第68話 燻る片想い4
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魔界の森奥-…
岩は砕かれ
地面は抉られ
木は大破した
広野と化したそこに静かに上がる砂煙と塵ー…
風と共に乗って来るのは
焼けた地と草木の匂いと鉄に似た濃い血の香り
銀髪の男はふらつく傷だらけの体で砂煙の先を金色の瞳で見据える。
白装束からのびた逞しくもしなやかな腕はぶらりと下がる。
しかし片方のみー…
そして、視界の先に出てきた赤い瞳の男もそれと同じだった。
互いに傷を抑える腕はあるものの、その片方がすでに無い。
「…ざまぁない、な…」
朦朧とする赤い瞳、掠れた声で呟けば片膝を地面に着き息を整える飛影。
そして辛うじて立っていた妖狐も、側の木に身を預ければそのままずるりと下がり地面に座り込む。
さらさらと砂が風に攫われ、絹糸に似た銀髪も揺れる。
「…なぜ、…打たない。」
金の瞳が鋭く目の前の男の残る腕を見る。
「……。」
右腕に巻かれた黒龍の証。
炎を使うも龍を放つ事のなかった飛影を蔵馬は静かに見据える。
それに一瞬赤い瞳を揺らす飛影だが、意思の籠るそれは真っ直ぐに狐に向けられた。
「…今回は黒龍なしで戦いたかった、それだけだ。」
「ほう…俺を殺すつもりだと思ったぞ??…これで満足するとは。」
金色の瞳を細めながら苦笑する狐。
「それは…おまえだろうが。」
飛影はペッと地面に血を吐き捨てれば、その場に崩れるように座り込む。
そして、向き合う形になれば、互いに口角を上げた。
「…何度も相手にするのは少々疲れる。これで最後にしてくれ。」
最近はろくに戦ってないからな…と息をつく狐。
「よく言うぜ。おまえこそ乗り気だったくせに。」
ふんと鼻で笑う飛影。
戦いの流れの中、互いの腕を捥ぎ取るそれを狐はわざと自分の左を狙ってきた様に思えた飛影。
右を残したのは打たせたかったのか-…
だが、飛影の性格上…それならば尚更打つ気になどなれないのだ。
もしかすればそれこそ狐の思う壺なのかもしれないのだが。
どちらにせよ、黒龍なしで戦いたいと当初から思っていた飛影にとって、蔵馬の考え等どちらでもよかった。
ただ狐の思惑道理ならば些か不愉快、その程度…。
-…飛影は己の想いを蔵馬にぶつけた。
それは戦いの中生きてきた二人にとって、言葉より多大なる力を持つ。
それでも-…
飛影の燻る想いは色を変え、どこか冷静な部分も見え隠れする。
だからこそ言葉にしなければならないものもあった。
「悪かった…」
「……。」
それに信じられないとでもいったように大きく目を見開く狐。
「チッ、おまえが見た事だ!!」
ふいっと顔を逸らす飛影に狐はさも珍しいものを見たように呆け、そしてくつくつと笑い出す。
「…な、何がおかしい。」
些か飛影の頬に赤みがかかる。
「いや、おまえがそんな事を謝るとは…。だが、それは言う相手が違うぞ。」
笑みを浮かべる狐に、そんな事は分かっている。と忌々しそうに言う。
それでも、確実に目の前のこの男はその出来事でイラついていたに違いないのだ。
狐はそんな飛影を見て思う-…
長く生きていればさまざまな感情が混ざり次第に麻痺する事も少なくは無いと。
妖怪にしては飛影はまだ幼く、始めての感情に怯える事は仕方がないのだろうと。
なによりも特異な彼の生まれながらの環境がそうさせた。
-…妖怪にしては幼くとも彼を下に見たことは一度もなかった。
一目置くことができるのは彼の器ゆえ。
生まれた環境、境遇故に彼はずっと一人だった。心を凍てつかせた環境は何より彼を強くさせた。
信じるのは己のみ。
すべて己次第。
それ故、気高く賢く、そして悟る事も多かったに違いない。
だからこそ…彼は自分にとって脅威だったのだ。
しかし、脅威はそれだけではない-…
もっとも厄介なものがひとつある。
雲が流れる-…
ゆるやかに顔を出す金色の月が両者を見下ろす。
「……飛影-…俺はおまえでも譲る気はない。」
「わかってる。それ位ならばとっとと頂いている。」
ふんっと鼻で笑う飛影に、苦笑する蔵馬。
そして、緩やかに変わって行く銀色の髪から赤の髪。
中身は同じでも違うもう一人の体へと変化して行く姿-…。
それでも妖狐・蔵馬であることは決して変わりはしない。
赤い瞳が細まりじっとその様子を見据える。
切なげに揺れる翡翠は月を見上げる。
それこそ「昔」からの癖となった仕草。
自身を追い詰めた闇を含むそれは静かに輝くそれを見つめる。
「……蔵馬、己が心配か。」
「………。」
ゆるりと狐の視線が飛影に向けられる。
揺れる翡翠に映る狐の感情-…
「…少し。」
くすりと笑みを浮かべる狐。
あなたって俺の事結構分かってますよね。と苦笑いする狐を怪訝そうに見る。
そして明確になる。
目の前の男は自分に黒龍を打たせたかったのだと。
生死の戦いは迷いや不安を一瞬でも忘れられる。激的な一打を男は望んでいたのだろうと…
「…あれが、人間だから、か?」
「……。」
翡翠が微かに翳ればそれが静かに伏せられる。
想いは成長する。
手に入れればさらに欲が膨らむのは人間も妖怪も同じなのだ。
さらにさらに求めてしまう-…
今まで求めた事のないものを。
厄介な、それこそ自分だけではなく彼女をも追い詰める「想い」。
決して満たされる筈のない想いを満たしたくてあがく-…
「……何を焦る。」
「…えぇ、何を焦ってるんだろう、本当に。」
「………。」
「飛影、もし俺が-…」
金色の月が下界を照らす-…
緩やかに細くなる狐を見る赤い瞳-…
もし、『彼女』を-…
「安心しろ、その時は俺が殺してやる。」
狐の言葉に被さるように言い切る飛影の言葉。
それに驚いた様に目を見開きこちらを見る狐にちっと舌打ちをする飛影。
「ただの馬鹿になれば心置きなく殺してやるって言ったんだ。」
心配するな、馬鹿狐。と悪態を付けば身を地面に委ね瞳を伏せる。
「……飛影…。」
「さっさと回復しろ。数時間寝れば動ける位にはなる。」
それとも今さら黒龍が必要か?と意地悪く微笑む。
黒龍を使用していなくとも体から流れた血液は本来は致死量。
秀一も飛影も妖怪だからこそ生きていられるだけなのだ。
「……ははっ。」
額に手を当て笑う秀一。
あなたって人は-…と小さく呟く。
「…安心しろ、おまえが狂ったら俺があいつを……貰う。」
語尾が小さくなっていくそれに秀一は微かに微笑む。
赤い瞳を覆う瞼が重く落ちかける。
「…それは聞けないお願いです、ね。」
秀一は笑みを浮かべ、ゆるりと瞳を瞑った。
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