第53話 狐の檻の中
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『秀忠を愛しているの…』
ただ真っ直ぐに秀一の瞳を見つめる栄子。
そして見つめられた翡翠は微かに揺れる-…
「…分かってくれるよね?」
再度微笑む栄子、そして少し目を伏せそのまま言葉を続ける。
「色々心配してくれて、本当色々迷惑かけてごめんなさい。でもね、やっと分かったの、本当に今になってだけど。」
「栄子―…」
「秀ちゃんにはすっごく感謝してるよ。本当に申し訳ないくらい。…私、勝手だし、自己中だし、躯さんにも飛影にも心配かけたし。それに-…」
「栄子、聞いて。」
重なる様に名前を呼ばれ、それに弾かれるように顔を上げる栄子。
「……っあ、ご、ごめん。」
無意識だったのか、一生懸命話していた彼女は、少し赤くなりながらも気まずそうに頭を掻きながら罰が悪そうに口元を結ぶ。
「昔からそうだね。気まずくなるとよくしゃべる。」
「…そ、そうかな。」
「そうだよ。」
「……。」
「栄子は俺と会えなくても平気なんだ?」
「…わかんない。」
「分かるだろ?何度もあった。」
「…分からないよ。」
力なく首を振る栄子。
平気なわけがない。
それでも馬鹿な振りをするのだ。
だけど、それもきっと彼にとっては「今更」だという事は分かっていた。
「……嘘つき。」
(ほら…)
「嘘じゃないって-…」
「散々今まで俺にべったりだったのに?」
言いかければ畳み掛けられるように低く不機嫌な彼の声色が覆いかぶさる。
「……それは……」
何かを言いかけるも、口を閉ざす彼女に狐の不機嫌は増す。
そして-…
「悪いけど俺は分かってあげられない。」
不意に腕を引かれれば体制を崩し前のめりに倒れ顔が枕に埋まる栄子。慌てて顔を上げようとするも自分を覆うように顔の左右に沈む彼の手が目に入る。
そして見上げた先に静かに見下ろすのは先程とは違う冷たい翡翠の瞳。
いきなりの事で現状が把握できず目を見開いたまま固まる栄子。
「どうしてあの時、俺にキスしたの?」
「…!!!」
「栄子は会えて嬉しかったらキスするの?」
「…ち、ちがう…」
見下ろす翡翠に捕らわれ目を逸らす事無く首を振る。
底冷えする様な凍るような翡翠が静かに栄子を見下ろす。
今までこんな瞳を自分に向けられた事があっただろうか。
背筋が凍るように寒くなれば鳥肌が立つ。
「言えよ…。」
「え…」
「俺が大事だって。離れたくないって…いえよ。」
搾り出したような苦しげな声に、歪む彼の表情が目に入る。
ずきりと胸の奥が痛む。
泣きそうで苦しそうな幼馴染の表情、それを作ったのは自分自身なのだ。
(…秀ちゃんのこんな顔始めて見た。)
栄子はただ唇を噛締める。
言えばどうなるんだろうか…
彼の側で彼のこの手で私は育ってきたんだ。
家族でもないのに家族と同じくらい愛しくて、それ以上に-…
(だめだ…)
栄子は瞳を強く閉じる。
「…もう、いいよ。」
何の返答も無いそれに痺れを切らしたのか、見下ろす翡翠がいつも以上にどこか苛立っている様に感じれば、近づく彼に顔を背けながらきつく瞳を閉じる彼女。
耳元に唇が微かに触れ、思わず肩が竦む。
耳元から背中にかけてぞくぞくする感覚に未だ慣れる事のない栄子はさらに身を窄める。
「君が悪い。」
耳朶に軽く歯を立てられる。
栄子が鴉の所へ行った瞬間狐の頭に過ぎった思考-…。
(試すつもりなどなかったのに…。)
「っ…秀ちゃん-…」
顔を逸らす栄子の頬に手を添えれば首筋に触れる程優しく舌を這わす。
栄子が帰って来なくとも、狐の行動はきまっていた。
それだけ秀一、蔵馬共々目の前の女に溺れているのは一目瞭然であり、だからこそ、彼女が帰って来なければこの狐は鴉をどのようにいたぶりどのように生かしたのだろうか。
だがそれも彼女次第-…
狐は試した。
鴉の元へいった栄子に若干の腹を立てながらも。
人の命を背負う重さに耐えれなくなり鴉の元へ相談をしにいったのだという事は明確。
それでもすんなり帰ってくる栄子のその答えもまたもや明確だった…だが、それでも信じたくはなかったのだ。
ならば帰って来る事なく栄子が望む事無く鴉に捕らわれている方がどれだけ狐の心も救われたのか…
すぐにでも駆け出そうとした狐を止めたのはほんの少しのそんな感情だった。
別れを言う為に戻ったなどと-…
自分を切り捨てる選択をした栄子に、理由は分かるも理解など出来はしない。
(…俺は…)
狐の胸を押し返す彼女の両手を掴めばベットに押し付ける。
(今更引き返せるわけがない-…)
失くす以上に辛いことなどこれ以上ないのだと、分かったのだから-…
見下ろした先で怯え首を振る栄子に、自分の心だけでもなく体まで熱を持ち始める。
どこまでも自分の欲を掻き立てる娘-…
自身の中の狐が騒ぎ出す。
「私は…秀忠が好きなんだよ?」
重みのない言葉。
彼女は自分で気付いているのだろうか…
どう見ても自分を犠牲にしようとしている様にしか、狐の目には映らないというのに。
「…俺は栄子だけが生きていればそれでいい。他の人間が君の為に犠牲になっても構わない…」
歯に衣着せぬ言い方で言ったのはこれが初めてだったのかもしれないと、秀一は思った。
信じられないとばかりに、目を見開く栄子。
だが、そんな彼女の唇に落ちる秀一の唇…
それも徐々に深く勢いを増して行く。
噛み付くような口付けに栄子は眩暈を覚えた。
狂気にも似た感情をどうすれば止めることができるのか。
真っ黒な嫉妬も憎しみもなんらあの男と変わりはしない。
むしろ自分の方が酷く醜く歪んでいる気さえする。
少女から女になった愛しいその姿…
これで離せば彼女はあいつの元へいくと分かっている。
彼女の濡れた瞳が揺れながらも、珍しく酔ったかのように虚ろにこちらを見つめる。
それでも未だ怯える君に罪悪感を覚えるも、震える君の唇と、熱い吐息を感じれば俺の中の狐が目を覚ます-…
どうすれば行かない?
そうすれば繋いでいられる?
彼女への恋慕と欲の枷が外れればさらに勢いを増すだけだった-…