だな。」
「妖狐蔵馬は相変わらず健在か。コエンマに指令でも受けているんじゃないのか?」
「かまわん。」
金色の意志の強い瞳が黒真珠の瞳を射る。
「…貴様が何を考えようと、結果はかわらんぞ、蔵馬。」
「…逃がしてやると言っている。」
「…ふふふ。ははははは…!!」
鴉は気が狂った様に笑い出す。
「落ちたな、やはり甘いよ。おまえは。ふふふふ…」
「答えを聞こう。それが出来ないのなら今ここで殺してやる。」
植物の蔓が頭上で形を変えていく。
「ふふふふ…俺の目的を言ったはずだ。だから却下だ…な。」
「なら、死ね-…」
「待って!!!」
二人の間に女が両腕を広げ割り込む。
その女の顔を見て思わず躊躇する蔵馬に、それを見てかすかに笑う鴉。
「…どかぬなら女ごと殺す。」
「桃華、死ぬぞ…。」
口角の上がる鴉。
「で、でも…」
震える女の両手と両足。
そして涙ぐむ瞳。
「……ふふ、蔵馬。命拾いしたのはどうやらおまえのようだ。」
鴉が目を細め妖しく微笑んだ、次の瞬間。
バァン!!!
血しぶきが上がる。
蔵馬の目の前で吹き飛ぶのはたった今鴉をかばった女。
蔵馬の顔にかかる温かい血の雨。
火薬の香り。
そして、どさりと床に沈む体。
その先に既に鴉の姿はない。
『蔵馬、おまえはやはり甘い。』
どこからか声だけが響く。
以前の鴉ではないと、わかっていたのに油断した。
足元に爆発させるための妖気を仕掛けていたとはいえ、自分が負ったとしても死ぬ事はなかった。
あのまま突き刺さなかったのは自身の甘さだと百も承知だ。
いや殺せなかった。
それが正しい。
白い肌から流れる鮮血。
それをじっと悲しげに見つめる狐。
倒れる女の顔は栄子に良く似ている。
こんなにも似ている女をよく殺せたものだ。
自分ですら躊躇したというのに…。
血の涙が瞳に溢れている。
その双方は自身の力で閉じることはない。
彼女と重ねてしまうそれに蔵馬は目を瞑った。