第65話 燻る片想い
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「躯様…どうしてあなたは今この時分に怪我をなさるのですか??」
奇琳は椅子に腰掛け呆れながらも目の前でソファに腰を降ろす彼女の腕に包帯を巻いて行く。
「俺が仕掛けたんじゃない。部下のストレス発散に付合ってやっただけだ。」
「…今は治療班は皆休暇中です。そんな時にこんな怪我…考えてください。栄子を呼ぶのも嫌だというし…」
珍しい事もあるもんですね…と呟く。
お気に入りの彼女をここぞとばかりに呼ぶと思ったらこれだ。
「…この時期に、狐がしおらしく俺に貸してくれるとも思わん。」
くすりと頬杖を付いて笑う彼女に、怪訝そうに顔を歪める奇琳。
「……躯様。」
「なんだ?」
「彼らは-…あれで、いいんでしょうか。」
奇琳の言うのは蔵馬と栄子の事だ。
「…なぜだ?何か問題でもあるか??」
「蔵馬にはいつか躯様の下についてもらうつもりでおります。かなりの戦力になるかと…それが-…」
「……。」
そんなの初耳だぞ…と思う躯だったが、何も言わず彼の次の言葉を待つ。
「人間の小娘にあれだけ執着したところで、待っているのは無だけかと…思うのです。今だけです、本当に我らからしたら一瞬の時。それで蔵馬の強さを失うなど-…」
「おまえは栄子が死んだら狐も死ぬと思っているのか??」
「……。」
無言になる奇琳に、彼女は瞳を伏せ口元に弧を描く。
「俺も、否定はしないぜ。…そうだな、あれは人間に溺れきったただの狐だ。」
躯の脳裏に過ぎるのは栄子が死んだ時のあの抜け殻のような狐の姿。
「もったいない-…あんなに頭が切れて強い妖狐などそうそういないのに。」
「…だが…」
ふいに躯の瞳が切なげに揺れ、遠くを見つめる。
「そんなもの今の狐にとったら些細な問題だと、思うぜ。」
「……些細、ですか。」
私にはわかりません…と息をつく奇琳。
「あれはすでに俺から見たら狂った域だ。それに栄子の後を追うくらいならまだ可愛いものだ。そうだな、下手したら-…」
「…下手、したら??」
「彼女に死すら与えないかもしれないぜ。」
頬杖を付きながらどこか遠い目をして呟く躯に奇琳はごくりと唾を飲み込む。
「躯様、それは不可能-…」
「そう不可能なんだが、な。」
細まる彼女の瞳が窓に向けられる。
-…たまに酷く恐ろしい想像をしてしまう。
ふいに頭をよぎるのは「禁書」。
決して使わないとは思うのだ…
彼女を苦しめることは決してしないだろうと。
だが-…
あれほどの執着を持てば…自分を残して死ぬなど許さないのではないのかと-…
直筆の本がそれを伝える-…
「…親子揃ってしつこい男に好かれるな-…。」
やれやれと首を竦める。
「??…躯様、親子とは…一体何の話ですか??」
「…考えろ、馬鹿者。」
人の想いは時と共に変化して行く。
狐のそれが今以上に膨らんでも厄介な方向に行かない事を祈るまで。
あの男の様に…
**********
「飛影!!!!」
名を呼ばれ、はっとした。
目があっていたことに気付いていて、動けなかったとはどれだけ自分はショックを受けていたのか。
狐と彼女の接吻など何度か邪眼でも見たことはある。
なのに以前と同じであり異なるこの感覚はどうも自分の手には負えなくなってきていた。
すぐさま、踵を返そうとする俺に栄子は秀一の腕を振りほどき走ってくる。
その瞬間の狐の顔は忘れない-…
酷く切なく翡翠を揺らし今にも泣きそうな狐の表情-…
恋人になっても、彼女の気持ちを手に入れても…まだ安心できない狐
「すごい怪我してるじゃない!!!!」
そばに来る栄子は、まじまじと俺の体を見る。
どこまで貪欲に狐はこの女を求めれば気が済むのだろうか-…
以前より自分に向けられる視線が痛いのはきっと気のせいなんかじゃない。
-…殺気。
「平気だ。構うな。」
触れようとした彼女の手を払う。
それに一気に眉を吊り上げ「治療するから部屋に入って」と腕を引っ張る彼女に、本当に鈍い奴だと心底呆れる。
おまえの背後で俺を睨むその男をどうにかしてくれ。
「飛影、入ってください。」
渋っている俺に、声をかける狐。
微笑むその瞳の奥には嫉妬の色が混ざっている事は明確。
「おまえの殺気なんぞ当たったら治るもんも治らん。」
再び腕を振り払えば、そのまま歩き出す。
寝ればましになる-…
痛みも以前蔵馬からもらった薬でなんとでもなる。
そう思っていたら案の定、おせっかいな奴の声色。
「秀ちゃん、飛影見てくるね!!!また治療終わったら部屋行くよ!!」
狐の微かに動揺する妖気が傷に響く。
何も知らない栄子は「待ってよ~!!」と後ろから追いかけてくる。
-…もう、やめてくれ。
「-…来るな。」
後ろを追いかけてくる栄子に歩きながらもそう言う。
「なんでよ、痛いんでしょ、私が-…」
「迷惑だ。俺にこれ以上構うな。」
振り返り様、真っ直ぐに目の前の女を睨む。
「…え??」
それに瞳を大きく見開く栄子。
「二度はいわん。俺に近づくな。」
鋭く赤い瞳が栄子を射抜く。
栄子の脳裏に過ぎる。
目の前の赤い瞳の奥に垣間見えるのは、あの時と同じもの-…
「わ、わたし…な、なにかした?」
血の気が引いて、青くなっていく。
-…そう、それは、栄子も何度か見たことのある。
彼が氷河の国を思い話すときに垣間見た
憎しみと悲しみを宿した-…赤い瞳だった。
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