第70話 繋がる未来へ
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緩やかな夜風が髪を攫う
『-…大好きよ、ずっと。』
青白い月明かりがただ静かに下界を照らす
バルコニーに身を乗り出し月を見上げる栄子にもそれは同じ。
白いドレスは一層青白くも美しく輝き、静かに月を見上げる彼女の肌も透き通る様に白くなる。
会場から流れる品のある緩やかな音楽が彼女の耳に入るも、彼女はただ物思いに更け月を見上げていた。
『-…ずっと。』
先程から止まる事は無い頬を伝う熱。
しかし、それを拭うこともない。
未だ彼女の脳裏に残る切なげな声
そして、温もり、香り、その感覚まで…
それは酷く安心するものだった。
『そろそろ彼も心配するわ。戻りなさい。』
あの後、しばらくすれば彼女は身を離し、いつもの様に笑みを浮かべた。
『どうしても私に会いたくなったら、秀一君に聞きなさい。彼には伝えておくから、ね?』
それに頷くしかなかった。
-…嫌だと、それは嘘でしょう?と言いたくとも言えなかった…
それはきっと我儘等ではないはずなのに。
これ以上言えば彼女をさらに困らせると、悲しませるとどこかで分かってしまったから。
意を決し、彼女に背を向け重い足を会場へ向ければ、背後からとても優しい声が響いた
『彼と幸せにね。想いは思った時に飾らずに伝えなさい。裸の想いほど強いものはないのだから。』
裸の想い-…
『大切な人が側にいるのは決してあたりまえの事ではないわ。生ある者はいつでも死と隣りあわせなの…妖怪も人も同じよ。』
『-…少しでも後悔しないように、生きなさい。』
それにこくりと頷いた。
振り返れば、また抱きついてしまいそうだったから。
そして今に至る。
どうしていいのかなど分からない…
そうして会えないの?
どうして私はもっと食いつかなかったのか…
納得などできるわけがない。
だけど、何も言えなかったのだ。
彼女の必死に感情を押し殺そうとする表情に。それでもあふれ出る想いはそれすら崩壊させていた。
痛々しく涙を流す彼女に、そうさせているのは自分なのではないのかと…
そう思ってしまったのだ。
泣かないでと…
悲しまないでと…
自分の中のもう一人の自分がそう言っている様だった-…
「ん~…もう!!!」
いつまでもメソメソもしてられない。
パンパンと自身の頬を叩き思考を切り替えようとする。
知り合いに泣き顔を見られまいと野外のバルコニーの通路を通りここに来た栄子。
ならばなぜトイレや部屋に戻らなかったのかと言われれば、彼女自身一人になりたいわけではなかったのだ。
この世界の皆の居る空間にいたかった…
きっとしばらくは会えないのだと彼女自身分かっていたからだ。
そしてもう一つこの場所にいる理由…
それは-…
「栄子、こんな所にいたの?探したよ。」
甘い声が脳内に浸透する
あんなに悲しかったというのに脳内は本当に現金だと思う-…
否、だからこそ彼に会いたかったのだ
今だからこそ、彼の顔を見たかったのだ
「飛影といてって言ったのに。」
苦笑する優しい顔が目に入る。
『蔵馬を、幸せにしてやってくれ。』
先程黄泉から言われた言葉が胸の奥に深く残る。
黄泉の声は今でも耳から離れない。
からかう様では決してない、真剣な声だった。
だが、彼の幸せを願うその言葉はどこか胸を締め付けられるような切なさも感じた。
蔵馬と黄泉の間に昔何があったのかは知らない。
それでも黄泉の言葉はとてもとても、重いものだった。
「秀ちゃん…用事終わったの?」
不安に、なる。
私が彼を幸せに出来るのか。
反対に酷く傷つけてしまうのではないだろうか…
私が人で
彼が妖怪だから
何度考えても答えの出ない問。
どれだけの覚悟が必要だったか
否、覚悟など遅かれ早かれ必要だったー…
なぜなら
「風邪引くからおいで。」
手を差し出してくれる彼に胸が熱くなる。
私は逃げられないとわかったから
この人と共にいたいと
生きたいのだと望んでしまったからー…
差し出された綺麗な手に自分の手を乗せる
音楽が終盤に近づく
「あぁ、もうすぐダンスも終わるね。」
君と踊りたかったけど、残念だ。と苦笑する彼をまっすぐに見つめる栄子。
「明日はもう帰る日だね。もう寝る?」
優しい優しい彼。
何も聞かずに、目に溜まる涙を指で掬ってくれる。
きっと分かっている
私に何があったのか、何で悲しいのか
きっと私以上に彼はきっと知っているのだ
優しく頭を撫でられればまた涙が出そうになる。
見上げれば揺れる優しい翡翠。
あぁ、喉が乾く…
「ま、まだ…寝ない…ここに、いたい。寒くないし、大丈夫。」
心なしか赤くなり俯く栄子。
人間界でまた一緒にいれるのだとわかっているのに。
『-…裸の想いを伝えなさい』
「…そう?なら、踊る?少しだけど。」
と、手を取り身を寄せ微笑む彼に頬が熱くなる。
これだけ近かったら温かいかな…と笑う彼。
ある意味熱が出そうで困るものの、こくりと頷く。
緩やかに流れる音楽ー…
体がゆっくりとリズムを刻む
誘導される
彼と一つになる
「誰と踊ったの?」
上手になったね。と嬉しそうに微笑む彼。
「飛影と躯さん、あと奇琳さんにはテストされた。」
「それだけ?」
「あとは知らない男の子から何人か…、かな。」
「…飛影はその間何してたの?」
一瞬翡翠の瞳が据わる。
「驥尾ちゃんと踊ってたわ。」
「栄子が踊らせたんだろう?」
呆れながら秀一が言えば栄子はぺろりと舌を出す。
「だって、やっぱ思い出は大事だもの。」
「思い出、ね。」
-…大切な人が隣にいてくれることは決してあたりまえではない。
「しゅう、ちゃん…あ、あのー…」
音楽が小さくなっていく
もう終わりだ
ゆっくりと手を引かれ彼の側で顔を上げる
「どうしたの?」
やっぱり眠いんだろう?と笑う彼に栄子はふるふると首を降る。
そしてー…
「こ、今夜は一緒にいたい…」
着飾らすに伝えた
思ったままの言葉で-…
今夜が最後だと思えばそれは栄子にとって自然な言葉だったのかもしれない。
しかし、先日あんな事があった為彼女もさすがに真っ赤になり俯く。
無言になる秀一。
それに恐る恐る顔を上げる栄子。
どきりと心臓が跳ね上がる
青い月を背に翡翠が真っ直ぐにこちらを見据える
頬に伸ばされる長い指がさらりと輪郭を沿う様に撫でられる
「どういう意味で言ってるのか聞いた方がいい?それとも…」
指が髪を掬う
それに彼は唇を寄せる
髪が短い為彼の顔がすぐ側にある
耳の近くで感じる微かな息に空気越しに感じる彼の体温
「俺の解釈でいいのかな。…何も言わないならそうとるけど。」
耳元に掛かる艶やかな声と息。
それに振り向けば、微かに揺れ迷う翡翠と目があう、それは熱の帯びた瞳。
「…あ、あ、あ、あのー…」
(やっぱりそうとっちゃうよね、そうなっちゃうよね??)
「嫌?」
嫌なわけがない。
ただ、怯えているだけ。
だけど…
(今日の私、なんか変だ…)
酷く彼の温もりが恋しい
触ってほしくて、安心したい
同時に
私でも彼を幸せに出来るのだと
自分に触れる事で彼が幸せを感じてくれるのではないかと
まさに今自分が触れてほしいからこそ思うことだ
「嘘だよ。」
しかし彼はくすりと笑みを浮かべ頭を撫でた。
「……。」
「わかってるから、ちゃんと待つよ。」
しかし、こちらを見つめる熱の篭る翡翠は決して納得などしていない。
悲しげに切なげに、暴れる熱を静かに押さえ込んだ揺れる翡翠、それを優しさで包み隠すのだ。
あなたを幸せに出来るかなんてわからない、だけど…
「……しゅうちゃんに、触ってほしい…」
顔を上げ真っ直ぐに見据えて伝えた。
頬がありえないほど熱い…
だけど-…
私はきっとそれだけで幸せになれる。
緩やかな風が二人の間を通っていく。
熱の帯びた真剣な眼差しの翡翠はただ目の前の彼女の真っ直ぐな瞳を見て見開いていた。
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