第53話 狐の檻の中
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そして-…
「…何を言ってるんだ?貴様。」
その後、躯の話に飛影の苛立ちがさらに増す。
「そう嫌そうな顔をするな。例えばの話だ。」
ベランダの柵に凭れながらも、下に座り込む飛影に視線を向ける躯。
「……俺がおまえを殺そうとする時はどんな時か、だと?今まで何度もあっただろうが。」
話してやろうと言った躯の口から出た次の台詞はこんな言葉だった。
前置きを聞いていられるほど冷静ではないが、意味のあることならば黙ってきいてやろうと、怪訝そうに眉を顰める飛影に、何やら顎に手をあて考える躯。
「いや…少し違うな、質問を変える。」
「………。」
「………。」
「早く言え。」
「想像がつかんなと思ってだな。まぁ、いい。例えば俺とお前が夫婦だったとする。」
「……今殺してやろうか?どこでそんな話に変わる、いいかげんに-…」
「で、俺達の間に子供がいたとするだろ?想像してくれ。」
「……。」
怒り故か眉がぴくぴくと動くも、頭を押さえる飛影を面白そうに笑みを浮かべ見る躯。
「できたか?」
「どう考えても出来んな。」
「そしてだな、おまえはその子供を心底可愛がっていたとする…。」
「……。(聞いてないな、こいつ。)」
「そして、ある時おまえが死ぬ。」
「ほう…。」
(だんだんと聞くのが面倒になってきたぜ。)
「そして俺はおまえを愛するがゆえ…」
(……(ぞくっ…!!))
「自分の子供に手をかけお前を生き返らせた。」
「!!!??」
一気に目を見開きこちらを見る飛影の様子に躯はただ笑みを深くする。
「おまえなら、私をどうする?許せるか?殺すか?」
「……それが…禁術か?」
「あぁ、そうともいうな。」
それに細くなる飛影の瞳。
「……その時にならんと、分からん。」
「ほう…なら、許すかもしれないと?」
「…そもそもその選択肢、俺に聞く時点で間違いだ。」
子供もいなければそんな感覚分かるはずもない。
「おまえが腹を痛めて生んだ子だぜ?」
「……………殺されたいか?」
どこで性別が変わるのか。
この女は自分に喧嘩を売っているとしか思えない。
だが-…
「…そういうお前ならどうするんだ?」
普通ならば女が子を産むのだ。
妖怪でも両生類ではない限りそれは人間と変わらない。
「……俺は、女だからな…」
「……。」
答えになってないなと思うものの、自覚はあるのだなと、心なしか安心する。
「知っているか、飛影…。」
「……。」
「雌のカマキリは性行為をした後、養分を養うべく雄を食うんだぜ?」
「……。」
「他の動物でもそうだ。本能的なものでな、雌は子供ができると雄への愛情はどっと冷めるらしいぜ?だが、それこそが子孫繁栄の雌の性だ。」
「…なにが言いたい。」
それがこの質問とどう関係があるのだろうか。
「…仮に生かしたとしても共に生きてはいけない。」
躯は緩やかに笑みを浮かべながら飛影を見据える。
「……殺したところで自分も死ぬぜ?術者と対象者はそういう契約の元だ。」
感情に任せて例え相手を死に追いやっても自分も朽ちるのではないか。
そんな飛影の言葉に瞳を伏せ苦笑する躯、やれやれと息をつく。
「…誰がそんな事を言ったんだ??対象者が死ねば術者も共に滅びるが…術者が死んだ所で対象者が滅ぶ事はないぜ?」
「…なん、だと?」
躯の伏せた瞳がゆっくりと開かれる-…
何の為の禁術だとおまえは思っていたんだ?と…。
「術者を殺せば…対象者は生贄などいらん。」
「……。」
「永遠の命を手に入れ、朽ちる事は無い。禁術は本来そういったものだ。」
「…そんな…」
飛影は目を見開く。
「おまえは、哀れな人間の男と永遠に近い命を持つ人魚の愚かな恋物語を知っているか?」
俺も唯一知っている、昔物語だ。
躯は自嘲気味に笑みを浮かべる-…
それに自分の目の前に降り立った娘の脳裏の奥に眠る微かな記憶という名のパズルのピースが時間と共にはまって行く-…
それでも始めは分からなかったのだ-…
それが何なのか。
「おまえは深く考えすぎだぜ?俺はただあいつに興味があっただけだ。」
否、確信が持てぬままそれでもどこかで分かっていたのかもしれない。
躯は瞳を伏せる。
「躯…おまえは-…」
どこまで見たんだ?
飛影の言葉が出る前に躯の静かな声が響いた。
「わかっただろ?…その哀れな男は最下層へ行ったんだ。」
それが躯の最下層へ興味を持つもうひとつ理由。
「きっと、狐も…知ってるぜ?」
「……。」
いや、気付いたと…いうべきか。
躯は静かに呟いた
物語は実話か…
幻か-…
子供の亡骸を抱きしめる人魚-…
その側に朽ちているのは自分がとても愛した男…だが、これの悲しみの比ではなかったのだと、腕の中にあるそれを切なげに見つめる。
ただ涙を流し、それを抱きしめる女。
涙は海となり男の亡骸も娘の亡骸も飲み込んで行く。
男を狂わせたのは一人置いていってしまった自分の責任。
元より共に生きるために自身の血肉を与えるつもりだった…
肉を与えるということは命を与えるということ…少しの間回復に海に帰る事はあってもそれは永遠ではない。
娘を残して死に行くほど愚かではなかった。
だからこそ、自分を亡き者にした自分の姉達が許せなかった。
裏切り者だと姉達から罵られ、浅はかな言動と行動が全てを不幸にした。
全て飲み込んでしまえばいい。
海など全て溶かして全て無に返せばいい。
水を操る術を持つのは人魚のみ…
どんな些細な水分も海でさえも手に掛かれば形を変える…
男からもぎ取ってしまったこの命…
それでも生き続ける事に意味があるのだとしたら-…
女はただただ腕の中に抱く娘を強く抱きしめるのだった-…