第52話 瞳の裏側に映るもの
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涼しい風が開いた窓から入ってくればカーテンが緩やかに揺れ、青白い月明かりが部屋に静かに差し込む。
大きな青い月は自身を強調するかのように煌々と下界に光を注ぐ。
微かに軋むベッド。
隣に寝ている人物を起こすまいと、ゆっくりと身を起こす栄子の姿がそこにあった。
上半身を起こせば自然と目が行く青い月。
窓から覗く大きな美しいそれは人を酔わせる。
光を辿れば自然に行き着くのは、隣で寝る彼の寝顔。
月の光に魅せられているのか、青年の美しさにさらに拍車がかかれば、胸が静かに脈打つ。
「ごめんね…」
今にも消えていきそうな小さな声で、揺れる瞳を向けたまま呟く彼女。
彼の頬にそっと手を伸ばす。
触れたそれは知っている彼の温もりだ。
この赤い髪も、瞼の裏に隠れた翡翠の瞳も、ずっと見てきた。
どれだけその瞳に、優しさに守られたのだろうか…
『栄子…』
温かな優しい声…
『好きだよ…愛してる。』
それに、体の奥から駆け上がる熱をごまかしていた。
-…秀ちゃん
声を出さずに口だけを開く。
-…ありがとう。
そう小さく口を開けば彼の頬に口付けを落とす。
時間がどれだけたったのだろうか…
名残惜しげにそこから離れれば、瞳を強く伏せ身を起こす-…
が、瞬間掴まれた手首の感触に思わず目を見開きそれを辿る。
「どこいくの?」
見上げるのはしっかりとこちらを見据えた翡翠。そして、つよく掴まれた腕が目に入る。
「……ト、トイレ。」
「うそつきだね。」
「…う、嘘じゃないよ。ちょっとトイレ。」
月明かりが翡翠に掛かかればそれが栄子の瞳を真っ直ぐに射抜く。
じっと見つめられる翡翠に全て見透かされているような気にさえなれば、案の定彼女の瞳は動揺を隠せない。
「どこにいくの?」
再び繰り返される問い。
翡翠は決して逸らされる事はない。
それに耐えれなくなれば栄子は苦笑しながらも空いている手で「困ったなぁ…」と頭を掻き瞳を逸らす。
「夕方どこに行ってたの?」
その問いに栄子の表情が一瞬にして強張れば、それを見逃す狐ではない。
ごまかされる気もなければ、逃がす気も元よりない狐。
若干の苛立ちを胸に抱えながらも狐は目の前の彼女をただじっと見つめる。
「さ、散歩…」
「君の散歩は遠いんだね。」
くすりと笑う狐の笑みに、なぜかぞくりと背筋が寒くなる栄子。
嘘がばれているのだと瞬時に理解するも、本当の事を言えるわけもない。
「そうよ、お城の外まで行っちゃったの。ごめんね、心配したよね?」
「うん、でもすぐ帰ってきたから安心してたんだけど。」
その言葉と彼の笑みが優しくなるも、掴まれる腕の力は緩むことはない。
「秀ちゃ-…」
「今から秀忠の所にいくの?」
驚き顔を上げた先に目に入る優しい笑み。
「あいつに何を言われた?」
低い声色。
優しい筈の笑みの奥に修羅が宿る。
***************
「…え?」
女は目の前の男の言葉に目を見開き固まる。
風で揺れる長い黒髪…
背を向けていた男は振り返れば女を見据える。
波の音が耳に入る。
そして波が岩場にぶつかれば、潮の香りが鼻を掠める。
男の背後に上がる飛沫…
月明かりに反射し、光り舞って行くそれに儚くも美しい光景だと思ってしまうのは、これが永遠ではないからだ。
「おまえの好きに生きろと言った。」
黒真珠の瞳が女を見つめる。
永遠でないからこそ美しい。
そんな事は始めから分かっていた、だが覚悟していたこの時こそ一番惜しく側に居たいと感じてしまうのは人間の自分勝手な欲であって人の性だと女は思った。
失くしてから気付くほど自分は愚かではない。
失くす前に分かっているのだ、これを失くせば代わりはないのだと…
だからこそ選択肢はない-…
「……私を殺して。」
自分を見てくれていない事など女は分かっていた。
自分を通して愛しい女を抱き、いつしか触れる事さえしなくなった愛しい男。
「…俺がなぜそれを聞く。」
「自分では死ねない。あなたがくれた命だもの。」
彼がくれたものは一度彼が摘み取ったこの命。
未だ完璧な体とは言えないものの時間と共に元の体に近づいているのも確かだ。
「俺がお前の命令を聞く必要はない。…二度も俺に殺されたいとは変わった女だな。」
女の瞳が悲しげに揺れ男を見つめる。
彼のそれが理を曲げた特別な力だという事は分かっていた。
それでも生贄もなく飢える事もなくこうして生き返す術を彼は持っているというのに…
…どうしてあなた自身は禁術で生き返ったの?
自分には使うことができないの?
女の胸が軋む。
「……どうした?」
「いいえ。」
否…答えなど分かっている。
だからこそ禁術を使ったのだから。
愛しさは形を変え呪いにすらなる。
切っても切れない鎖で繋ごうとするその裏には彼の愛情への執着が見え隠れする。
だが-…
禁術の本当の目的はそれではないのだ。
なぜ禁術があるのか。
愛しい者を生き返す為?
歪んだ愛はそれを利用するも、それが禁術の本質ではない。
そう…生きるための生贄は本来必要ではない。
必要とする事がなくなるのだ-…
狂う前に誰もがその手段を取る。
「分かったわ、私の勝手にする。」
生かしたのはあなたの罪。