第59話 居場所
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「さぁ、皆様長らく…本当に長らくお待たせいたしました!!ついにやってまいりました魔界統一トーナメント本戦!!!山あり谷あり、休戦もありましたが、ここからが本当の本番です!!皆様、準備はいいですかぁ!!!!??」
マイクを通した司会の声に、わぁっとなる歓声とそれにより起こる地響き。
魔界の躯の土地で行われる大イベント。
会場には魔界全ての地域から観客が集まり、今か今かと試合が始まるのを待っていた。
そんな会場から少し離れた場所に佇む大きな城の一室ではそんな様子を窓から静かに眺める女の姿があった。
部下が机の上に書類を次から次へと置いて行くものの、彼女は気だるそうに頬杖を付きただぼんやりと外に目をやる。
聞こえる観客達の歓声。
戦士達の湧き上がっていく闘志と妖気。
肌で感じるそれに本来ならば感化され今すぐにでもその場に行く彼女だが、今日は違った。
「はぁ…」
大きなため息をひとつ。
周りに聞かそうとしているわけではないのだが、無意識に出るのは仕方ない。
そして、そんなため息が耳に入れればそうそう無視できるわけもない彼女の部下。
「…躯様。あなたも本戦メンバーの一人なのですから、気分転換にでも行って来たらどうですか?本戦の開幕式とはいえ、ご友人も参加されているでしょうに。」
「…試合が決まったらいく。」
表情を変えず口元を薄く開き答える自分の主に奇琳はやれやれと頭を押さえる。
栄子が死んでから五日。
魔界では相変わらずの日常が流れていた。
長引いたとはいえ、やっと本戦。
どちらかといえば活気づいている魔界。
そんな中、これでもかと凹んでいると思われる我が主。
こんな彼女は見たことが無い…
栄子の死がそれほど彼女に影響を与えたのだ。
奇琳は数日前の出来事を思い出せば小さく息をついた。
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栄子が治療室の水槽にいたあの日、水槽越しに彼女を見つめる躯を奇琳は見た。
誰かに執着をそうそう示す主ではない。
しかも人間に-…
飛影に自身を見せていたあの時と同じ光景。
-…それに、焦りと苛立ちを感じた。
甘い人間の小娘に躯が自身をさらけ出すことは無いと思っていた。
そして、躯の性格からして栄子に自分の生い立ちを言うとは思えない。
確かに栄子が現れてから躯は変わった。
不意に見せる笑みにも、些細な仕草にも以前に無い温かみを感じる事は多々あった。
それが良い傾向だと思う変面どこか微かな脅威を感じたのも事実だった。
目の前の光景に血の気が引く。
好意は抱いていたとしても自分の中身まで見せるなど…
愚かだと、思ってしまった。
わが主ながら、人間にそこまで執着するなどあってはならない。
『躯様…何をなさっておいでですか?』
布一つ纏っていない主に後ろから声をかける。
羞恥など感じない躯だと分かっていれば、自分にとって彼女は女ではなく主。躯にとっても奇琳は単なる部下なのだ。
だが、振り返る彼女にさすがに背を向ける。
『俺の意識を見せている。』
そう低く呟く躯に、奇琳の苛立ちはさらに増す。
『それはもう死んだのでは?替えが効く人間にどうしてそこまでするのですか?』
躯が彼女を気に入っていたのは知っている。
だが、そこまで入れ込む必要がなぜあるのか…
『分かっている。だが、これには俺の意識が必要だ。』
『…??…どういうことですか?』
自分の意識が彼女に必要だというのはどういうわけか…。
再び彼女がこちらに背を向け水槽に向き直った気配がすれば、奇琳はゆっくりと振り返る。
『これは弱すぎる、だからだ。』
水槽の中の人間を見上げる躯。
『…はぁ…。』
執着してるには変わりない。
だが、彼女の言っている意味がいまいち分からない。
『奇琳よ、気に入らないならおまえの好きにすればいい。』
『-……。』
微かといえど殺気が漏れていたのだろうか。
複雑な心境と忠誠心。
葛藤が入り混じっていたのは確かだ。
『おまえはおまえの信じるようにしたらいい。従うものくらい自分で決めろ。俺はしたいようにするだけだ。』
そして彼女は表情は見えぬも、笑みを含んだ声で付け加える。
腑抜けの上司を持つと部下が良く育つと聞く…と躯は微かに笑い肩を揺らす。
『……私の主はあなたです。』
『殺気丸出しで良く言うぜ。』
ふんっと鼻で笑いながら言う彼女。
『…私は、今回の大会ではあなたが天下を取ると、確信しております。』
それに微かに息をつく躯に、この場にその話は不似合いだと分かりつつも、奇琳は目の前の彼女に自分の立場を忘れてほしくはなかった。
『あなたが自分を誇る限り、私はあなたに着いて行きます。だから…』
『勝利すれば腑抜けではないと?従う価値があるとそう言いたいのか、おまえは。』
俺を試すのか?と顔を逸らし笑みを浮かべる躯に、奇琳は首を振る。
『私は揺るがないあなたの強さに惹かれました。それを持つ限り私はあなたに遣えます。』
『……。』
『ですから、証明してください。我が主。』
躯の後ろで膝を突き頭を下げる奇琳。
だから、それが試しているというんだ…と思う躯だったが、彼の言いたいことも分からないわけではなかった。
-…魔界では強さが全て。
人間に自分をさらけ出している主に不安を感じないはずもないのだ。
『奇琳よ…』
『は-…』
返事をしようと顔をあげれば、何も辱めも無く振り返る主に一瞬目を見開く奇琳だったが、躯のまっすぐな視線にそのまま固まる奇琳。
『俺のこの姿は弱味か?』
水槽の微かな明かりが躯の一糸纏わぬその姿を映し出す。
『……。』
『それとも強みか?』
笑みを含み、妖しくも強く光る瞳が男を見据える。
真っ直ぐな彼女の瞳が奇琳の瞳を捕らえる
。
それは、何も纏ってなくとも、そして…誰を従えていなくても-…
たった一人で何も持っていなくとも-…
奇琳の額に汗が滲む-…。
そうそれは-…
『申し訳、ありません…』
孤高の存在-…
美しくともその姿ですら威圧感を感じさせられる。
床に頭を付け手に汗を握り奇琳は自分の浅はかさを問う。
わかっていたつもりでいた。
自分は決して彼女の力の強さだけに惹かれたわけではなかった。
そう、彼女は-…
きっと誰よりも弱さを知り誰よりも世界を憎み…
誰よりも強く、気高く残忍で-…
優しかったのだ-…
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そして-…
栄子は死んではいるが、完璧に「死」を迎えたのではない様だ。
地獄の最下層を崩壊させたことがどうも巧をなしているらしい。
彼女の魂の行き場がないから彷徨うのだと、そしてその彷徨う先に蔵馬が向かったのだと彼女は言った…だから心配はないのだと。
当初、そう言っていた彼女は今よりは幾分まだ元気に思えた。
まだ周りをからかう程度の余裕もあったのだ。
それが、だ。
ここ最近の彼女の凹み様は悪化してきている。
返ってくる言葉は同じでも明らかに日に日に静かになっていく彼女に、どうも良くない自体が栄子自身に起きているのだと分からされる。
「栄子はあとどれ位で?」
彼女の肉体は無菌室で当時の状態で保管されている。
腐ることも無く今は傷もない。
ただ、どんな状態といえど長い間体から魂が抜けると二度と戻れなくなってしまうのだ。
本来ならば「死」を迎えた時点で戻ることは出来ない。
しかし、ここは魔界で、しかも躯に蔵馬が関わっているとなると不可も可にしてしまうのだろう。
ただでさえ今は霊界に敵視されている魔界。
表上は問題なくとも、前回のコエンマと躯様の接触を聞けば自然と危うい関係なのだとは想像がつく。
躯様に言わせれば「問題ない」の一言で片付けられたが…。
「さぁな。」
瞳を細め、ただ窓から外を眺める躯。
彼女の瞳が向く先は会場なのか…
それとももっと奥を見据えた人間の娘がいるであろう場所なのか。
「…狭間にいない、のでしょうか?」
思ったことをただなんとなく声に出しただけだったのだが、それに瞳をこちらに静かに向ける彼女に一瞬で背筋が凍る。
彼女の瞳の奥に潜む目に見えない闇に悪寒が走る。
これだったのか-…
この感覚の後で血を見ないときはない。
固くなり背に汗が流れるのを感じれば、瞳を閉じ痛みを覚悟する。
「…そうかもしれん。」
しかし、ふいに聞こえた力ない彼女の言葉に、奇琳は恐る恐る視線を上げた。
その先にあるのは悲しげにそして少し苛立ちを含んだ歪む躯の顔。
「…何か、あったのかもしれん。狭間で迷ったとしても…蔵馬が向かったんだ。そう時間は掛からないはずなのに。」
視線を落とし呟く彼女に、何か言わねばと思うも適切な労わりの言葉が思い浮かぶはずもない。
時の狭間など簡単に行くことすら本来なら不可能なのだ。
どこかの妖術使いか、または魔女と契約でもしない限りいけない精神世界。
幽体離脱で霊界へいくのとはまた次元が違う。
そこに向かった蔵馬を信用している彼女が意外だと思いつつも、どこか納得もさせられる。
そして-…
「まさか、だからあの女もいないので?」
ふいに脳裏に過ぎる女。
気まぐれで必要な時にこそ姿を見せずどうでも良いときにひょっこりと姿を見せる妖艶であり掴み所の無い魔女。
仕事上、情報を買うために度々会っていた奇琳だったが、決して仲が良いとは言えなかった。
「蔵馬が魔女と契約をしたのですね?」
「……。」
「それしか考えられません。しかもあれは商人以上にけち臭い魔女です。利益なしで他人を助けるなど絶対いたしません、きっと膨大な報酬を要求されますよ、蔵馬は!!」
ここぞとばかりに強く言う奇琳に、躯は静かに瞳を伏せる。
「他人、なら…な。」
ぽそりと呟く躯に奇琳は、はて?と首を傾げる。
-…それにしても、だ。
躯はやれやれと息をつき目の前の男を見据える。
「…おまえ鋭いのか鈍いのか分からんな。」
呆れた様に瞳を細める躯に、なんの話ですか?と、顔を歪める奇琳。
「…おまえあの直筆の本はどこの商人からかったものだ?」
本当にこの男は分からないのだろうか…。
「……商人など沢山いすぎて覚えてなどいませんが。」
怪訝そうに顔を歪める奇琳に、心底哀れみの瞳と笑みを向ける躯。
「惜しいやつだぜ、そして残念な男だ。おまえは。」
「む、躯さま!!!??」
いきなりの主の駄目だし発言に奇琳は驚く。
「さて…軽く顔でも出してこようか。」
せっかくだしな…と椅子から立ち上がり部屋から出て行こうとする躯に、奇琳は、どういうことですか!!!と後ろから叫ぶものの、彼女は面白そうに口元を揺るめ、考えろ…と一言降らせば部屋を出て行く。
部下にしては忠実な部下だが、どうも策にかける。
-…もう少し頭を使えば良いものを。
ある意味、真っ直ぐで信じたものを疑わない性格なのかもしれないが…
(いや、この前、俺の事を疑っていたな…)
背後から奇琳の止める声。
さっきまでは自分を会場に行かせようとしていた男が情けないな…と躯は息をつくものの、そのまま無視を決め込み廊下の窓から下に飛び降りる。
上では奇琳が書類を抱えたままあたふたしているるだろう声が耳に入るもやはり無視。
空を見上げれば珍しく雲ひとつない晴れ模様が目に入る。
「…天下、か。」
興味は無い…
だが-…
「願掛けもいいかもしれんな。」
彼女の瞳が遠くを見れば、映し出される記憶の破片。
その笑顔が散らつけば、躯は息をつき微かに口元に笑みを浮かべた。
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