第4.5話(妖狐編I)
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騙されたと思った時には遅かった。
夕刻に亭主の部屋の窓から顔を出し蔵馬らしき人物を探す栄子の背後に伸びた手。
気配を感じて振り返った時にはすでに遅く、自分の両腕を亭主につかまれ、そのまま床の上に倒される。
「なっ…やめてください!人呼びますよ!?」
馬乗りになり、血走った瞳と荒く臭い息を栄子に向ける。
強くぶつけた背中が痛いものの、それどころではない。
亭主の様子に栄子は恐怖と気持ち悪さで一気に青ざめる。
(あの女の子が泣いていたのはこういう理由だったんだ…!)
「呼んでも誰も来ないさっ。女将は今酒屋にでかけているし、他のやつらは僕には逆らえない。」
毛むくじゃらの手で栄子の胸元の着物を掴むと勢い良くそれを引き割く。
露わになる白い肌に、息が荒くなる男。
(怖い!!)
初めて感じる雄。
肌に伸ばされる手…。
嫌だ。
「…たっ、助けて…助けて!蔵馬ー!」
聞こえるはずない、そう思いながらも叫ばずにはいられなかった。
「蔵馬?はて、どっかで聞いた事ある名前だなぁ…」
亭主がそう呟いた時だった。
『殺すぞ』
凍るように冷たい聞き覚えのある声が響いた。
栄子の視界に入る亭主の首に突きつけられた鋭い植物の剣。
「ひぃっっ…」
亭主は栄子の上から離れ壁側に後ずさる。
「…蔵馬…」
栄子は乱れた胸元の着物を抑えながら起き上がり彼を見上げる。
部屋の花瓶は畳の上で割れ、障子は破れている。
ここで何が起きていたか…
栄子の助けを求める声は筒抜けだったはず。
なのに、誰一人として助けに来なかった。
耳の良い狐だからこそ間に合ったが…。
どうやらここは亭主には逆らえない暗黙のルールがあるらしい。
狐は凍る様な冷たい目で男を見据えた。
「やめて!!殺さないで!!」
青ざめた顔で狐の腕を掴む栄子。
蔵馬は後悔していた。
なによりも自分自身に。
ガタガタと震える彼女の体はまだ未熟で小鹿の様に細い。
成長したとはいえまだ子供。
それに安心していた為の、この失体。
ぐっと蔓の先に力を入れると男の喉元から血が流れる。
「だめだ、こいつは殺す。じっくりとな。」
男は恐怖で声が出ないのか、汗を流しながら、狐の腕を掴む女の子に助けを求めるかの様に目を向ける。
さっきまで栄子を強引に陵辱しようとしていた男が、自分の命可愛さにまたも利用しようとするその浅ましさ。
愚かにも程がある。
「!?」
血しぶきが上がる。
言葉とは裏腹に狐は首をはねた。
「栄子、俺と共にいろ。従えば俺がおまえを守ってやる。…できぬなら…わかるな?」
栄子に優しく、しかし強制するかの様に語りかける狐。
二人は夕暮れの中宿屋を背に歩く。
きっと後で栄子は追われる。
主人を殺したのは狐。
だが誰もそれは知らない。
もう少女が頼れるのは自分しかいない。
狐はほくそ笑う。
栄子は何も言わない。
自分のせいでまた死んでしまった亡骸を思い出しているのだろう。
「…私が離れたら殺すのではなかったの?」
揺れる少女の瞳。
殺してほしいのだろうか?
死にたくて逃げたか?
…違う。
例えそうだとしても狐には関係なかった。
「俺は気まぐれだ。今回俺の元から離れたのは目を瞑る。」
「……。」
未熟で脆く弱い娘。
人間なのに涙が石になるから珍しいのか。
限られた時の中で生きる故、貴重だと思っているのだろうか。
だがそれなら他にもいるはずだ。
狐は考えても答えの出ない問に慣れていっていた。
ただ娘を手元に置きたい、それだけだ。
逃げれば追いたくなる。ただの心理現象だ、と。
今まで何かに執着しても手に入れればまた別の物を欲しがっていた。
いつか飽きもくる。
ましてや女など次から次へと変わりなど沢山いる。
「殺さぬ。」
なのに。
大切に慈しみたいと思うこの気持ちは、暖かさ反面、俺を苛つかせる。
狐が苦しげな切ない声で栄子を抱きしめる。
栄子を見て揺れる金色の艶やかな瞳。
「だから、逃げるな」
逃げれば周りが死ぬ。
栄子はそういわれた気がした。