第49話 薔薇の君
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ライトアップされている広い庭園。
所々にある小さな花壇に、花一面で埋め尽くされた大きな花壇。
城を囲うようにしてあるこの庭は一周するのにどれだけの時間がかかるのか。
栄子はネグリジェのままひとつの花壇の前で立ち止まる。
奥行きのある花壇、彼女の視線はただ奥を見つめる。
『むやみに花壇に近寄ってはいけない』
そう何人もの友人から注意を受けた。
だが、今の彼女にとってそれは無意味なものとなっていた。
頭の中を支配するのはただひとつ…
彼女はその花壇の脇に足を踏み入れ奥に進もうとした。
が、その刹那腕を引かれ踏み入れるはずの足は宙で止まる。
「なにしてるの?」
後ろから振るのは幻聴ではない本物の声。
それにゆっくりと振り返れば呆れ顔の幼なじみが立っていた。
「……。」
「…花壇に入ったらだめだよ、危ないから。」
風に香る香り。
花壇にある花の香りではない彼の香りが鼻を掠める。
ほのかな彼の香りをこんなにも敏感に察知してしまうのはもう病気としかいいようがないな…と栄子は心の中で悪態をついた。
視線が再び向かうのは花壇の奥。
奥に静かに咲き誇るのは…
真っ赤な薔薇達だ。
「…どうかしたの?」
「あれが、欲しいの。」
そう奥を指差す。
そうすれば彼は息をつく。
「薔薇が欲しいなら俺にいってくれればいいのに。俺のあげるよ?」
「秀ちゃんの?」
「うん、はい。」
彼の片手から手品の様に現れる一本の薔薇。
それを彼が差し出せば彼女はそっと手に取る。
彼の香りが映った薔薇、否…薔薇の香りが彼に移ったのか。
それでも薔薇本来だけでは彼の香りとは少し違う。
こんなに近くにいるからいけないのだ。
さっきまでは薔薇の香りだけで満足だったの
に、心が落ち着いたのに。
薔薇を握る手に力が入れば、彼女は自然と俯く。
「…それじゃ、だめ?」
何も言わない彼女に不安になったのか、彼は苦笑しながらも彼女の顔を覗き込めば翡翠の瞳が驚いた様に見開く。
きらきらと光落ちる雫-…
きつく寄せた眉に、強く噛締めた唇…
ころころと涙は石となり転がれば、跡だけを残し消える。
声を押し殺して泣くのは、どうしてか。
狐の心は軋む…
それに優しく抱き寄せれ彼女を胸に抱く。
そうすれば、一瞬びくりと震え力が入るものの彼女が胸元の服を力強く掴めば堰を切った様に嗚咽が聞こえはじめる。
…聞かずとも分かる。
だが、気丈に隠そうとする姿に狐から何もいえるはずもない。
自分は妖怪で人の生死を軽く見る時期も確かにあれば、今とて大事な者を守る為には割り切れるのが事実。
だが目の前の彼女には命の重さに分け隔てがない。
慰めの言葉もなければ、さらに追い討ちを掛けるのは秀忠の事だ。
彼女の心情を理解できるからこそ軽はずみに言えないものの、こんな縋る彼女を目の前にすれば何か言葉を捜さずにはいられない。
「栄子…」
********
甘えてはいけないのに…
だめなのに…
あふれ出した涙は止まらない。
無条件にいつも受け入れてくれる優しい香り。
だめなのに…
いけないのに…
こんなにも私はあなたを求めてしまう…
あなたといて「孤独」を知った-…
「栄子…」
気持ちが落ち着いて来れば、見計らうように頭上から落ちる優しい声。
何か言いかける彼をゆっくりと見上げれば翡翠の瞳が悲しげに見下ろしていた。
未だ残った涙が頬を伝えば彼の指が優しく掬う。
「栄子…」
優しい声-…
あぁ、神様…
少しだけ-…
揺れる翡翠に月明かりが反射する。
吸い込まれそうなそれに、鼻を掠める薔薇の香り…
今だけでいいから…
「秀ちゃん、一緒に寝てください。」
「それはいいんだけど…っ、え?」
稀にみれない幼なじみの驚いた顔。
「お願い。」
笑っているのか、泣いているのか…
自分で分かるはずもなかった。
だけど、私を見下ろす彼の表情が一瞬歪んで見えたから…
きっと私はまだ泣いていたんだと思う。
少しだけ…
少しだけだから…
瞬間、抱きしめられれば窒息するかと思うほど、強く強く抱きしめられた。
これ以上あなたの香りを感じるのは辛いと思うのに…
今だけだからと-…矛盾した想いが交差する。
彼の腰に手を回せば同じように抱きしめた。
約束するから…
だから-…