第43話 重ならぬ思い
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その頃。
躯の部屋では奇琳の声が大きく響く。
「どうするつもりですか、躯様!!これは一大事ですぞ!!」
奇琳は声を荒げソファに腰を沈める躯を見やる。
「そう声を荒げるな。おまえにしちゃ冷静じゃないな。」
「これが冷静にいられますか!!」
バンッと躯の机に手を荒々しく叩くものの、目の前の主は冷静にそれを見やり息をつく。
「ご自分の戦士達がやられているのですよ!!」
「……。」
最近頻繁になってきている予選通過の選手を狙う悪質な事件。
本戦を控えた選手達が狙われる。
側近からそれをはじめて聞いたときは油断でもしたのかと思ったが…
どうしてか、被害者の数が日に日に増して行くこの有様。
まだ表になるほどの人数ではないもののそれでも、少なからず実力を持った選手を狙うなど下手をすれば返り討ちだ。
そして、寝込みを襲うことが全て一致している事。
寝込みを襲われるなどあったとしてもそう易々とやられはしない。
行方不明になるか下手すればそのままベットの上で殺されているという始末。
性別とわず、だ。
「聞いてますか!躯様!!!!」
奇林の荒げた声に、躯の瞳が冷ややかに細まり目の前の男を見据える。
それに奇林は一気に体を硬直させ、続く言葉は喉で止まってしまう。
「……それがどうした?」
低くも凍るような冷たい彼女の声。
「俺は何度も部下達に忠告したぜ?」
少なからず犠牲者は出したくない。
本戦を控えた部下達にはここぞとばかりに側近から忠告をやった。
危険だからと本戦メンバーには物事が治まるまで、一つの部屋で休むようにと伝えた躯。
だが、彼らは普段から自分の力を過信し戦士達といえど個人的に敵対している者も多いため各自の部屋で休んでいたという。
「それは…」
「己の力に溺れ過信した結果死んでいるんだ。自分で考え選んだ答えならば言い訳はできまい。」
気が強いのも困るな。
犠牲者の中でも多いのは躯の戦士達。
残る可能性が高い分、狙われる率もあがる。
弱いものは死ぬ。
平和になってきた魔界といえど根本は変わらなく、それでも少なからず自分の戦士達がこうも簡単に葬られているのには心が痛まないはずもない。
「それでは何も解決しないじゃないですか!!」
「生き残れば勝者。それもありかもしれんぞ?」
目を細め薄く微笑む躯。
表だって出ていないものの身内を殺された事で彼女の瞳には剣呑な怒りの色が見え隠れする。
「…しかし、それでは-…」
「慌ててどうなる。このままトーナメントを中止にすれば犠牲者が出ることはなくなるだろうがな、どうする?」
まぁ、俺の独断では決められんが…と呟く。
「い、いけません!!それは断じていけません!!!やめてしまっては練っていた計画自体が水の泡になります!!」
「…すでに計画は狂い始めてるんだろ?まぁ、俺ははなっから期待なんてしてないぜ?」
「躯様!!あなたがそんな事をおっしゃってどうするんですか!!」
「俺は天下取りに飽きたっていっただろ?」
奇琳の考えと計画ははこうだ。
躯の敷地内で試合をすることは熟知した地での戦闘は躯側が全て有利だという事。
躯が主催者側の人間になればおのずと戦士達の情報も入り見学もできる為次の試合に備えやすく、トーナメント戦が躯の戦士達で固まれば躯の勝ちも決まると同時に躯の周りや政権も固めやすい。
誰も文句の言えない政権。
独裁政権ではなく、投票変わりのトーナメント。
「まぁ、俺が力で培ってきたから、そんな犠牲者を出すのかもしれんな…。」
それに憧れを抱くもの、超えたいと努力するもの。
力により集まった部下たちは自分に近づく為にと大きな力を求めるのかもしれない。
「躯様、そのような者達ばかりではありません。」
「分かっているさ。利口な部下は好きだぜ?」
くすりと笑い窓へ目を向ける。
その穏やかな仕草に奇林は目を細め息をつく。
我が主はどうしてこうもマイペースなのか。
何事にも物怖じせず焦る事もない。
いらないものは躊躇せずに捨てる潔さを持ち、必要なものは確実に手に入れる。
出会った頃はもっと残虐で血に飢え力で全てをねじ伏せていた躯。
それも今となっては-…
緩やかに視線を奇琳に戻す躯。
そしてまた微笑む。
厳しい面は未だ捨てず持っているものの、それでも部下を心配するようになり-…
「飛影と狐の試合、見に行くぞ。奇琳。」
心開く部下も出来れば、色んな事に興味を持つようにもなった。
「…会場の巨大パネルで今回は中継しているようです。予戦であの大画面を使う事はありえないんですが…。」
「へぇ、あいつら有名になったもんだな。」
そう面白そうに笑い目を細める躯。
分かっているくせに彼女の悪い癖だと奇林は思う。
もともとその二人を戦わせようと仕組んだのは一体だれなのか…。
予戦ではありえない組み合わせ。
よほど自分の試合が未だ始まらないから暇なのだろう。
困った主である。
奇琳は苦笑しながらも、やれやれと息をついた。
**********
焼けた大地に砂埃が辺りを包む。
暗雲の空を蠢き龍はこの世のものとは思えぬ声を上げ目の前の狐を食らうつもりだった。
それも今となっては静寂な地。
狐の妖気によって弾き返された黒龍は術者の体内に取り込まれる事となる。
「…ちっ。」
砂埃が風で開けて行く。
焼けた土の臭いが鼻を突く。
見えずとも分かる妖気。
「…そこまでして俺とやりたいか、飛影よ。」
低く透き通る声。
見知った人影より大きな背丈。
何度か見たその姿。
金の瞳の奥に見え隠れする冷静であり好戦的な妖しげな色に飛影は口角を上げる。
「手間を取らせるな。」
そう言えば、狐はくすりと微笑み瞳を細めれば、口元の血を手で拭う。
「秀一の体だとひとたまりもないんだ。気をつけろ。」
「なめてかかるからだ、…蔵馬。」
やっとその姿になったな…。
飛影は目を細め嬉しそうに呟く。
「…秀一は甘いか、逆にお前をイラつかせでもしたか?」
試合開始から間もない黒龍派。
打った目的など知れている。
蔵馬は瞳を細め口角を上げ目の前の赤い瞳の男を見据える。
「……。」
「…安心しろ、お前に勝ちを譲る気はない。」
下手な情に絆されるほど愚かではない。
それこそ目の前の男を侮辱するだけ…だ。
それに少し瞳を伏せる飛影。
「あたりまえだ。本気で戦え。」
だから打った…蔵馬にするために。
赤い瞳がゆっくりと開けば意志の籠ったそれが狐を見据える。
お前とは戦いたくないようで戦いたかった。
これで堂々と戦える。
そして、飛影の中で燻るのは言葉に出来ない狐に対する濁った感情。
それも…やっと開放される。
右手を再び目の前の男にかざす。
「…いいだろう。」
そんな飛影を真っ直ぐに見つめ狐は面白そうに微笑んだ。