第50話 曖昧な赤
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真っ暗な夜に、そこだけが赤く発色するかのように色づく。
燃え盛る大きな屋敷。
ごうごうと火花を散らし屋敷は無残に焼け朽ちていく。
そして、騒がしい野次馬達の声に混じり聞こえる悲痛な叫び声。
『母上!!!母上-!!!!』
屋敷に手を伸ばし今にも炎の中に入って行きそうな少年、そしてそれを後ろから必死で止める男達。
『行ってはなりません、秀忠様!!』
後ろから少年の腰に手を回し止める家来。
『いやだ、離せ…離せーー!!!!』
伸ばす手の先で、焼け崩れて行く屋敷にただ目を見開き力なく崩れ落ちていく少年。
会ったこともない母親。
父親が自分を生ませる為だけに必要とした女。
自分が生まれたら彼女を捨てた
女は山奥に住み着き魔界に帰る為の体力の回復を静かに待っていただけだった
ただ会いたかっただけだった
一度この目で母を見たかっただけだった
どこで自分の行動が漏れたかなんて分からない
自分の浅はかな行動が産んだ目の前の惨劇に足の先から体が凍っていくのが分かった
なぜ生まれたのか
未熟な体に歪んだ精神
なぜ彼女を焼き殺す必要があるのか-…
『や…やめろ!!…秀忠!!』
何度父親を殺そうとしたか。
真っ赤に染まる自身の手…
あと少しで目の前の男の命は尽きるというのに…
それをいつも止めるのは母の声。
母体の中にいる時に何度も聞いた母の声。
優しくも柔らかな声をした人だった。
そんな母が、使わなくなった道具の様に捨てられたのは知っている。
赤ん坊でもはっきりとした意識があったのは自分が普通ではなかったから。
こんな事でしか一族を支えていけぬのならいっそ滅びてしまえばいい。
そう思うのに-…
殺さないで
愛しているの
母の声は自分に向く慈しみの言葉ではなかった…
無意識に頭の中に響く彼女の悲痛な声は、目の前の憎い男に向けられたものだった。
なら-…自分は?
人から怖がられ
妖怪にもなれず
自分の生きる道すら分からない
それでも-…
『秀忠、狐がまたどっかいっちゃた!!!』
無垢な笑顔が心を暖める
君が-…
綺麗な穢れない瞳で私を見てくれるから
『秀忠、いつも守ってくれてありがとう。』
この世界でたった一人で寂しくて、不安だらけで仕方ないはずなのに-…
何も疑わない真っ直ぐな瞳で見られると錯覚を起こしてしまう。
愛して-…
僕を必要として-…
君となら僕は妖怪でも人でもないただの秀忠で居られる
*******
「…起きたの?」
柔らかな声。
暗い部屋にランプの明かりだけが小さく灯る。
沈むベットが揺れるのは、隣にいた女性が起き上がり心配気に自分を見下ろすからだ。
「夢を見た。」
「また、過去の夢?」
「あぁ。」
そう言い頭を押さえ上半身を起こす。
「…鴉、大丈夫?」
「あぁ…。大丈夫だ。」
視線を落とせば自身の両手が目に入る。
狐にもぎ取られた腕。
それもこうして時間が経てば元に戻る…
「不思議なものだ。俺は鴉だが秀忠で…それに違和感を感じない。混乱さえしないのだから。」
人を愛しく思い、まして殺意に狩られない女がいるとは…。
以前の鴉ならきっと壊していた。
自分自身で変わったな…と思うもののそれも自分故不思議な感じである。
そんな鴉を隣で静かに見つめる桃華、揺れる瞳の奥には不安の色が見え隠れする。
「鴉…ひとつ聞いてもいい?」
「なんだ?」
振り向かず聞き返す彼に胸が痛む。
「彼女が来たら…私はどうなるの?」
それでも聞きたい事。
期待などしていない。
まして偽りの優しい言葉など辛いだけ。
だけど、こんな時こそ彼は正直で、残酷だ。
「おまえの好きにすればいい。その頃にはお前の体も本来あるべき姿に戻っているだろう。…栄子が側にいるだけで私は飢える事はないからな。」
勝手にすればいいと目の前の男は平然と言う。
少しの興味さえ見せてはくれない。
心にどろどろとした真っ黒な物が浸透して行く…。
「…飢えを凌ぐ方法はあるわ。他に。」
だからこんな言葉も言ってしまう。
-…そう、人の魂や肉を食す以外に。
「…それを俺が好むと思うか?」
低くなる不機嫌な声色。
鴉の眉間には深く皺が刻まれるものの、桃華はやっとこっちを見たわね…と苦笑する。
それに一瞬呆気に取られるものの、黒い瞳を細めれば呆れた様に息をつく。
「…おまえでも殺すぞ。」
そう言えば再びベットに仰向けに寝る鴉。
ねぇ…鴉-…
お願いだから…
女の小さな震えた声が鴉の耳に入る。それにやれやれと男が瞳を開ければ女は切なげに男を見下ろしていた。
「…桃華?…」
鴉の頬に落ちる雫に、唇に落ちるのは冷たい唇。
そしてゆっくりと離れれば女は微笑んだ。
「あの女の所に行くときは…私を殺して。」
それが私を生き返らせたあなたの責任…
そして、あなたの罪だから…。