第54.5 僕たちの憂鬱
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真っ暗な夜。
それでも月が雲の隙間からちらほらと顔を出せば、その微かな月明かりが下界に降り注ぐ。
そこに、長い銀髪を風に靡かせながらも海辺に立つ妖狐の姿が一つ。
ぽつりと白い頬に雨がかかれば、ゆるりと空を見上げ目を伏せる。
風に乗ってくる潮の香り…
そして、それに混じって香る香り…
「やはり近いか…」
金色の瞳が薄く開いた。
**************
君を目で追うようになったのはいつからだろうか…
そして-…
触れたいと…思うようになったのも…
はじめはただの兄妹愛に近いものだと思っていた…。
秀一として人間として生を受け、そんな感情を持つようになったのだと自嘲気味に笑っていたのはいつだったか…。
そして、そんな感情ではないのだと気が付いたのはいつだったか…
動機がする
眩暈がする…
君が側に居るだけで自分の中の何かが暴れだす。
楽になりたいのに…
何度妖怪の性に逆らったか…
そして、蔵馬として愛した少女だと分かった時は自分自身に心底呆れたものだった。
いつまでも逃れる事のない呪縛。
あぁ、触れたくて堪らない-…
『秀ちゃん、ちゃんと聞いてる?』
人間の思春期というのはなかなかやっかいなもので…
普段歯止めを効かせている感情や理性が脆く感じるのは気のせいだろうか。
『ねぇ、私の話聞いてるの?』
それは、ある秀一の部屋での事。
勉強を見て欲しいと言われいつもの様に部屋にやってきた幼なじみである彼女。
机を挟んだ先で鼻歌を歌いながら問題を解いていけば、わからない所は聞いてくる。
試験前はそのスタンスが日常。
だが今日は少しばかり違った。
『ねぇ、どう思う?秀ちゃん、黙ってないで秀ちゃんの意見言ってよ!!』
ずいっと机に身を乗り出せば秀一の顔を覗き込む栄子。
『…したら、いいんじゃない?』
勉強の合間に何を聞いてくるかと思えば、友達に好きな人が出来たが告白をしてもうまく行くだろうか?という質問。
恋する年頃の栄子達。
どうして自分にそんな事を聞くのかと思えば、その友人の想い人がどうも自分と同じクラスらしいのだ。
(あぁ、あの男子生徒か…。)
『違う、違う!!見込みがあるか聞いてるの!!』
『…知らないよ、彼の好みなんて。』
大して話さないクラスメイト。
そんな彼の好みなど知るわけが無い。
『うう…秀ちゃん薄情。こっちは一大決心だっていうのに。』
『告白したらいいんじゃない?好きなら。』
薄情も何も好きにすればいいのではないか。
人にどうこう言われて変わるのなら所詮その程度のものなのではないのだろうか。
『秀ちゃんは…もてるから分かんないんだよ。告白しても振られるかもしれないって気持ち。』
『ふうん…見込みないと告白できないんだ。』
それに目の前の彼女はむっとすれば「そんな言い方ないじゃない…」と唇を尖らせる。
人間同士で何を戸惑うことがあるのか…
同じ人種で何を迷う必要があるのか。
そう思いながらも秀一はやれやれと息をつく。
(俺がただの人間なら-…)
自然と視線が目の前の彼女を見据える。
(同じように生きられるのなら-…)
『……、秀ちゃん?』
黙る秀一。
自分を見て揺れる翡翠に栄子は首を傾げる。
…最近の彼はどこか変だ。
そう栄子は思っていた。
『俺がその子なら言うけどね。好きだって。』
熱の籠る翡翠が甘く栄子を見つめる。
(…また、だ…。)
最近、感じる甘くも切ない彼の雰囲気。
本人は気付いているのか気付いていないのか…
彼からしたら自覚がないのだろうが、そんな風に誰かを熱く見ていたらきっと誤解を招くと栄子は思っていた。
『え…あ、うん。秀ちゃんならいちころだと思うよ。かっこいいし。優しいし。もしだめでもすぐ別で彼女もできるだろうし。』
『…断られても諦めたりしないよ、俺。』
『え…そ、そうなんだ。』
意外なその言葉、しかしどこかで納得してしまうのは彼が昔から負けず嫌いだと分かっているからだ。
それにしてもだ。
本当にこんな風に言われて、見つめられると勘違いを起こしてしまう。
(本当に罪な…幼なじみさんだ。)
頬を赤く染める彼女が愛しく感じた。
彼女に触れたくて抱きしめたくて仕方がない。
だけど、きっとそれをすれば歯止めが効かないだろう…。
『秀ちゃん…最近色気出てきたね。』
『そうかな?』
色気…ではないとは思うが。
『うん、すっごく顔が…うん、色っぽいというか…なんというか…うーん…そんな顔してたら周りの女の子勘違しちゃうよ?』
苦笑してそう言う栄子に、秀一は「それはないよ。」と微笑む。
どうして?と首を傾げる栄子に、君にしか焦がれてないから…などといえるわけもなく、秀一はくすりと笑みを浮かべれば目を伏せる。
『さぁ、勉強の続きしようか。』
『えぇ、友達にその男の子のタイプ聞いておいてって頼まれてるのにぃ。』
『…タイプなんてあてにならないと思うけど。』
『?…どうして??』
『そんなもんだろ?』
『…それは秀ちゃんの考えだよ。もて男は自分が綺麗だから人に要求しないだけだよ。秀ちゃんだからだよ?』
もう!!と顔を顰める栄子に、やれやれと息を付く秀一。
『聞いておいて!!タイプ!!』
そう念を押す栄子に、はいはい…と適当に相槌を打つ秀一。
『ちなみにね、私のタイプはね…聞きたい?聞きたいでしょ?』
いいかげん、勉強に戻らなければどんどん話が逸れて行くのではないだろうか。
興味がないわけではないが、聞いた所でどうもならない。
それは自分がよく分かっている。
秀一が口を開けようとすれば栄子の口からよく知る男の名が挙げられる。
……参る。
本当に勘弁してくれ。
タイプなんて、あてにならないと言ったのは自分なのに…
『聞いてる?秀ちゃん?』
へへへ…と顔を緩め笑う彼女に動機がする。
それに聞いてるよ…と笑みを返す自分の表情は一体どんな顔をしているのだろうか。
『…勉強しようか。栄子。』
ぐっと机の下で拳を握り、感情で動きそうになる体を作った笑みと理性で抑える。
≪私のタイプは、ずばり秀ちゃんだよ?今も昔も、ずーと変わらないの!!すごいでしょう?≫
誇らしげにそう言いながら、君は俺に彼女が出来れば応援するのだ。心の底から-…。
早く君から離れなければ…
きっといつか君をめちゃくちゃにしてしまう。
耐えるのは苦手なんだ…蔵馬の時から。
残酷な甘い夢を見る-…
嫌がる君を組み敷きながら
欲をぶつける愚かで罪深い自分-…
五感で感じる君のすべてが愛しすぎて-…
きっと止まらない
-…どうか、俺が壊れる前に-…
-end-
《閑話 僕たちの憂鬱≫