第58話 同じもの
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淀んだ暗い空に覆う雲-…その合間を走る雷の亀裂に、視界を埋め尽くす程の大量の雨が下界に降り注ぐ。
大地を激しく叩きつける生暖かいそれに身を打たれる男の姿が一人。
頭を垂れたその顔に掛かる長い黒髪。
「…栄子…」
男が呟く声の先にはすでにその者の姿はない、そして共にあるはずの男の姿も。
「……栄子…」
何度も呟く、昔の自分が愛した女の名前。
そして、自分がこの手でその命を捥ぎ取った。
狐に取られる位ならば…
そういった気持ちが無かったわけではない。
だが決してそれが目的もなければただ共に生きたかっただけなのだ。
遥か昔から続いた恋慕はいつしか自分を縛る呪いにすらなった。
-…生き返る意味は「それ」以外にはありえない。
あの時-…
確かに時間が止まった。
いや、正確に言えば気付けば彼女が目の前にいてその手を止める事など出来なかったのだ。
瞬間移動とも言えるあの一瞬の間。
今でも貫いた彼女の肉の感触が手に残る。
-…自分の生きる意味は何なのか。
確かに彼女の命が事切れた瞬間、体中に漲った生命力。それは今までにあった異常な飢えを感じさせず以前の人間の秀忠として、妖怪の鴉として生きていた頃と変わらない体の感覚。
視線がゆるりと別の方へと向けられる。
自分をまた生かそうとしていたもう一人の「女」へと。
「おまえまでいなければ俺は…どうすればいい…」
答えを求める自分が滑稽だった。
生きる意味を失い、それでも手に入れてしまった飢えることのない命。
だが自分が必要としていたものは一つとして残っていない。
秀忠は栄子を愛した…
そして秀忠でもあり…「鴉」は、きっと目の前の女を愛し始めていた。
秀忠として…
鴉として…
「俺は…これからどうすればいい?」
血に濡れた手は雨で綺麗に流されていく-…
あの時-…
鴉の脳裏に蘇る意識の中。
それは記憶でも何でもない暗い意識の中-…霊界に捕らわれた魂の一つであった頃。
自分だけに問いかける、奥深く深淵の底から這い上がるような低い声…
始めこそ微かに耳に入るそれも、いつしかはっきりとした声色を残すようになっていた。
叶う事など二度と無いと思っていた願い
諦めていた魅力あるその言葉の内容
-…期待などしていなかった
再び偽りといえ生を受ける等と思っていなかったのだ
ただもう一度彼女に会いたくて
彼女の笑顔を見たくて
鴉、秀忠はその声を受け入れたのだ-…
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