第60話 居場所Ⅱ
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湿った空気と生暖かい風-…
魔界の奥の泉のほとりにかがむ女と、近くの木に凭れる男の姿があった。
「…だめね、これ以上は見れないわ。」
泉に翳す手の下では水が大きく円を描いているものの、その先に映るのは反射する女の顔。
困ったわね…と息をつけば、木にもたれた男の伏せた赤い瞳が開き、無言で目の前の女を見る。
「…他に方法はないのか?」
「あら、魔女でもいける範囲は限られてるのよ?彼を送っただけでも誉めてほしいくらいよ?」
そうどこか悲しげに笑みを浮かべる女。
「あなただってその邪眼は見せかけかしら?頼りにならないわね。」
表情に元気は無くとも出る言葉は相変わらずだと、飛影は忌々しく眉を寄せ息をつく。
「あとは…蔵馬次第か。」
「…そうね。」
飛影の瞳が静かに目の前の女を見据える。
顔を上げずとも彼の視線が痛いくらいに自分に突き刺さるのを感じていたは彼女は微かに笑みを零しながら言葉を続ける。
「…そんなに意外かしら?まだ信じられないの?」
顔を上げ自分を見下ろす男に視線を絡める。
「……。貴様の猿芝居には驚きだぜ。」
「…あら、貴様じゃないわよ?ユーリでも中原でも良いから名前で呼んでちょうだい?」
「…胡散臭い女だ…。」
そんな彼女に、ぽそりと呟く飛影。
「あら?躯様と同じ事いうのね、さすが彼女の部下ね。」
と、目の前の女は笑みを向ける。
「……いくら業を断ち切る為とは言え、自分の子供を死なせるなんざ、正気だとは思えんが。」
それに「ばれてたの?」と、頬に手を当てる女に、さらに眉を顰める飛影。
「最下層の破壊直後だったからな。…始めから分かっていたのか?」
「…あの子なら、きっと庇うとそう思っただけよ。大雨で私達には好都合な日でよかったわ。」
「……。」
「そうでしか断ち切れないものもあるのよ。」
邪眼で一部始終を見ていた飛影。
蔵馬と鴉の決闘。
そして途中から逸れたそこには見知った女の姿。
だから、知っているのだ…
この目の前の女が、栄子に力を使えと促したことを-…
そして、それで彼女が命を落とした事を。
「壊滅的な霊界、崩壊した最下層。魂の行く道が閉ざされれば霊界の責任。それで奇跡的に生き返った人間が居たとしても霊界はもう手出しが出来ないわ。」
「…しかも、罪は一度リセットされる、か?」
それに女は微笑む。
「これは彼にもあなたにもきっと分かっていても出来なかった事よ?」
「……。」
「彼も気付くまでに時間がかかったわね。それだけ…ショックだったんだろうけど。」
「……質が悪い。」
あの狐でさえ、あの時の目の前の出来事に冷静さを欠けた。
ちっと舌打ちをする飛影に、くすりと笑う女。
「でも-…これで-…」
女は顔を上げこちらを見れば、先程とは打って変わった意志の強い瞳と目があう。
「あの子はそれで全てから開放されるわ。」
「……。」
「て…、私が言うのもおかしいわね。今の状況を作ったのは元はといえば私、だものね。」
そうだった…と口元に指を当てくすくすと笑う。
しかし、その笑みもどこか悲しげに感じてしまうのは彼女の背負ってきたものを知ってしまったからか…と飛影は思う。
「…あいつには、言わんのか?」
だから聞いてしまう。
「…言う必要あるかしら?あなただってその気持ち分かるでしょう?」
「……。」
「言った所であの子は覚えていない。私だけが分かっていればそれでいいわ。いくら記憶が残ってるっていっても本当に微かなものよ。それに…覚えていたって辛いだけだもの。」
そっと泉に指をつければ、再び円が描かれその中では反射する女の容姿が少しばかり変わる。
「あなたか秀一くんが側にいてくれたら私は安心よ。」
「…俺は子守はごめんだからな。」
ふんっと鼻で笑いそっぽを向く飛影にくすくすと笑うユーリ。
その視線が再び泉に移る。
「あの子が、この時代で大事にされてよかった。」
女の瞳は優しげに泉に落ちる。
それを無言で見る飛影。
「大事にしたかったの、本当は…。」
「……。」
「ただ、見守るしか出来なくて…。今もただ彼に任せているだけで、無力だわ…。でも、飛影-…」
ゆっくりと振り返る女に、飛影は赤い瞳を細める。
「……なんだ?」
その低い声に、女はとても優しげに微笑んだ。
「あなたにも、彼にも感謝しているの。本当に-…」
-…生まれてきてくれてありがとう-…
優しく微笑むその表情に、飛影は見知った少女の面影を見た。
「大事にしてくれて、ありがとう。」
それにふんっとそっぽを向けば、苦笑しながら小さく呟く。
-…おまえの娘は酷く甘えただったからな…と。
飛影の視界に入るのは、彼女が手に握り締める貝殻のネックレス。
徐々に形を崩して砂となり散って行くそれに、飛影は気付かないふりをする。
「母親とは子供の為ならなんでも出来るんだな…。」
過去の記憶は残酷で感じた愛情は曖昧でも、どこか感じる胸の奥の暖かさに飛影はそっと瞳を伏せた。
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