第54話 金と翡翠の狭間
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「何を血迷った?」
日差しが廊下に当たる-…
廊下の先で壁に凭れ腕を組んだ彼女は視線を伏せたまますれ違う男に問う。
それに数歩歩けば立ち止まる男に、彼女…否、この城の主である躯はゆるりと瞳を上げ男の後姿を見る。
「妖狐蔵馬も名だけか?女一人に何をしている。」
「……。」
「おまえならもっとうまくやれるだろうに。それほど溺れたか、狐よ。」
嘲笑う様な低い躯の声…しかし、決してふざけているわけでないのは苛立つその彼女の妖気が物語る。
「……。」
「…合意の上ではないのだろう?」
「…あぁ。」
振り返る狐。
翡翠はしっかりと目の前の女を見据える。
それに剣呑な色を含ませた躯の鋭い瞳と殺気が狐の周りを支配するも狐の表情が変わることは無い。
「…心は離れていくぜ?」
まさかと思ったが本当だとは…躯の妖気がちりちりと殺気を乗せれば狐の頬に線状の傷が出来る。
「…そうとも限らないですよ。」
「へぇ、随分と自信があるんだな。所詮二十年足らずの付き合いで、自分に依存しているが故に安心だと?そう言いたいのか、おまえは。」
否、依存だけでは足りなくなったのだ…それを悟る出来事があったのか。
栄子にとことん甘い狐が強行な姿勢を取る位だ-…ありえる。
二人の間に何があったのかなど、想像できる。
そして、狐の言うように栄子は自分から受け入れてはいない。だが、狐は分かっているのだ…
自分が彼女にとって特別で愛までいかなくとも少なからず依存し、好意を抱いているのだと。
ならば-…
「心だけでは足りなくなったか…愚かな。」
男よりはるかに女は体と心は繋がっているのだ。
それに、くすりと冷ややかに笑みを浮かべる狐に、躯は瞳を細める。
「……本当に、殺してやろうか?」
この男は分かっている。
一番とってはいけない手段を取ったことを。
周りにとっても栄子自身にとってもだ。
「…俺を殺す前にあなたにはする事があるでしょう?」
「…おまえを殺してからだって出来るぜ?」
「あなたには無理だ。」
そう言えば狐は踵を返し再び歩き出す。
攻撃してこないと踏んでか、さすがに自分の城の中で仕掛けてこないと思ってか…
甘いな…
躯がゆるやかに狐に手をかざす-…
そして、狐も振り返るその瞬間-…
「南野君じゃない!!!!」
ちょうど部屋から出てきた女は目の前の狐を見つけるなり狐に飛びつくように側に行く。
その女の顔を見て目を見開く秀一に、あの女…と忌々しそうに顔を歪ませる躯。
「…中原さん。」
呆気にとられ目の前の女の名を呟く。
そうそこに居たのは栄子の人間界の職場での上司である中原本人だった。
「あら、下の名前で呼んでちょうだい。こんな所で会えたんですもの、偶然じゃなくて運命かもしれないわよ?」
瞳を妖艶に細め口角を上げる彼女に、狐はすぐさま理解したのか、なるほどね…と呆れた様に瞳を細める。
「どうりで色々おかしかったはずですね。」
「そうでしょ?」
「魔女でしたか、納得です。」
くすりと微笑む秀一に、よく見て分かるわね…と微笑む中原。
「おい、ユーリ…いい加減にしろ。おまえもだ、蔵馬…。」
順応性が高いにもほどがあるな…と大きな息をつき額を押さえる躯に、きゃっきゃと飛び跳ねる中原。
「躯様、固い事いわないでください。彼は私の人間界での初恋ですよ?」
ね?と妖しく瞳を細め秀一を見上げれば、その腕に自分の腕を回す中原に彼は苦笑する。
「ほう、なるほど。ならその狐早く葬れ。」
「台詞がおかしいですけど。」
「なら、早くそこをどけ。俺は腹の虫の居所が悪いんだ。」
「あら、珍しくクールじゃありませんわね、躯さま。そんなにあの子に入れ込むなんて…意外ですわ。」
くすくすと笑う中原。
しかしその台詞に反応するのは秀一だった。
「…あなたは、知っててここへ?」
自分の腕から彼女の腕を外せば、探るように彼女を見据える。
「そうよ?私、あの子に会いに来たんですもの。」
「……会いに?わざわざ?」
「あら…私がかわいい後輩に会いに来て何かいけないかしら?」
「…魔女は人前では顔を隠すものだと思ってましたが、昔とは随分変わったんですね。」
含みのある様な物言いに、翡翠が見据えるように細くなる。
「……。」
「……。」
躯は眉を寄せ、中原は瞳を細めれば緩やかに口元が弧を描く。
「そうよ?顔を知られるとまずいの、でもあなたならもう必要ないでしょう?」
「確かに。」
そして中原はふふふと笑えば-…
「さぁ、躯様。私、お腹が空いてきました。戦いは一時休戦、朝食でもとって落ち着きましょう?」
ね?と秀一と躯、交互に目をやれば、躯はやれやれと息を付く。
気が殺がれたのか、すでに妖気を消した躯は二人の横を通り過ぎる。
そして…
「…俺にやられないように気をつけるんだな。」
通り過ぎ様に一言。
伏せた翡翠が静かに開けば躯の背を見る秀一。
その隣で、あらあら…と側で口に手を当てる中原。
だが、その手の中で笑みが浮かんでいたとは誰も知る由が無かった。