第15話 黒真珠と血の香り
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こっちこっちと腕を引っ張る彼に、足を踏ん張りながら首を振るものの、大丈夫だから。とただ笑い、緩むことのない手で自分を引っ張る。
本気で逃げようと思うなら振り払える。
だけど出来ない。
彼を捨てられない。
きっと、振り払えば彼は死んでしまう。
あの事件の時のように…。
ビルの中は薄暗く少しカビ臭い。
ガラスの破片やコンクリートの砕けたものがあちらこちらに散らばっている。
奥に進むに連れ胸が不安と恐怖で高鳴っていく。
そして、しばらく歩くと途端に腕を掴む力がなくなり彼の体が下に沈んだのがわかった。
人形のように倒れる彼に何が起こったのか分からない栄子だったが、駆け寄り呼吸していることを確かめると安堵の息をつく。
「栄子…」
低く艶のある通る声。
それが前方から聞こえ顔を上げる。
見たことのない男。
長い黒髪に黒真珠のような切れ長の瞳。
ゆっくりと彼女に近づく。
誰?
声もでなければ硬直してしまっているのか足も動かない。
ただその男の顔を見る。
「やっと会えた。」
伸ばされた手が彼女の頬に触れる。
それは人間の手とは思えないほど冷たく血が通っているとは思えないものだった。
「会いたかった…やっと。」
そう呟き顔を覗き込む。
「……誰?」
搾り出すようにやっと出たかすれた声。
汗が首に流れるのが分かる。
その言葉に男は目を細め、少し切なげに笑う。
「そうだったな、おまえは記憶がなくなったのだった。どのみち、この姿ではわからんだろうが…。」
意味が分からない。
「…竜崎君は…」
「あぁ、彼なら心配ない。俺じゃ妖気が目立つから協力してもらっただけだ。ここは結界がはってあるから心配ないが…。」
「…妖気?…あなた、妖怪?」
飛影や幽助と同じ妖怪?
それなら、竜崎の不可解な行動も理由がつく。
もしかしたら最近感じていた彼への違和感はこの人物が関係していたのだろうか。
「そうだ。もっとも人間に近い時期もあったがな。」
そう言い頭を優しく撫でる。
撫でられる事は嫌いじゃない。だけどそれは親しい人へ対しての事だ。
生臭い血臭が香る。
それに耐え切れず頭を振り手を払いのけた。
「この前の事件は、あなたがやったの??」
側に倒れている竜崎を背で庇いながら男を睨む。
男は唇で孤を描く。
肯定ともとれるその様子に栄子は唾を飲み込んだ。
何を考えているのか分からない。
以前魔界へ行った時の事が蘇る。
飛影がいたから大事に至らなかったものの、人間というだけでよく命を狙われた。
「おまえに会うためには必要な事だったんだ。許しておくれ、栄子。」
優しく話すが絡みつくようなそれはどこか知っている。
そもそもなぜ名前を知っているのだろうか。
魔界で有名になった覚えも、妖怪に興味をもたれるような事も何もしていない。
「どうして私の事知っているの?」
「…それを聞くか?」
ふふふと楽しそうに笑う彼に悪寒がする。
「お前の側にいる狐に聞けばいい。あいつの悔しがる顔を見るのは心地よいからな。まぁ言わなくても…」
頬に冷たい彼の唇が触れる。
いきなりの事で栄子はびっくりし後ろに後ずさるが、倒れている竜崎に当たりこけそうになる。
そんな彼女の腕を掴む男。
感謝するべき行動も今しがたされた事に警戒せざるえない。
体制を立ち直すと男は腕を離す。
「今おまえが知らずとも、記憶は戻る。私と出会った事によって…な。」
「記憶…?」
さっきから意味が分からない。
この妖怪は一体何を言っているのか。
妖しく瞳を細め自分を見つめる彼の瞳を見るとそれに吸い込まれそうになる。
ぶんぶんと首を振り、どうもおかしい自分の頭をこつく。
「何か思うことがあれば俺を呼べばいい。ここに入れてやる。」
額に人差し指を当てられ一瞬その場所が熱くなる。
「…??」
指が離れると額に自身の手を当てる。
何もなってはいない。
「早く俺を思い出せ。…栄子。」
風が吹く。
彼の長く黒い髪が流れる。
頭がずきりと痛む。
ズキズキと奥から何かが這い上がってくるような痛み。
『栄子、お前は俺のものだ。』
声が風と共に去っていく。
桜が舞っている…
季節はずれの桃色の桜。
彼のいた場所に残る桜…
「…狐って、だれよ…」
栄子は小さく呟くと、意識を手放した。