第52話 瞳の裏側に映るもの
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-…驚いた。
呼べば会える…
確かにそう彼は言っていた…
蒸気と湯気で視界が悪ければ、シャワーの音がすぐ耳元で聞こえる。
そして体に掛かる確かな温かな湯の感触に徐々に我に返って行く。
「…狙ってきたのか?」
そんな栄子を、目の前で薄っすらと笑みを浮かべた男はこちらを見据えていた。
そう裸で…
「き、きゃぁぁぁぁぁああああ!!!!!」
…私が、会いに来てしまった??
信じられない光景に気絶しそうになりながらも、なんとか持ちこたえた。
目の前ではバスローブに身を包んだその男が何事もなかったかのようにソファに腰掛けこちらを楽しそうに見つめている。
「…なにか?」
同じようにバスローブに身を包む栄子。
思わぬ所でずぶ濡れになればシリアスな雰囲気も毛頭ない。
自分のタイミングの悪さを呪う。
彼の向かいのソファに浅く座る栄子。
警戒し緊張を隠せないのは彼女の強張った表情から一目瞭然であった。
夢の中ではまだしも、今は実体。
簡単に人の命を奪えば、自分の体さえ操る術を持つ男が目の前にいるのだ。
それでもかつては自分が愛した人だ。
恐る恐る顔を上げれば、テーブルを挟んだ先で両肘をテーブルに突き両手を組みながら前かがみになっている彼の切れ長の瞳と目が合う。
黒真珠のような少し紫を帯びたその瞳が細くなれば形の良い唇はゆるりと弧を描く。
「思ったより早かったな。栄子よ…。」
男の笑みが自然と深まるものの、微かに栄子の瞳が揺れるのに気付けば先程とは意味合いの異なる呆れを含んだ笑みを浮かべる。
「まだ…私の元へきたわけではないのだな?」
苦笑する彼に、栄子はしっかりと彼を見つめ言葉を繋ぐ。
「…ちゃんと話がしたくて。」
意識の中や夢の中とは違う。
しっかりと会わなければいけない必要があるのは、彼が秀忠だからだ。
「話?…何を話すことがある?」
「…生贄を絶つ事は…できないの?」
「……。」
「私があなたの側にいれば空腹に耐えられるといったけれど…全くなわけではないんでしょう?…それ以外にあなたが人や妖怪を食さない方法はないの?」
甘い考えだということは分かっている。
生贄とされる人、何も罪のない人たちが自分のせいで死んで行く。
自分が彼の側にいた所で根本的には何も変わらない。
そして、彼もそれを怠れば朽ちて死んで行く。
せっかく生き返った命。
どんなに罪深くても一度生き返ったのであればやはり生きていてほしい。
それこそがとても罪深く自分勝手だという事もわかっている。
それでも-…
できるなら…
それに目の前の男は俯けば小刻みに肩を揺らす。
くつくつと漏れる笑声。
「そんなものが…あると思うのか?」
再び顔を上げた先にあるのは冷たい瞳。
少し苛立ったその様子に、栄子は一瞬怯えた瞳を向けるも、すぐさま意を決し彼を見据える。
「あるかもしれない。あなただって、好きで人を食べているわけじゃない。」
そう思いたい。
だが、秀忠の性は確かに異質だった。
吸血鬼の血を引くというだけで、血に狂う事は止められない。
「始めは必要な魂だけで満足だったのだ。」
「…え?」
「だが、時間と共に酒肴も変わるものだ。」
妖艶な笑みにぞくりと背筋が凍る様に寒くなる。
「……ひで、ただ…。」
「あきらめろ、栄子よ。方法もなければ、おまえは私といるしかない。」
「……。」
「おまえは私と側にいるのが一番いいのだ。」
そう言えば、鴉は身を乗り出しただ青くなる栄子の耳元へ口を寄せる。
「お前が決めろ、栄子。」
秀忠は分かっている
彼を拒絶したところで生贄は止まらない
そして、蔵馬が彼を殺す事はない
生かせば蔵馬が人を殺す事になる
私は一体何を望む?
-…たくさんの命の尊さを知る…
ちっぽけな私一人の為に犠牲になった沢山の命達-…