第52話 瞳の裏側に映るもの
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月夜の空を駆けるのは二匹の妖獣。
巨大な翼を羽ばたかせ夜空を舞う-…
一匹の妖獣の背に乗る彼は必死でそれにしがみ付き、もう一匹の背に乗る少女はその隣に飛ぶ彼の情けない姿にケラケラと笑いながら平然と獣の上に乗っている。
「修羅君って意外とヘタレなんだね。」
愛らしい顔を向ければ楽しそうに笑みを向ける少女。
「ありえないよ、こんな…って、ひぃぃぃ!!!!!」
ぐるりと空を回転する妖獣の首にしがみ付く修羅。
「……本当に、ヘタレ。」
少女は呆れた様に瞳を細めた。
「あんたって…なんなの?」
妖獣から降りれば、砂浜の上に崩れる様に座る修羅。
潮の香りと波の音がする。
すぐ側には魔界の真っ黒な海が広がるも月がその禍々しい海を美しく照らす。
「私?私はテツコよ。」
隣では軽やかに妖獣から降り、座り込む修羅に苦笑し見下ろす少女の姿。
「嘘だろ、それ。…ってそういう事聞いてるわけじゃなくて!!!」
「あら、私に興味の欠片もなかったのにやっと興味持ってくれたんだ?」
へぇ…と妖艶に瞳を細め笑みを浮かべる。
彼女に興味があるといえば嘘になるが、普段のたわいない会話からも彼女は自分の事を話す事はまずない。もちろん修羅自身、知りたいとは思わなかった。
それは修羅が目の前の少女と自分自身がどことなく似ていると思っていたからだ。
干渉もない気ままな関係-…そこに淡い関係など求める事もなければ、見た目より大人で冷静な彼女といるのは修羅にとってただ楽だったからだ。
「……あんたって妖獣?」
だが平然と妖獣の上に乗る彼女の素性に少し興味が出たのは事実。
知れば一気に興味もなくなるのだろうが-…。
「だったらどうする?私に乗ってみる?」
きゃっと頬に手を当て冗談を言う彼女に修羅の眉が寄る。
「…もしかして、魔女??」
魔女ならば獣を従う術を持つ-…。
「魔女…ねぇ。残念ながらどっちも違うんだな。」
「……。」
「ふふふ、気になるんだ?」
なぜか勝ち誇ったような笑みを向けられれば、修羅の瞳が不機嫌そうに細くなる。。
「…もっと仲良くなったら教えてあげるよ。」
そう言えば、少女は隣の妖獣の頭を優しく撫でれば自身の頬をそれに寄せる。
「……。」
魔界で妖獣を乗る事はそう珍しくはない。
生まれた時から飼育され、人を乗せるように訓練させられた妖獣も少なくはないからだ。
だが-…この妖獣達は、蔦もなければ人に飼いならされているわけでもなさそうだ。
そう、どこからどう見ても野生の妖獣。
下手に近づけば食べられてもおかしくない。
もちろん修羅自身食べられる様なへまはしないだろうが。
だからこそ、おかしい-…。
「変な女…。」
「ありきたりな女よりは良いでしょ?」
「…あんた本当にいくつだよ。」
少女とは思えない発言と向けられたその艶やかな眼差しに呆れ、頭を掻く修羅。
それに少女はくすりと笑みを向ければ少し切なげに瞳を細め、そのまま夜空を見上げる。
青い月がこちらを見下ろす。
「あなたと変わんないよ?ただ…色々あっただけ。」
「……。」
「…そういえば、あの女の人とは?」
「??」
いきなり何の話だろうか。
主語のない少女の言葉に首を傾げるものの、楽しそうに瞳を細め笑みを浮かべる表情に、修羅の脳裏に浮かぶ一人の女。
「栄子の事?…あいつがどうかした?」
「好きなんでしょ?」
「……なんで?」
女とはいつもこういう話が好きだと思う。
対して興味もないくせに面白半分で聞くのだ。
どうしてその様に思うのだろうか…。
そんな態度も素振りも見せた記憶がなければ嫌いなわけではないが別に好いているわけではない。
修羅はやれやれと呆れた表情を浮かべ、未だに妖獣の頭を撫でる少女に目を向ければ、愛らしく首を傾げる。
「…なら、嫌いなの?」
「嫌いじゃないけど、人間だぜ?すぐ死ぬし好きになる理由なんてないし。」
そうまず好きになる要素も理由もない。
容姿だって好みのタイプでもない。
第一、栄子には狐がいるのだ。
見ていれば分かる…狐に向ける眼差しが他と違う事位。
それを見る度に胸が痛むのは…きっと、気のせいだ。
そう修羅は自分に言い聞かしてきた。
「…恋って落ちるものだっていったでしょ?落ちると分かってるのに近づいたりしないわ。落ちてから気付くのよ?だから、理由なんてないわ?」
「…ふうん、綺麗事だね。」
少女の一句一句にはたまに構えさせられる。
「そうなの?」
「そうだよ、それにあいつには男がいるしね。俺がどうであれ関係なくない?」
「…そうかしら。」
じっと修羅を見下ろす少女。
「そうだよ。」
第一ありえないと、修羅は首を振る。
「ほしく…ないの?」
「だから-…」
好きじゃない-…!!!そう言おうと顔を上げれば見下すのは決して少女とは言えぬ妖艶な艶やかな笑み。
それに思わず言葉に詰まる-…
本当に-…?
そう少女は口だけを動かしたような気がするのは修羅の目の錯覚だろうか。
「好きなら欲しいものよ?」
好き…だって?
「教えてあげましょうか?」
好きなわけがない-…
だってあいつは人間で-…
「あなたのその胸の痛むわけを-…。」
少女の後ろでは煌々と光る月がこちらを見下ろす、見透かすように微笑む少女と同じようにただこちらをじっと見下ろす青い月-…。
潮の香りと少女から発する甘い香りが、その光景に色をつけるように混ざる。
人間なんて-…
好きにならない…
「教えてあげるよ、あなたに。」
屈む少女の指が少年の頬に触れる。
だが、修羅は瞳を伏せ息をつけば少女の手を外す。
「……悪いけど、間に合ってるよ。」
「…そう?」
「うん。分からない事、教えてくれる人もいるしね。」
そう微笑む修羅。
彼の脳裏に浮かぶのは、人の気持ちも知らずそう平然と言っていた人間の女。
教えてもらえるはずもないけれど-…
そう思いながらも、修羅は立ち上がれば妖獣に触れながら少女に目を向ける。
「でも、これの乗り方はマスターしたいんだ。教えてよ、テツコ。」
「……。」
「…どうかした?」
「…ふふ、修羅君って-…」
くすくすと笑う少女に怪訝そうに眉を寄せる修羅。
かわいいのね…
そう言って彼女は自身の妖獣に軽やかに飛び乗るのだった。
(…絶対、この女ずっとずっと年上だ!!!!!)