第1話 幼なじみ
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「浅野さん」
「はい!」
綺麗にスーツを着こなした30才前後の綺麗な女性が栄子を呼ぶ。
「なんですか?中原先輩!」
両手に売り物のスーツのダンボールを抱えながら、栄子は犬の様に自分を呼ぶ上司の元へ走る。
「あら、かわいいわね。よしよし。」
頭をなでられて思わず目を細めるが…
「…って、私犬でも子供でもありません!」
頭をブンブン左右に振り、上司の手を振り払う。
自分はもう社会人ですと、ダンボールを床に置き腰に手を当てる。
「あぁ、そうよね。ごめんなさい、バイトのころの名残が。」
中原と呼ばれた女性は、くすくすと笑う。
「浅野さんが正社員とか驚いちゃうわね。去年まで学生だったのにね。」
そうなのだ。
栄子は去年大学を卒業している。
そして今までのバイト先であるスーツを主にするアパレル会社の社員として雇われている。
「就活なしで受かるとか本当にありがたいです!」
就職困難な時代にラッキーなもので、たまにくるおじさんに熱心に接客していたらそれがここの社長だったらしく、その熱心さを買われ運良く就職できたというもの。
もともと接客好きな栄子だった為、それはとても魅力的な話だったというわけである。
「浅野さん、もう上がっていいわよ。たまには彼氏と会ってらっしゃい?」
沈黙が流れる。
本来なら「いいんですか?」と嬉しそうな声が返ってくるはずだ。
「…ついに別れたのね。」
はぁっとため息をつく中原。
「はい…。」
「…色々怪しかったものね。連絡もたまーにしかなかったみたいだし。」
「うっ…それって浮気してたって言いたいんですか?」
「あら…違うの?」
「たぶん…近いです。」
しゅんとする栄子。
他人にはこんな簡単に見抜けるのに一番身近にいた自分は気づかなかった。
同時に浮気されてたのかと思うと、その行為が自分に罪悪感さえ感じてくれなかったのだろうかと、また悲しくもなってしまうのだ。
喜怒哀楽の激しい栄子に中原は苦笑する。
「よかったじゃない。早くわかって。」
「……。幼なじみと同じ事言うんですね。」
「あら、秀一くん?」
パァッと目が開いて輝く。ように見えたのは栄子だけであろうか…。
中原は手を自分の頬に当て目を瞑る。
「彼みたいな彼氏、いいわね…。飴と鞭の使い方が上手そう。」
「飴と鞭って…」
栄子は、せんぱーいっ!と心の中で呼んでみるが、中原はうっとりとした表情で自分の世界に入っているようだ。
「…秀ちゃん、彼女いますよ。」
ぽそりとつぶやく。
次の瞬間、中原はすごい形相で栄子を睨んだ。
(あんな美人さんにいないわけがない。私一回だけ見たし…)
あれは半年前だ
彼氏の相談を聞いてもらおうと栄子が家に行った時。
ベルをならしても誰も出てこないので、いないのかと思い取手を回してみたら、開いた。
不用心だなぁと思い代わりに留守番をしようとしていた矢先、二階から物音がしたのだ。
栄子はおそるおそる二階の物音がした部屋へ向かう。
なにやら女性らしき声も聞こえる。
秀一の部屋である。
嫌な予感がした。
ゆっくりと扉を開けて見たそこには
秀一と女性がベッドにいた。
今までに見た事のない秀一。
野性的で荒く、いつもの甘く優しい瞳ではない、初めてみる瞳。それは妖しく艶やかさを際立させていた。
その下では女性が喘いでいる。
栄子はしまった、と思いながらも目が離せなかった。
あの優しい秀一の男の顔。幼なじみの意外な一面…
男だと認識させられた日であった。
(確か、あのあとしばらくは秀ちゃんに会うの嫌だったなぁ…)
物思いに更けながら帰路を歩く栄子。
『今はいないかもしれないでしょ?いないようなら私を勧めてくれてもいいわよ?』
あの後、中原は秀一に自分を勧める様に栄子に言っていたが
真面目な幼なじみの事だからまだ付き合っているだろう。
「そういえば泊まったの彼女に悪かったかも…」
今更思い出す栄子だったが…
幼なじみの特権だ、と自分を納得させた。
街はキラキラと光り始め、夜はだんだんと更けていく。
彼女は失恋の余韻を消すかの様に鼻歌を歌いながら、足早に歩きだした。