第69話 君を想ふ
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バルコニーにある手すりに凭れ静かに下を見下ろしていた秀一は、自分を呼ぶ声にゆっくりと振り返る。
そこには、会場の明かりを背に受けバルコニーへ繋がる入り口に立つ躯の姿があった。
覗き見か?と、くすりと笑みを浮かべ隣に来れば、手摺を背に凭れる躯に、たまたまです…と苦笑する秀一。
「そういえば、魔界大統領就任おめでとうございます。奇琳は、さぞ嬉しいでしょうね。」
こうなると予想でもしていたのか、さも普通に祝いの言葉を述べる狐に、躯は改めて食えん奴だと思う。
それでも今更だ。
「あぁ。舞い上がったり凹んだり忙しい奴だ、あいつも。」
「方針は?もう決まってるんですか?」
「いや、特には。…まぁ俺的には少し人間を食いたい気もするんだが…。」
躯はちらりと背中越しの下に広がる庭園に視線を落とす。
そして彼女たちが視界に入れば視線を戻し息を付く。
「確実にあいつに嫌われる。」
「あぁ、嫌われるというか…怖がられて二度と口聞いてもらえないと思いますよ。」
俺は名案だと思いますけど…と笑う狐の笑顔は黒い。
「一種の趣向品だ。ないからどうなるわけでもない。」
腹黒狐めと悪態を付く躯。
それに残念です、とクスクスと笑う彼だが、そういえばー…と思い出した様に口を開ける。
「色々とありがとうございました。躯。」
「……なんだ?」
怪訝そうに眉を寄せ身を起こす彼女。
狐に改まって礼を言われるなど気持ちが悪い。
「色々と彼女を守ってくれて協力もしてくれましたし、本当に感謝してます。」
「彼氏面はやめろ。誰もおまえにやってない。」
そういうことか、と思う躯だが、それならば尚更礼など必要ない。
全て己の為に動いた事だ。
そして思う。
「…おまえしばらくこっちには来ないつもりだな。」
こんなにも素直に礼を言う狐の心理。
帰るのを待ちに待っていたに違いない…。
両想いになったから帰れば独り占めできるとで思っているのか。
「まぁ、今の所は。」と、にこりと笑う狐が憎い。
「…束縛も酷いと嫌われるぜ?」
「ご心配無用。今更嫌われません。」
「……。」
心配なんぞ誰がするか…と思う躯だが、幼い頃から培った関係は狐の思惑通りの様な気もする。
「…変わらんな。それ故、危機感も拭えないがある意味安心もする。あれと…同じ様にな。」
くいっと顎を庭園に差せば秀一は視線を向ける。
栄子ではなく、もう一人の人物に。
「…狐、おまえは親の顔を覚えているか?」
身を逸らし青い満月を見上げる躯。
それに蔵馬は一瞬目を丸くするも、微かに瞳を伏せる。
「…俺にとっての母親は人間界の南野秀一の母親に他ならない。蔵馬の母はもう昔過ぎて顔すら思い出せないほどです。」
「…俺もだ。物心付いた頃から母親など無縁で何なのかさえ分からなかった。そもそも俺には母というものはいないのかもしれないが。」
くくく…と笑う躯。
「………。」
「親は子に対してあぁも必死になるんだな。」
「…今日は多弁ですね。」
「まぁ聞けよ。俺も女だが…子を永遠に近い時間探し、それでも見つけるなんて大した精神力と忍耐力だ。俺には到底真似できないし、しようとも思わない。…そもそも俺に子供を生むのは無理だがな
…あ、もしかしたら孕ませることは出来るかもしれんが-…」
「馬鹿な事いわないでください。」
目を輝かせ言う躯の言葉に狐の一括が入る。
それに、くつくつと笑う躯は、冗談だ…と楽しげに言う。
「だが、あいつの大事な者を守る行動力は俺が知ってる妖怪の中でも類を見ないほど分かりやすく尊敬に値する。……手を差し伸べたくなるほどな。…惜しいと思ってるんだ、俺は。」
瞳を細め笑みを浮かべながら隣にいる狐を見れば、彼は静かに笑みを浮かべる。
「…俺も、同感です。彼女には大きな借りがある。だから、ちゃんと返すつもりですよ。」
そしてそんな狐の言葉に一瞬目を丸くしきょとんとする躯だったが、すぐ様吹き出し笑う。
「本当に食えん狐だ。俺が言うまでもなかったな。」
「いいえ、事次第では頼るかと。その時はお願いします。」
「なるほど。…いいぜ。」
尻拭いはしてやるよ。と躯は満足気に笑うのだった。
魔界トーナメント戦
決勝戦は誰もが躯の優勝を確信していた
三大勢力の一人と魔女との戦い
躯の勝利だと誰もが疑わなかった
だが、勝負は一瞬
誰もが目を疑った
何も見えることなど出来なかった
すっと互いの間に風が吹いた瞬間、躯の体がエリアから吹き飛んだのだ
数十秒して戻ってきた躯はすでに全身を打撲
致命傷ではなくとも息が上がり確実に体力を消耗していた
それを見て魔女は目を丸くしてこう言った
『さすが躯さま、手加減の必要などございませんでしたね。』と…
それに躯は楽しそうに笑い、手を挙げ降参を宣言したのだ
異様であり、底の見えない力…
誰もが理解できない人智を超えた力は
ただ周りに恐怖を与えた
それは何千年、何万年と生きた対象者が得た恐るべき力…
闇に飲まれることなく強い肉体と精神力を鍛え続けた結果、そして生き続けた結果生まれた…それは確実に彼女が身を呈して得た強大な力なのだ。
それでもいつかは歪が生まれる。
生き続ければ続けるほど飲み込もうとする闇は計り知れない。
付きまとう闇…
支配される肉体に精神。
力を使う度に弱って行く精神…
それは願いを成就すればさらに加速する
安堵と安心、そして幸福な感覚
それがこの世に留まる想いを薄くするのだ
闇は見逃さない
闇は深くなる
体を蝕みいつしか精神まで乗っ取られる
そう、それでもきっと永遠に生き続けなければいけない
自分で死ぬ事が出来ないわけではない
他人に壊せないわけでもない
しかし、禁術により携えられた回復力は凄まじく
そこに鍛え続けた肉体が存在すれば誰が破壊できようか
力を得て闇を支配していた女は
いつか闇に飲まれ精神を破壊されその力は破滅へと向かう
それは魔界や霊界をも崩壊する脅威を持つ
霊界の水晶越しで彼女達を見るコエンマ
抱き締めあう二人は互いにこの先会えないことをどこかで分かっているのか中々離れようとはしない
「…コエンマ様、本当にいいんですか?」
そんなコエンマに眉を寄せ心配そうに声をかけるぼたん。
「あぁ。かまわん…あれも望んでいることだ。もう、限界だと…。」
-…自我が保てなくなるのは時間の問題だと…
「でも、栄子ちゃんが可哀相…」
「一途な思いが最後には魔界と霊界を脅かす脅威となるとはな。」
まさか…あれの娘があやつだったとはな…。と眉を寄せ目を伏せる。
『もう…見逃してはくれないのですね?』
長年生き続ける魔女の存在は親父から聞かされ知っていた
実際数回会ったこともあった…
鴉の事があってから過去の禁術を調べたどり着いた先が彼女だった時には酷く驚いた。
禁術である反魂の術で永遠の命を繋いでいた魔女。
そして、調べれば調べる程浮き出る禁術の過去達。
親父の代でもあったとされるそれはまるで何事もなかったのように調書では白紙とされていた。
霊界から魂が逃げ出すのは前代未聞などでは無い。
自分が知らなかっただけ。
いつかの時代にはやはりあったのだ。
しかしその度無いものとして処理されてきたのは、霊界の信用問題に関わる、ただそれだけの為だったのだ。
だが、魔女の様な存在が今まで浮き出ないのはなぜだったのか。
その答えは明確。
長年の生に耐えきれず、途中で生きる意味を失い精神を闇に飲み込まれたからだ。
未熟な強さであり肉体である永遠の命はいわばゾンビのようなもの。いくら約束された命でも強き他者からそれは一瞬で粉砕される。もちろん自殺も可能だ、ただ簡単には死ねない、それだけだ。
要は強さを得た対象者は誰にも壊されず永遠に生き続けるということだ。
禁術は扱うのが酷く難しい。
必ず術が成功するものではない。
何が成功させる鍵なのかは未だ不明だ
魔女であり生き続ける彼女
肉体の永遠は約束されても精神の崩壊はいつかやってくる-…
本来ならば耐えれるはずがないのだ
長命の妖怪さえ凌ぐ遥か昔から続く命は精神を腐敗させるのには十分な時間だ
何が彼女の意思をここまで強く持たせていたのか。
それが全て理解できた
『もう、十分です。』
苦しげに微笑む彼女の顔に、胸の奥が酷く痛かったのは今でも覚えている。
そしてー…
今に至るのだが。
「コエンマ様…蔵馬から手紙です。」
青鬼からの言葉で一気に我に返るも確実に、嫌な予感しかしないコエンマであった。
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