第56話 未完成の道標
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「桃華…」
小さく鴉の呟く声が耳に入る。
蔵馬の肩越しで栄子の視界に入るのはただ彼女の亡骸を静かに見下ろす彼の姿。
それの視線がゆらりと上がればこちらを見る。
-…視線が、絡む。
「ひで…ただ…」
生気のない真っ黒な黒真珠の瞳。
哀しみを含んだ揺れる瞳と目があう-…
それが、ゆらりと蔵馬に向けられた瞬間に感じる悪寒。
それにぞくりと背筋が凍る感覚に捕らえられれば蔵馬が気付いたようにそっと体を離す。
そして、後ろを振り返ろうとする彼の白装束の裾を思わず掴む栄子。
(…だめ、蔵馬…)
彼はそんな彼女の様子に少しばかり目を見開くものの、すぐに切なげに笑みを浮かべ白装束から彼女の手を優しく外す。
「許してくれとはいわない。だが…すまない。」
おまえの前で…そう狐は金色の瞳を揺らし悲しげに呟く。
秀忠と決着をつけようとしている蔵馬。
それに栄子は青ざめ、ふるふると首を振る。
明らかに負傷しているだろう鴉と傷ひとつない蔵馬…
どちらが有利だと分かるものの、互いに戦ってほしくなどなかった。
なによりも蔵馬は鴉を殺す気はない。
彼が死ねば栄子自身も死ぬのだから。
だからこそ蔵馬は鴉を生かし永遠に縛ろうと考えているのだろう。
そしてその間…蔵馬が彼の食料を運ぶと言っていたのを栄子は知っているのだ。
栄子が秀忠の元へ行くことを決意した大きな理由のひとつはそれだった。
「やめて…秀ちゃん、私…」
震える手を伸ばせば顔を歪める狐。
嫌な予感がするのだ。
先程と同じ様な感覚…
殺されかけたからか、神経が過敏になっているだけだろうか…
彼を行かせてはいけない。
取り返しがつかなくなってしまうような…
そんな感覚が栄子を襲っていた。
「栄子…少し良い子にしていてくれ。」
そっと頭を撫でる妖狐の冷たくも大きな手。
昔よく撫でられたその感触が懐かしくも、なぜかとても儚く感じてしまうのはどうしてか…。
だめだと心の中で叫ぶ。
自分に背を向け鴉の元へ向かう蔵馬。
(行かないで…蔵馬…)
震える自分の伸ばす手が視界に入る。
気付けば足はがくがく震え、体が言う事を効かない。
止めたいのに体が動かない。
「殺気に当てられたのね。」
隣から振る声に、視線を向ければ黒いフードを被った女性がフードの下から覗く赤い唇で弧を描いていた。
聞いたことがある声だと思った。
だが今はそんな事を考えている場合ではない。
「と、止めなくちゃ……」
足に叱咤し、動け動けと叩く。
「………。」
「秀ちゃんに…蔵馬に、これ以上…嫌だ…」
彼がこれ以上自分の為に罪を重ねることが嫌なのだ。
幼い時から一緒に居て一緒に大きくなった
優しく甘い彼との時間
伸ばされた温かな手が腕がいつも包んでくれた
秀ちゃん…蔵馬…
だめ-…
「大事なのね、彼が…。」
隣でぽそりと悲しげに呟く女性の声も今の栄子の耳には入らない。
(秀忠…ごめんなさい…)
許しを請うのは自分だ…
涙が雨と共に大きな粒となり落ちる。
コロコロと音を立てて落ちる涙。
雨が酷くなれば視界が霞む。
鴉が蔵馬に飛び掛かる…
「あなたは…もう知っているのでしょう?」
懐かしくもよく知る声がどこからか響いた-…
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