第65話 燻る片想い
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その頃の栄子はというと-…
「そう、力を抜いて…」
手を引かれる。
「俺の動きに付いてきて、そう上手だね。」
赤い髪の男は彼女の手を優しく引き、誘導する。
それに、はじめは力が入っていた彼女も彼のリードによって自然と踊れるようになっていた。
「すごい…秀ちゃん、体が勝手に動く。」
わぁ…と頬を染め、嬉しそうに目の前の男を見上げれば、それに綺麗に瞳を細め笑みを浮かべる秀一。
「栄子が俺に気を許しているからだよ。」
「え、そういうもんなの?」
「そう、…はい、ターン…。」
「!!!!…で、出来た!!!」
感動で、きゃぁ!!!と彼の手を握ったまま、飛び跳ねる栄子。
それに「上出来」と頷く彼。
そして-…彼女の視線はテーブルに向けられる。
「これで、やっと-…」
輝く瞳、その先に映るマフィン。
「やっと食べれる!!魔界本店…生クリームマフィン!!」
「…魔界が本店とか、今の世の中すごいな。」
目の前に用意されたマフィンはたまたま秀一が街に出向いたときに買って来たものだ。
見たことのある店の看板と、パッケージだな…と思っていた彼だったが、レッスン前に彼女に見せれば彼女の表情は見る見るうちに大きく変わった。
これはよくあるあの顔だな、と苦笑する秀一に一言「本店って魔界だったんだ!!!!ずっと幻の本店で世を騒がせていたんだよ!!!」とこれでもかと言うほどキラキラ光る彼女の瞳。
「レッスン終わったし、食べていい?秀ちゃん!!!」
「どうぞ。」
テーブルに飛んで行く彼女に、相変わらずだな…と思いながらも、キッチンへ入り紅茶を作ればテーブルに用意されたカップにそれを注ぐ。
「いい香り…。これ、秀ちゃんが作ったの?」
「まさか。俺そんなにマメじゃないよ?」
「……そう、かな?」
首を傾げる栄子。
自分に対しては驚くほどマメな様な気もするが…と思う彼女だったが、その話題にあまり関心が無いのか、よもや目の前の食べ物の関心には勝てないだけか彼女の思考はそこで止まる。
「躯がくれたんだ。余ったからって。」
「へぇ、躯さんが秀ちゃんに物をあげるってあんまり想像つかないね。」
「そうだろ?俺もはじめは毒だと思ったよ。」
くすくすと笑う彼に、「いやいやそれ笑えないから…」と思わず突っ込む。
そして、二人椅子に腰掛けテーブルで向き合いながら栄子はマフィンを頬張り、秀一は紅茶に口をつける。
「おいしいね、さすが魔界の生クリームは違うね!!種族は違ってもおいしい物ってやっぱり皆一緒だね!!!」
頬を染め嬉しそうにぱくぱくと食べる栄子、そんな彼女を頬杖を付きながら笑みを浮かべ見つめる目の前の男。
その視線に気付けば、食べないの??首を傾げる。
「俺の分も食べなよ。」
にっこり笑みを浮かべる彼に、「本当に!!秀ちゃん大好き!!!」と心底嬉しそうに瞳を輝かせ、まだ自分の分が手元にあるにも関わらず袋からもう一つ出す。
両手に抱えあげられたマフィン。
成人している女性にはあまり見る事も無い食い意地の張った姿。
「…栄子って食べてるときが一番幸せそうだね。」
「しょうかな…ねりゅにょもしゅきだよ?最近はよくねれりゅし…。」
もぐもぐと口に物を入れながら話せば、その頬に自然に伸びてくる手。それに大した違和感も感じなかった彼女だったが、その指が微かに口の端を掠めたので、ふいに顔を上げる。
「ついてるよ。落ち着いて食べて。」
そして、生クリームの付いた指をぺろりと舐める目の前の男-…。
それに目が見開き、一気に固まる栄子の片方の手からマフィンがテーブルの上にころりと落ちる。
「…髪にも付いてる。」
仕方ない子だね…と、そっと髪を掬われればそれに口にあてる狐。君は甘いところだらけだ…と妖艶に笑みを浮かべる。
ころり-…
もう一個のマフィンもテーブルの上に落ちる。
放心していると思われる栄子。
それに苦笑する彼だが、どこか楽しそうに目元を緩めれば、身を乗り出し、自身の端整な顔を近づけた。
そして-…
「これはもっと甘い…。」
彼の親指が彼女の唇を掠める。
翡翠が細まり身近で彼女を見下ろせば、徐々に戻って行く彼女の瞳の色-…
そして-…
「きっ、きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
鼓膜が敗れそうな程の悲鳴に、少々飛び散る食べ物…、秀一は微かに眉を寄せやれやれと離れる。
「しゅ、しゅうちゃん!!!!」
「汚いなぁ…口から食べ物飛ばして-…」
「信じらんない!!!信じらんない!!!やめてっていってるのに、そういうの!!!」
もう嫌だぁ!!と真っ赤な頬を両手で挟み、部屋の隅まで逃げる栄子。
「すぐ触るのやめてっていってるのに、勝手にすぐ触るし…。」
隅の角の壁にべったり背をつける。
それに、呆れた様に瞳を向ける秀一。
「好きなら触りたいと思うのが普通じゃない??」
そんな彼女の方へ歩み寄る。
それに「こっちこないで~!!!」と首を振りながら真っ赤になる彼女。
「栄子は…思わない?」
彼女の上に影が出来る。
壁に腕を付き見下ろす秀一に、それを真っ赤な顔で見上げる。
「ねぇ…俺に触られるの、嫌??」
そっと頬に触れられれば体の奥が熱くなる。
「い、嫌…とかじゃなくて…まだ、慣れないから-…」
「だから慣れる為にも必要だろ?」
翡翠の瞳が細くなれば妖しく光る。
撫でられる頬。
再び落ちてくる彼の顔の前で両手でストップをかける栄子。
「だ、だから…まだ早いって-…昨日の今日だよ、秀ちゃん!!!」
「早い??…それを俺に君が言うの??」
妖艶な瞳の奥に金が帯びれば、鋭く光る。
「…あ、えっと-…」
-…何が言いたいのは理解できる。
蔵馬の時から想ってくれているのだ…
-…長すぎる。
だけどだ。
「私は秀ちゃんと…ゆっくりと進みたいの。私も努力するから…お願いだから、追い詰めないで。」
それに怪訝そうに眉を寄せる狐。
「追い詰めてるつもりはないんだけど…」
「いや、十分に追い詰めてるから!!!」
そういえば、かなり不服そうに眉を寄せるものの-…仕方ないなといった感じで息をつく、そして-…
「なら、しばらくはひとつだけで我慢する。」
「な、なに??」
思わず構える。
「一日に一度、キスはさせて。」
にっこり笑う彼に思わずつられ頷きそうになるものの…「え?」と、顔が引きつる。
「……き、き、キス!!!手を繋ぐとかじゃなくて…!!?」
「…本気で言ってるの?」
翡翠の瞳が不満気に細くなる。
「う、嘘です、それは嘘ですけど-…」
どういった訳か、彼とのラブシーンは驚く程悩殺もので心臓に悪いのだ。
恋人同士ならばキス位なら当然のはずだ。
実際自分も先日彼としっかり意思表示として口付けを交わしたのだ。
もちろんそれまでにも何度か、あった。
出来るのはできる。
だけどだ-…
「秀ちゃんとキスすると、く…くらくらするの。頭がぼうっとして…。」
「そういうものだよ、キスは。」
にっこり嬉しそうに笑う彼に、首を振る。
「え、嘘だ!!!そんなこと無いよ!!私、これでも恋愛経験は普通にあるからキスがどういうものか位分かってるよ??」
それなりに恋愛をして男性とも付合ったのだ。
なのに-…
「……。」
「秀ちゃんは本当に今までと違うから…だから-…」
ふいに顎に手が当てられ上を向かされる。
自身の唇に被さる彼の唇。
目を見開き思わず体が強張るものの、角度を変え優しく何度も塞がれるそれに、徐々に力が抜けて行く-…
甘くて熱い口付け-…
彼の気持ちが入ってくるようなキス。
溢れる想いは簡単に入り収まりきれるものではなくて…彼は私の唇を丹念に味わいながらも、自身の想いを少しずつぶつけてくる、そんな口付けだ。
頬を撫でる指。
さらに深く口付けられれば思考力も低下する。
「…あんまり他の男の話、聞きたくない。」
合間に囁く甘い囁きが唇にかかる-…
それでも、寄せた唇が離れているわけではなく、再び優しく被さる。
どれ位経ったのだろうか…
口付けでこうも翻弄され時間の感覚など皆無。
「これがキスだから、栄子。」
艶の含んだ声。
翡翠が熱を帯び見下ろす。
名残惜しそうに唇を離す彼の腕に、その瞬間ぐったりと力が入らなくなった彼女の体がのしかかる。
「……先が、思いやられるね。」
真っ赤な顔に瞳を潤ませ、へなへなになる栄子の体を支えながら苦笑する秀一。
それに、まだ一日一回のキスを許してないのに…と思う栄子だったが、そんな言葉を発せられるほどの余裕は無くただ自身の体の自由が効かない事に情けなくなっていた。
(…わかった、秀ちゃんのキスってすっごく腰に来るんだ…)
そんな発見も身に滲みながら。
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