第67話 燻る片想い3
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ー…俺は一体何をしている
魔界の森の中を走る狐。
まるで思考を振り払う様に彼は走る。
ホシイ
欲しい
あの娘が早く欲しい-…
欲はとどまる事を知らない
駆け上がる衝動は時に理性すら脅かす
脅かせるつもりの行動は自身の枷を簡単に取り払った。
当たり前だ
こんなにも恋い焦がれ
こんなにも待った…
どれだけあの娘を願ったか
気持ちが通じて満たされたのは確かだ
だがそれだけではまだ足りない-…
全てが欲しい
身も心も…
過去も未来さえも。
あれが自分でない他の男の事を考えているのだと思うと酷く腹が立った
行き過ぎた嫉妬
それだけでこんなにも自制が利かなくなるとは、妖狐・蔵馬の名が聞いて呆れる。
蔵馬の姿になる気などなかった
理性より本能で動くのは妖怪故の性
本来ならばどこまでも貪欲に娘を欲し、自分を捻じ込み…決して許すことなどなかっただろうに。
『私はあなた達のものだよ??』
これ以上何を望むのか…と言われた様な気がした。
妖怪からすればほんの一時でも人間からすればそれは一生。
それを彼女は自分にくれるのだと言ってくれた。
これからの未来すべてを。
なのに、自分は-…
一生を差し出すと言ってくれている彼女を貪欲に求めたのだ。
自分本意な愚かな抑制できない欲-…
月明かりが森の葉の隙間からちらほらと差し込む-…
いつの間に夜になったのか-…
時間の感覚など皆無。
それに大きく飛び上がれば狐は森の木の上に立った。
魔界の夜を君臨する金の月-…
一気に明るくなり視野が広がれば、広大な魔界が見渡せる。
人間界のものより大きなそれは、まるで狐の存在が酷く小さいものだと嘲笑うかのように神々しく輝く。
決して揺るがない輝きを持つ-…
雲に隠れようが雨が振れども変わらぬ輝きを持ち続けるそれ。
どんなに足掻こうと自分は所詮万物の中の小さな一つの存在なのだと思い知らされる。
そんな存在がこの内に宿す欲に侵される。
本当に愚かで浅はかな生き物だ-…
生ぬるい風が狐の銀の髪を靡かせる。
「蔵馬。」
背後から掛かる声。
それに狐は静かに振り返る。
「……。殺されにきたのか??」
今、一番会いたくない男。
仲間であり今彼女の心に住む一番憎い男…
それに赤い瞳の男はちっと舌打ちを打つ。
「俺は…言葉にするのは苦手だ。」
「……。」
「お前の様に器用に言えん。」
揺れる赤い瞳が狐に向けられる。
「……。いいわけだな。」
「そうだ、いいわけだ。俺の弱さだ。」
「……。」
「だから-…」
チャキ-…
彼の剣が月の明かりを受け反射すれば、その先端は真っ直ぐに蔵馬に向けられた。
金色の瞳が探るように細くなる。
「己の気持ちにも弱さにもはっきりとさせたい。」
「……なるほど、俺にそれを手伝えと…。」
「おまえにも、理由はあるはずだ。」
「………。」
蔵馬は静かに瞳を細め、目の前の男を静かに見据えた。
「始まるな。」
黄泉は窓から外を眺めどこか楽しそうに呟く。
そんな隣では呆れた様に瞳を細める修羅。
「あいつら本当の馬鹿だね。試合で当たったくせに…。まだ戦い足りないのかな。」
魔界の森の奥に見えるのは、雲まで突き抜ける二つの大きな妖気の柱。
「戦いでしか見出せない事もあるんだろう。」
「そういうもん??」
俺わかんない…と両腕を窓に掛け顎を乗せ突っ伏す。
「前回は邪魔が入ったからな。」
「……。…父さん-…」
修羅の視線が窓の下に向けられる。
「…また邪魔が入ったら…どうなると思う??」
心底呆れ顔の修羅。
「…さぁな。」
「俺、こんな役ばっか…やだな。」
「なら参戦してくるか??」
「冗談。」
はぁ…と大きなため息を着けば、気だるそうに窓辺に足を掛け下界に飛び降りる。
そんな自分の息子を見下ろしながら黄泉はただ苦笑するのだった。
「栄子!!!」
ドレス姿のままで走る彼女の腕を後ろから掴む修羅。
それにビクリと反応し振り返る栄子だったが修羅の姿に安堵の表情を浮かべるものの、すぐにはっとし彼の腕を振り払い再び駆け出そうとする。
「待てって。」
それでもその腕を掴めば、彼女の前に回り両肩を掴み抑える。
「だめだよ!!またあの二人戦ってるの!!今回は試合でもなんでもないのに…!!!」
血相を変える栄子。
暗いにも関わらず分かる青白い顔。汗ばんだ額…そして、酷く不安気に揺れる瞳。
「あんたが行っても意味が無い。」
「意味が無くても止めるの!!あんな血を流すような喧嘩-…」
「あんたが行っても無意味だっていってるんだ。」
言いかける栄子の言葉に被さる修羅の低い声。
驚く栄子の瞳に映るのは今まで見たことのない修羅の真剣みを帯びた表情。
「修羅…くん?」
「きっと今回はあんたが行こうが止まらない。」
「…どう、して??」
「……。」
一体この女はどこまで分かっているのか。
これがただの喧嘩だと思っているのだろうか-…
「……あんたはもう少し周りのことを考えた方がいい。どうして二人が戦うのか…。」
そしてなぜ自分はこんな事を言っているのか…
修羅は内心思うものの口は止まらない。
「なんでも理由がある。今戦っている理由は…あんただ。」
「…!!!!」
「蔵馬にとってあんたが一番で、飛影にとっても-…あんたは特別なんだ。」
「……。」
「我慢しろ…いつでも自分の我侭が通ると思うな。行くなら自分の撒いた種だ。最後まで見届けろ。それが出来ないなら…行くな。」
眉を寄せる彼女の瞳は酷く揺れ、唇を噛締め俯く。
ゆっくりと掴まれた肩が開放される。
そんな彼女を見ながら、らしくないな…。と思う修羅だが彼女を目の前にして父親の言いたいこと自ずと分かった。
否、口から勝手に出ていたことから本当は分かっていたのだろう。
罪な女-…たいして美人でもない普通の人間。
なのに、妖怪二匹が真剣に取り合う
それを本人は決して知らない
…自分の価値をしらないだけかもしれないが。
(って、俺もか…)
「私-…いく。」
「………あぁ。…分かったならいいよ。」
「……。…ありがとう修羅君。」
顔を上げた栄子の表情に、目を見開く修羅。
にっこりと笑みを浮かべる栄子。
どこか意思の籠る瞳に少年は息を飲む。
「…おまえ-…」
「じゃね、修羅君!!!」
再び駆け出す栄子。
そんな後姿を呆然と見つめる修羅。
「………なんだよ、あいつ…。」
はぁ…と額を押さえその場にしゃがみ込む。
「…面倒な女…。あの顔、絶対分かってない。」
くそ…と指の隙間から覗く修羅の頬は赤く染まっていた-…。
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遥か頭上を飛び交う二つの影。
それを地面を駆け彼女は追う…
指に光る以前躯からもらった指輪。
それは栄子の指で白く輝く-…
気配を…存在を消す白華石の指輪。
激しく吹き荒れる突風に、爆発音-…
揺れる地響きに足元が崩れる-…
それに冷や冷やしながらも先に進んで行く栄子。
木の枝や草に引っ掛かり敗れたドレス-…
以前もこんな事あったな-…と思う彼女だったが、今はそれどころではない。
どれほど続いたのだろうか-…
数時間にも及ぶ戦闘-…
それが静かになれば、やっと彼らがいるであろうそこへ着く-…
血の香り-…
焼けた大地の臭い-…
上がる砂煙に塵-…
ゆっくりと歩み寄る-…
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