第54.5 僕たちの憂鬱
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『…そんな事、できるの?』
ぽろぽろと涙を流す栄子のそれを手で掬う。
掬えばまだ形を成すそれに自身の炎を纏わせた。
『わぁ…飛影、すごい。』
出来上がった先にあるのは歪んだ彼女の涙の石。
『これで、お別れの時が来てもきっとさみしくないよね。』
誰も寂しいなどと一言もいっていないというのに。
だが「これで平気だろ?」と苦笑すれば明るくなる目の前の表情。
『これで夜うなされてもそれがあれば私がいるのと同じだものね。』
そう納得しながらも再び零れ落ちて行く涙。
おいおい…
ハンカチなどと気の利いたものは持っていないため、自身の服の裾で栄子の顔をごしごしと拭いてやる。
『ううう…』
『おまえだろ…さっきからホームシックで泣いているのは。』
夜中に男の部屋へ来てぐずっている女。
家族や友人が懐かしいと言えば泣き出し…
いつの間にか自分と離れる時もいつか来るのだろうと話し出せばさらに大泣きをしに夜中に来た心底迷惑な女。
だが、それがあったからこそ今手にあるのは彼女の涙の欠片。
人間と妖怪。
これが永遠だとはもちろん己も思ってなどいない。
どこか予感もするのだ。
そう遠くない未来に別れがくるのだろうと…。
いつもと同じ、旅の途中での宿。
こんな事が続けば、部屋を別々にしている意味もない。
だからといって同じ部屋で毎日過ごせるほど、自分も妖怪出来ちゃいない。
一応年頃の男女。
それなりに自分は経験はあるものの、目の前のこの乳臭い女はきっとないだろう。
『乳臭いって何よ!!』
しまった…声に出ていたか。
さっきまで泣いていた女は次は眉を上げ怒りを露にしている。
忙しい奴だ…。
『子供は寝ろ。』
『あ、また…また子ども扱い!!』
『なら、俺と寝るか?ほら、こいよ。』
そう自分の入っている布団の裾を開ければ、栄子は、うっと詰まり顔を赤くすればフルフルと首を振る。
『今の飛影は悪戯っ子な顔してるから、きっと良いことないわ。』
『ある意味良いことが起こるかもしれないぜ?』
『エッチ!!』
『安心しろ、子供に手を出すほど飢えてない。』
『子供じゃないやい!!』
『…ガキのくせに良く言うぜ。』
ふんっと鼻で笑えば、べーっと舌を出す栄子。
だが…
ふと何かを考え込むように視線を落とす彼女は、一瞬口を結び、意を決したように再びこちらを真剣に見据える。
『飛影にとって…』
真剣な栄子の真っ直ぐな瞳。
そして、少しそれが切なげに揺れれば-…
『飛影にとって私って、何?』
目を見開く飛影。
まさかそんな質問をされるなど思いもしなかった。
息が止まるかと思うほど驚き次の瞬間自身の口を手で覆う。
『…飛影?』
いきなり真っ赤になり口元を覆う自分を怪訝そうな表情で顔を覗き込む栄子。
『お、俺は…』
彼女の涙を欲しがるほど好意を持ってしまったのは事実。
別れも惜しい…
だが、目の前の女は人間…
そして、自分は妖怪。
それは決して変えられない事実なのだ。
だが-…
無垢な瞳が目の前で揺れる。
もし、目の前の女が自分と…
望むのであれば…
ゆっくりと彼女の頬に伸びる飛影の手。
『俺はおまえを-…』
『ちゃんと仲間だって思ってくれてる?』
伸ばした手が落ちれば、同時に彼の頭ががくりと落ちる。
『え?どうか、した?』
きょとんとした栄子の頬に再び伸ばされるのはゆっくりとした彼の手。
見上げれば、ぴくぴくと動く眉に彼の不機嫌そうな顔。
そして-…
『何も、ない!!』
両頬を思いっきりつねられ、叫び声が室内に響き渡ったとはいうまでもない。
(まぎらわしい、女だ…。)
*********
仲間とは違う…
仲間ならこんなに触れたいとは思わない
仲間なら…
光に包まれた栄子を見た…
『栄子、おまえは…!!!』
振り返る栄子の瞳。
それが柔かく微笑みを浮かべる。
違う…
『おまえは仲間だ!!!』
そう言えば驚いた様に目を見開けば、次の瞬間満面の笑みを浮かべ、一瞬で姿が消える。
金色の粉があたりを舞う。
最後だからか…
最後ならば想いを告げてもよかったのかもしれない。
なのに…
どこまでも俺は臆病なのだと…
痛感させられる。
大切なものに執着する事が怖いのだ…
どんなに愛していても執着はいつしか憎しみに変わる。
そう…
それを俺は生まれた時から…分かっている。
俺は忌み子…飛影。
だが…
そんな自分に彼女だけが…
『生まれてきてくれてよかった。』
眩しいくらいの笑顔で…
一番欲しかった言葉を…
言ってくれたんだ。