第53話 狐の檻の中
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月夜の下、テラスには物思いに更ける夜空を見上げる躯の姿。
その隅には飛影が気だるそうに腰を下ろし剣を立てかけている。
「こんな夜中に何の用だ?」
たいした用じゃないなら帰るぜ?と飛影は欠伸をしながら目の前の女を見上げる。
「今日は月が綺麗だな、飛影。」
「……そうか?」
いつもと同じだと思うが…と内心思うものの言葉にしない飛影。
「…こんな夜は、…どうだ?」
「…なにがだ?」
「なにを?無粋なこと聞くなよ。」
「…俺は栄子じゃない。」
悪戯に楽しそうに微笑む躯に、からかうのはよせ…と不機嫌そうに眉を寄せる。
冗談だ…と笑う躯の意図は「一戦しないか?」という誘い。だが、案の定それに乗り気ではない飛影。
「…今日も心ここにあらずかおまえ。」
互いに何かを知ってか知らずか…
躯はやれやれと息をつく。
まぁいい…躯は再び空を見上げる。
いつもと何かが違う彼女の様子に飛影は瞳を細める。
「…何かあったのか?」
わざわざ自分を呼び出す位だ、暇つぶしにしてはいつもと違う。
「……飛影よ、おまえは自身の過去の境遇を恨む事がまだあるか?」
視線を夜空に向けたまま躯は言う。
「……。」
「…ない、わけではなんだな。」
くすりと笑う。
そう思うなら聞くな…と思う飛影だったが、彼自身その事に関しては未だに明確な答えも無ければ今更深く考えることもなくなったのは事実だった。
だが、恨むという意味合いとは今は少し違う気もする。
そして、なぜ今更そんな事を聞くのだろうか、目の前のこの女は自分の記憶を見たというのに…飛影は怪訝そうに眉を顰める。
「俺は過去を忘れはしない、そして過去を否定すれば今の俺自身を否定する。どんなに汚れた感情でも受け入れれば時間と共に形さえ変わるのだとわかった…。」
「……。」
「憎しみは続かないものだな、飛影よ。」
「…そうだな。」
目の前の女は一体何が言いたいのだろうか?
意味が分からず瞳を細める飛影。
そして、ゆるりと視線をこちらに落とす躯…
「だが、時間の感覚もない何もない世界に閉じ込められればその感情も止まってしまうとは思わんか?」
「……何の話をしている。そんな世界など-…」
「-…あるだろ?」
言いかける飛影に躯の低い声が重なる。
「おまえも知っている。何もない無の境地。」
含みのある声色に飛影の瞳がさらに細くなれば探るように躯を見据える。
『地獄の最下層』
飛影の脳裏に浮かぶその場所-…
裁ききれぬ罪を犯し霊界でもお手上げの見捨てられた者が行き着く無の空間。
魂は転生を許されず憎しみと共に歪んだ空間に意識まで支配される地獄最悪の場所。
栄子と鴉の禁術の件で既に蔵馬から聞かされてもいた場所で、自分も少なからず知っているほどの場所である。
そして、同時に浮かぶのは些細な疑問。
-…躯はなぜよく地獄に行っていたのか、奇琳に聞けば最下層に興味を持っていると聞いてもいた。
しかしだ、それでも行く理由もなければ意味もない。
考えれば秀忠の禁術は一度は失敗に終わり鴉に生まれ変わったのだ。
その後、鴉に時を超え禁術がかかったのだとしても誰も最下層などに行ってはいない。
栄子も生きていれば、鴉も秀忠自身もだ。
躯が栄子の記憶を見たことから術者だと知って最下層に興味を持つというのは理解できる…だが、なぜわざわざ行く必要があった?
飛影は思考を巡らすも彼女の行動に栄子の事がそれほど関係あるとは思えなかった…だから深く考えることもなかったのだ。
だが、ここでこのタイミングでこの話題を出してくる躯に飛影が構えてしまうのもまた自然な事だった。
「…おまえ、何か知っているのか?」
いまいちこの女の思考は戯れの域かどうか見極めるのが難しい。
「…何かとは?」
「…最下層には何があると聞いてる。…そもそも俺を呼び出した理由は、それか?」
回りくどい言葉を聞く気はない。
単刀直入に聞けば彼女は口角を上げ悪戯に瞳を細め息をついた。