第63話 曖昧な想い色
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-…やられた。
秀一は目覚めた瞬間そう思った。
すでに日は落ち、室内は真っ暗だ。
昼食に何か入っていたのだろう。
ここまで何の気配にも気付かず寝てしまったのは久々だ。
「…修羅か-…」
懲りない少年だと秀一は思った。
珍しく声を掛けられ一緒に昼食を取ろうと言ってきた修羅。
そして、昼食を取れば颯爽と席を外す修羅に違和感を感じつつも対して気になどしていなかったのだ。
準備良く用意されていた食事。
いつもなら少なからず警戒していただろう…
「…気が、抜けすぎだな。」
栄子が帰ってきてからどこか緊張の糸が切れたかのように安心してしまっているのは事実。
息をつきながら起き上がる。
気だるい体を𠮟咤し、窓を開ければ涼しい風が入り髪を靡かせる。
そして風とともに聞こえるのは城下の賑わいとちらほら見える明かり。
-…今頃、あの中に栄子と修羅はいるのだろう。
自分のこの状況から他の者がいるのは考えにくい。
人間界に帰る日が近づいた事で、修羅の気持ちに拍車が掛かったのだろうか。
飛影はおろか、修羅にまで好意を抱かせる彼女には本当に参る。
-…どこかに閉じ込めてしまえたら。
手足を折って鎖に繋いでおけたら-…
傷つけたくない思いと壊してしまいたい思いが交差する。
異常な執着が生んだ歪んだ愛情。
それは-…
蔵馬だった頃からきっと変えられないもの。
窓辺に肘を付き彼女が居るであろう場所を眺めれば、先程の栄子の様子がふと脳裏に過ぎる。
「-……。」
-…期待しても裏切られる。
彼女に関しては自分の経験などそう当てにはならない-…
だが-…
あれは-…
どこか物思いに耽る秀一だったが、見知った気配が近づけばその思考は中断される。
「…あなたはノックもしないんですか、躯。」
呆れながらも振り返らず視線を下界に向けたまま呟く秀一に、くすりと彼女の声が暗闇に響く。
「平和ボケしているわりには鼻は効くようだ。」
暗闇を照らす月明かり。
うっすらと音も立てず現れ背後から近づく躯に、悪趣味ですね…と翡翠の瞳を細めそれを見据える。
「余裕だな、蔵馬。修羅は放っておいていいのか?」
「彼はもう栄子を傷つけることはしないでしょうから。」
「…相手にしてないのか、おまえ。」
へぇ…と楽しそうに瞳を細める躯に、秀一はやれやれと息をつき-…
「そういうわけじゃ-…」
「黄泉が修羅は今日決める気だろうって言ってたぜ?」
被さる躯の言葉。
それに、ぴくりと微かに眉が動く秀一。
ふふんっと鼻で笑う目の前の彼女。
「………。何を、ですか?」
「何を?そんなもの分かるだろう?」
「…あなたはわざわざそんな事を言いにきたんですか?」
瞳を伏せ、はぁ…と息をつく秀一に、躯はくくく…と笑う。
「親切心と嫌がらせだ。」
「…片方はわかりますが、もう片方がわかりません。」
「利口だ利口だと思っていたが、やはり馬鹿、か。」
「…挑発には乗りませんよ。」
呆れつつ呟く彼に「本当に分からんのか?」と含み笑いを浮かべる躯。
秀一は意味が分からず怪訝そうに目を細めるのだった。
*************
「これ、おいしーねぇ。」
綿飴を頬張り嬉しそうに言う栄子に、隣で林檎飴を舐め歩く修羅。
「これって材料なんなんだろ。ただの綿飴ならこんなにキラキラ光らないよね。」
キラキラ光る綿飴。
初めて見るそれに、修羅の舐めている林檎飴は真四角だ。
他にも馴染みのモノは沢山あるものの、やはりどこか人間界のものとは違う。
「俺も初めてだからわかんないけど、屋台のもんっておいしーんだな。城の飯とはまた違う。」
「うんうん、分かる。何ていうんだろ、素朴でおいしいって言うか…気取ってなくて庶民的で懐かしい味っていうか。とにかく、すっごくおいしいよね。他にも色々食べたくなるし。」
「…一杯食えよ。今日は俺のおごりだし。」
「マジで?…でも、何で??」
「なんとなく。たまには、な。」
くすりと微笑む修羅に、そういえば…と栄子は先程から疑問になっていた事を思い出し聞いてみる。
「ねぇ、テツコちゃんとは祭り行かないの?彼女でしょ?」
「へ?」
間の抜けた修羅の返事。
探るような栄子の瞳がじっと修羅を見れば彼ははぁ…と息をつく。
「……俺、あいつと付合ってないし。」
ぷいっとそっぽを向きながら呟く修羅。
「え、そうなの??」
それに目を見開いて驚く栄子に、修羅の胸の奥が疼く。
「あんたが勝手に勘違いしてたんだろ?俺は一言も言ってないよ。」
ばーか…と舌を出し呆れた瞳を向ける修羅に、ひどい!!と唇を尖らせる栄子。
「なーんだ、可愛い子だったのに。二人お似合いだから、完璧そうだと思ってた。」
「…どこが似合いだよ。」
ぽそりと呟く修羅。
あの得体のしれない少女だけは勘弁だ、と修羅は内心思う。
そして、修羅が隣を見れば今だ納得しきれてないのか…
「もったいないなぁ…」とか「まさかあっちは修羅君の事好きかも!!」など、一人百面相をしている栄子が目に入る。
それに修羅の瞳が細くなれば、その場に立ち止る。
月明かりが映える、屋台から少し離れたまだ静かな場所。
栄子は一人の世界に入りそのまま修羅が止まった事に気づかず歩くものの、隣にあった存在がない事に気付けばあれ?と後ろを振り返る。
「?…修羅君、どうし-…」
「…教えてよ。」
彼に似つかわしくない低い声が栄子の耳に入る。
それに、何を?と首を傾げる栄子にゆっくりと歩み寄る修羅。
-…分かってるんだ、この人間が好きな奴が居ることくらい。
「俺に-…教えてよ。」
意味の分からないといった呆けた栄子の顔が修羅を見上げる。
「俺にしてよ、恋愛レッスンだっけ?」
彼の伸びる手が栄子の頬に掛かる髪を耳に掛ける。
「…そっか、修羅君がテツコちゃんの事すきなのね?」
眉を寄せ切なそうにこちらを見上げる女にどこまで鈍いのかと内心思う。
今もさりげなく触った事に気付いているのか、いないのか。
男扱いされていないのだと思えば若干腹も立ってくる。
「…ううん、ほかに好きな奴がいるみたい。俺。」
にっこりと微笑む修羅。
「え…そうなの?」
「うん、気付いたの最近なんだけど、ね。」
少年らしからぬ妖艶な瞳が彼女を見下ろす。
さすがに彼女の頬に手を当てれば、栄子は驚いた様にその手を外す。
-…やっと、気付いたか?
「えっと…修羅君?」
どこか焦る色を乗せた栄子の瞳に、追い討ちをかけたくなる。
「帰らないでよ、あっちに。」
彼女の手を掴めば、こちらを見て驚愕に揺れる瞳と目があう。
「蔵馬と帰ったりなんかしないで。」
「…あ、あの修羅君、あのね…」
「俺…あんたの事が-…」
「あ!!!修羅君!!!!」
知っている声が響く-…
その声に振り返る栄子と修羅。
その視線の交わる先には一人の少女が手を振りこちらに走ってくる。
瞬間修羅の額に浮かぶ青筋。
そして胸元を押さえ大いにほっと息をつく栄子。
「修羅君、探してたんだよ。お祭り一緒にいこうと思ってたのに…あ、こ、こんにちわ。」
修羅の腕に自分の腕を回すテツコだったが、栄子の存在に気付けば、修羅の後ろに恥ずかしそうに隠れ少し顔を出し挨拶をする。
「…なんで、お前…はぁ、最悪。」
明らかに不機嫌そうに額を押さえる修羅。
それに、どうしたの?と首をかしげ彼の顔を覗き込むテツコ。
そして-…
「…テツコちゃん…」
そんな中、テツコの登場に、栄子だけが別の事に思考が向いていた。
「はい…、なんですか?」
「私達、どこかで会ったかな?」
「この前お城で会いました。」
「あ、ううん。お城じゃなくて…もっと別の所、うーん…どこだろう。」
どこかで会った気がするのだ。
しかもそれも最近…。
「きっと夢でも見たんですよ。」
少女らしからぬ妖艶な笑みが栄子に向けられる。
(夢…?)
「おい、テツコ、おまえ今日は帰れ!!」
「やだ、今日は修羅君と一緒にいる!!」
(……夢、なのかな。)
栄子の思考からはすでに先程の修羅との出来事は忘れ去られていた。
「修羅君、なら…私帰るね。テツコちゃん来たし!!…あ、ありがとう、綿飴。また来ようね、お祭り。」
にっこり笑い手を振り踵を返す栄子。
修羅は呼び止めるもテツコがしっかりと腕を掴んで離さない。
「おい…」
「何?」
「あんた、分かってて邪魔してんだろ?」
「うーん…修羅君好きだから応援したいんだけど、ここまできたらちゃちゃ入れるのも面倒くさいというか……。」
「…なんだよ、それ。」
意味わかんないし…とはぁ~と面倒臭そうに息を付く。
「だって…蔵馬さんは気が遠くなる程栄子さんの事思ってたんだよ。それに、彼女もやっと自覚したみたいだし…。」
「そうだけど…って、なんであんたがそんな事まで知ってるの?」
ぎょっとする修羅に、ふふふふと笑う少女。
そして少女は口元に指をあて呟く。
「私あの人達とは腐れ縁みたいだから。」
と…。
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