第68話 燻る片想い4
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それは数日前の躯の部屋での事-…
テーブルで向き合いお茶をする女性が二人。
一人は見た目や端整な顔立ちから中性的な雰囲気を漂わせるこの城の主、躯。そして、彼女と向き合うように座り紅茶をすすりながらもさも不機嫌そうに目の前の女を睨む、栄子の姿がそこにあった。
「おいおい、可愛い顔が台無しだぜ、栄子ちゃん。せっかくおまえとの時間を作ったんだ、もう少し笑えないのか?」
そう言いながらも彼女の口角はさも楽しげに弧を描き自身の紅茶に口を付ける。
「……どうして呼んでくれなかったんですか。怪我してるって分かったらすぐに行ったのに。」
紅茶をテーブルに置けば、躯の腕の包帯や顔のガーゼを見回し再び彼女を忌々しそうに睨み言い放つ。
怪我は数日前のものらしく、未だに痛々しく栄子の目には映る。
元々、秀一と晴れて両思いになったのだと報告をしに来た栄子だったが、躯の怪我を見て一気に血の気が引いたとはいうまでもない。
そして、同時に飛影も怪我をしていた事を思い出せばどうも偶然ではなさそうだ。
「こんなの部下のストレス発散に付合った程度の傷だ。おまえを呼ぶほどじゃない。奇琳で十分。」
「奇琳さんは治癒力ないじゃないですか。」
「おいおい、くどいな。第一、狐がそう易々とおまえを貸してくれるとも思わん。」
「そんな事ありません。秀ちゃんは私の友人関係に口を出すことはないです。」
生まれた時から側にいる幼なじみの彼。
彼の性格や感性など全てとは言えないがだいたいは分かる。
「…へぇ。」
それに、躯は心底面白そうに笑みを浮かべる。
「今までだってそうだったし、これからだって-…」
「おまえは今アレの女だという自覚はあるのか??」
「…え…女??うっ…あ、はい。」
意気込んで話していた栄子だったが、躯の一言で一気に顔に熱が集まれば声も小さくなる。
まだ慣れない響き。
自分は秀一の彼女。
それは周りに言われればさらに現実味を持つ。
(改めて言われると恥ずかしいなぁ…)
「妖狐・蔵馬の独占欲は知っているな??」
「……。…知ってます。」
「秀一は蔵馬だぜ?」
「……。」
彼女は何が言いたいんだろうか…
怪訝そうに躯を見れば彼女は瞳を細めこちらをみて微笑む。
「手に入れれば今まで我慢していた枷が外れてもおかしくはないといっている。今までのアレはおまえに遠慮していただけだろう。俺はそれが信じられん…、あの貪欲な狐がおまえが今まで他の男といようとも指を加えて見ていただけだなんてな。」
驚きだぜ、とくつくつ笑う。
「……。」
「それだけ自分の心を押し殺していた男だ。あぁ、普通に考えるなよ。我慢できる位の想いなんて括りじゃないから質が悪いんだ。」
確かに当時の蔵馬ならば他の男を決して寄せ付けなかっただろう。
彼の独占欲は自分がよく分かっている。
「…きっと、蔵馬は秀ちゃんになって、色々な事を考えたんだと思います。それは、私も蔵馬と過ごした時に考えた事だから-…分かるんです。一緒に生きられないし…、きっと後で辛くなるからって気持ち。」
それに躯は一瞬目を丸くするも、すぐにくくく…と笑い「違うな…」と呟く。
「狐がおまえにどう言ったのは知らんが。狂う位お前が愛しいんだ。だからこそ自分の狂気に巻きこめない…。人間として生まれたからこそ理性が効き葛藤があったのは事実だろうがな。」
(……。)
「狐は己の想いに言い訳を付けていただけだ。結果、あれはおまえを手放す優しさは持ち合わせてない。」
お前に一番残酷なんだぜ?と笑みを深める。
「……秀ちゃんは優しいです。それは私が一番良くしってます。」
そう誰よりも人一倍優しい人。
それは幼い時から見てきたから知っている。
だからこそ自分の大切なモノを守る時に、敵にどこまでも冷酷に残酷になれる。
蔵馬の瞳と秀一の瞳は同じだ。
どんなに冷めた冷酷な瞳をしようとそれの奥には理由となる熱と情を持っている。
だからこそ、誰よりも優しくて残酷だと理解している。
そして、誰よりも…失くすことに、臆病なのかもしれないと。
「やれやれ、ベタ惚れだな。」
「え、いや、そ、そうゆうわけじゃぁ…」
「…そういえば、おまえ、狐とどこまでいったんだ??」
いきなりの切り替わる内容に思わず、何のことかときょとんとする栄子。
しかし、悪戯に瞳を細め妖しく微笑む躯に意味を悟れば、一気に顔に熱が宿る。
「な、なにが!!!??」
「何だと??無粋な。真っ赤な顔してよく言うぜ。」
「………あ、あの、えっと-…」
(いきなり過ぎます!!!!)
あたふたし言葉を探す栄子を面白そうに見据える躯だったが、ふと彼女は自身の顎に手をあて視線を泳がせる。
そして、あぁ…と言葉を発すれば再び真っ赤な栄子に視線を向け口を開く。
「そういえばお前…生娘、だったな。」
「!!!!!!!!!!!!!」
「で、もうヤッたのか??」
「や、やってません!!!てか、てかてか、躯さんてどこまで知ってるの!!!??」
(生娘って、生娘!!!って!!!!!)
心の中で叫ぶ栄子。
それこそ丸裸見られているようだ。
「今思い出したんだ。そういえばおまえの記憶に色気のある出来事は一個もなかったな…と。狐と何もないなら今も健在というわけか。」
記憶とはどんな風に彼女の目に映るのだろうか…恐ろしい、そして酷く恥ずかしい。
あまりの羞恥に言葉も出ずぱくぱくと開閉する栄子の口。
穴があったら入りたい…
「………狐は知ってるのか??」
「!!!!」
「本来なら気が付きそうだが…、なぁ。」
「なぁって何ですか!!!??」
それに躯はくくくっと再び笑う。
そして、ただただ真っ赤になる栄子。
狐の目の前でそれなりに恋愛もし男とも付き合った事がある栄子。
内情まではさすがの狐も知らないか…。
躯は笑みを浮かべる。
「何、にやけてるんですか。」
「言ってないなら言ってやれば喜ぶぜ??」
「い、言いません!!!!てか、私結構いい年だし…い、今更!!!」
「何を気にする事がある。無理にするもんでもないだろう?自分を大事にしていいことじゃないか。」
「……。」
「なんだ?」
「いや、躯さんからそんなもっともらしい言葉が聞けるなんて…意外です。」
「くく…そうか。まぁ、言ってみれば俺の理想論だがな。」
頬杖を付いたまま瞳を細め微笑む彼女。
理想論…
それに彼女の過去を少なからず知っている栄子はずきりと胸が痛む。
「おまえは潔癖症か、何かか?」
「え、ち、違います。そういうわけじゃぁ…ないんですけど…」
どれだけ自分は恵まれた中で生きているのか…
彼女はどうしてこんなにも強いのか。
どうして、彼女は笑ってられるのか…
分かっている、彼女は同情など望んでいない。
目を背けたくなるような過去を全て受け入れ、今に繋げているのだ。
こんな人生経験もままならない人間がそんな彼女を想うなどきっと浅はかで馬鹿げている。
-…わかるわけがない。
だけど分かりたいと思う…。
「やり方がわからないなら俺が教えてやってもいいぜ?」
ニヤニヤして聞いてくる躯のその発言に物思いに耽っていた栄子だったが、結構です!!と叫び、気持ちを切り替える。
そして-…
「…というか、今までそれで別れてます。」
苦笑する栄子。
「やらせないでか?別れて結構だそんな男。」
「ぷっ、躯さんたら。でも、私に勇気がないのも事実なんですけどね。」
「……ほう。狐も大変だな。」
「え?…しゅ、秀ちゃんですか?」
「……あれはおまえには万年発情してるぜ?」
それに一気に真っ赤になる栄子は「秀ちゃんは動物じゃないです!!」と叫ぶ。
「彼の場合は、すっごく、すっっっごく…どきどきするんです。もう触られる場所に心臓があるみたいに、もう倒れそうになるんです。それが、きつくって…勇気とかそういう以前の問題で…」
(あれは大半が彼の色気に違いない!!!)
それに「ふーん…」と、面白くなさそうに瞳を細め、身をソファに預ける躯。
「それは狐には言うなよ。」
「い、言いません!!てか、言えない!!!」
ぶるぶると首を振る栄子。
そんな彼女の様子を見ていれば、躯は気が付いたように瞳を向ける。
「……おまえ、俺に触られるのはどうだ??」
どこかキラキラと輝き出す躯の瞳。
「………え??」
「俺にはどう感じるかと聞いている。」
身を乗り出す躯。
否、それでは足りないとばかりに、軽やかに隣まで来ればこちらを見下ろす彼女に、ごくりと唾を飲み込む。
そっと頬に当てられる彼女の手に、栄子は反射的に身の危険を感じとっさに顔を引く。
(何?!このいきなりの切り替わり様は!!)
「警戒するって事は、多少は緊張するのか??」
「む、躯さんは…女で-…」
何に彼女は対抗しているのだろうか。
そもそも対抗するものなのだろうか-…
「おまえが形上とはいえ狐のモノになって俺がやきもちを妬かないとでも思っているのか??」
「む、躯さん!!!??」
(なに言ってるんですか!?)
艶の含んだ綺麗なまなざしが至近距離で栄子を見据える。
なぞる唇にさらに身の危険を感じる栄子。
顔を近づける躯。
(これは-…やばい!!!!!)
「栄子-…」
「む、むくろさん、たんま!!!!!!」
今にも叫びそうになりながら身をそらせば-…
足が床から浮き、ぐるりと天井が回る。
「ぎゃぁ!!!!!」
がっしゃーん!!!!!
椅子の脚が滑りそのまま後ろ向けに倒れ床に突撃。
激しい衝撃に、涙目になりながらも後頭部を擦り床の上に座り込む栄子。
そして、涙の視界の端に入るのは躯の背中。
小刻みに揺れるその背。
それに声をかけようとすれば-…
「くくくくくく…はははははははっ、本当にこけやがった!!ははははっ、今の顔といい一部始終撮っとけばよかったぜ。くくくく…」
「……。」
「傑作だな、はぁ。すっきりした。今ので許してやるよ、栄子ちゃん。」
振り返った躯は驚くほど清清しい顔で。
「……ありえない…」
栄子の怒りの呟きも耳に入らないようで。
「いや、よかったぜ、今の。ぷぷっ…」
未だに瞳に自分とは別の涙を浮かべ目があえば笑い出しそうな彼女。
「躯さんの、ばか!!」
「まぁ、そう怒るな。」
「怒ります!!いつもいつもからかってばっかで!!!」
「いや、八割本気なんだが。」
くつくつ笑う彼女の瞳はどこか怪しげだ。
そして栄子は久々にがっくりと肩を落とすのだった-…。
「なかなか楽しそうな話をしていたな。躯。」
栄子が躯の元から帰り数分後。
ソファに腰掛ける躯の前のソファには緑茶を飲む黄泉の姿があった。
「…俺は緑茶は飲まんぞ。」
土産だと緑茶の葉を持ってきた黄泉。
自分でそれを濾せば自分で飲む男。
「…このような和室もない城では確かに旨みにかける。」
「帰れ。」
「それにしても、おまえは蔵馬と飛影、どちらをあれにひっつけたいんだ??」
飛影の肩を持つかといえば、彼女の前では彼を薦めるでもない。
普通に蔵馬の話題も出す-…
「…そうだな、栄子は嫁にしたい位は気に入ってる、しいていうなら俺だ。」
くすくす笑う躯に、黄泉は怪訝そうに眉を寄せる。
「……おまえは女だ。」
「ここまで生きれば関係あるまい。」
「……関係あるだろう。」
「ないな。」
「……。」
中々本気だと思う彼女の発言とそれを表す心拍数。
黄泉はわからん…と思いながらも再び茶をすする。
「嘘だよ。俺の嫁候補が狐が良いと言うならば仕方ない、それだけだ。」
「それでも候補からは外れんのか??」
「狐が死ねばあれが飛影に縋る前に遣いを出す。」
「……。」
「馬鹿が、それも嘘だ。」
顎に手をあて悪戯に瞳を細める躯。
「いや、お前の心拍数は嘘ではない。」
「……面倒な男だな、お前は。」
それにさも楽しそうに彼女は笑う。
「……。」
(蔵馬…気をつけろよ。)
内心黄泉がそんな事を思いながら茶をすすっていたとは言うまでもない。
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