第43話 重ならぬ思い
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真っ黒な龍が淀んだ魔界の空を駆け上がる
それを離れた場所から見上げる栄子は口元に手をあて青ざめている。
熱風ともいえる熱い風が栄子の髪を乱して行く。
頬をちりちりと掠って行くのはこれを放った主の妖気の欠片。
真っ黒な龍は標的を追いかける。
「…なんで…」
栄子の口から出るのは震える声。
遠くで蠢く黒龍に標的となる妖怪…
震える手を自身で強く握り、ただ見上げる。
***********
それは数日前-…
派遣エリアの治療所のベットのシーツが足りなくなった為、城の医務室まで足を運んできた栄子。
両手にシーツの束を入れた籠を抱え、さて戻ろうかと気合を入れた最中、背後からかかる聞きなれた声にゆっくりと振り返った。
「また予選!?」
なんでなんで!!?と血相を変える栄子に、苦笑する幼なじみ。
「だって秀ちゃん勝ったじゃない!!あとは本戦までゆっくり休んで体を癒して…」
籠を床に置き、思わず彼の服を掴む。
「栄子ー…」
「だってこの前試合したばっかりじゃない!!だめだよ!!だめ!!!」
服を強く掴んだまま、ふるふると首を振り訴える。
「……。」
過保護、過保護だと秀一は自分の事をそう思ってきた。
だが、どうやらそれは自分だけではなかったらしい。
予選が始まってからというもの、彼女の様子がおかしいので薄々気付いてはきていたが。
自分が怪我をする事を目の前の彼女はどうも酷く嫌がるようだ。
嬉しいが、この場合は困る。
しかし、複雑な心情を抱えながらも自然に頬が緩んでしまう秀一。
「参加者の人数が多いからこういう事もあるよ。俺の予選は他より人数が少なかったみたいだから、よけいさ。」
「そんなの主催者側のミスじゃないの?」
「うーん…まぁ、参加者が当日に一気に増えたっていうのもあるみたいだけど。」
「そんなの関係ないじゃない!!!幽助君なんてまだ一試合もしてないのに、どうして秀ちゃんがまた試合するの?しかも、また大勢の中で戦うんじゃ…!!」
そう言いながらも、きっとそうなんだ-…と、呟きだんだんと青くなっていく栄子。
「大丈夫だよ、強い妖怪も予選じゃそうそうあたらないし…」
そう微笑む秀一を心配気に見上げる栄子。
「大丈夫だよ?」
それを緩和するように彼女の頭を優しく撫でる。
「……。」
「いざとなったら蔵馬になるから。」
そう言うと、彼女は一瞬目を見開くものの、すぐに勢いよくうんうんと頷く。
息を付き微笑む秀一。
『秀一』って信用ないんだな…と内心思うもののそれも仕方ないことなのだと分かる。
「蔵馬だったら勝てるもんね!!!」
同じだと何度言ったらわかるのだろうか。
いざとなれば自然と蔵馬になるのだが-…
「怪我しちゃだめだからね!!私、しばらくはまた仕事漬けになっちゃうけど、無理したらだめだからね!」
「はいはい。」
「あ、いざとなったら蔵馬になる前に棄権して!!棄権!!!!」
そうほうがいいわ!!と目を光らせる栄子。
というか、今棄権しましょ!!と
笑う彼女に思わず目を見開き笑う秀一だった。
だから心配する必要なんてなかったのに…
一気に治療所に運ばれてきた患者達。
それを一気にかたをつけてやろうと奮闘するスタッフ達。
時間と共にそれも次第に落ち着いて行く。
たまたま運よく派遣されたこのエリアは幼なじみの再予選会場だった。
彼がいるというだけで仕事に精が入るのは仕方がない。
いつ来てもすぐに治療が出来るようにと、せっせと妖怪達の治療を進めて行く。
同時に彼の姿を探すものの、まだ見当たらない所を見るとどうやらまだ戦っているらしい。
こうなれば、逆に姿を見て早く安心したいものだ。
近くに居るというだけで不安は軽減されたものの、安心できたわけではないのだから。
それにしてもだ、彼は優勝したいのだろうか。
そもそも、なぜこのトーナメント戦に出場したのか。
蔵馬ゆえ、戦うことが嫌いなわけではないだろうが、やはり優勝したら何かもらえるのか、それが欲しいのか…。盗賊だった蔵馬だから何か狙っているものでもあるのかもしれない。
いや、蔵馬ならば奪うか…。
ここで優勝すれば魔界のトップとしてしばらくは魔界を納める事になるらしい。
もし、彼が優勝したとすれば彼は何年も人間界に帰ってこないという事になるのではないだろうか…。
(さみしいじゃない…)
可能性がないならこんな心配なんかしない。
予選を勝ち残るだけの実力があるからこそ、心配になる。
棄権をしてほしいのは彼の怪我を心配するのはもちろんだが…正直、勝ち残って欲しくないのもあるのだ。
その時だった…
激しい地響きと空を突き抜けるような何かの大きな鳴き声が栄子の思考を戻す。
揺れはすぐにおさまるものの、鳴き声は未だ外に響き渡る。
数名のスタッフに紛れ一緒に外に出る栄子。
そして今に至る-…
「すごい妖気ですね…。優勝者候補が予選であたるなんて…驚きです。でもこれじゃぁ…」
怪我だけで済まないのでは…と青ざめながら言いかけるルナだったが隣に居る栄子に気付き言葉を飲み込む。
俯く栄子。
あまりの出来事にショックを受けているのだとルナは思い、彼女に治療所の中へ戻ろうと促すも動かない栄子に、ルナの視線が彼女の手を捕らえる。
震える手を片方の手で握り、それでも彼女の体は震えている。
「栄子様-…」
とりあえず中に入りましょう?
ルナはそう言葉を続けるつもりだった。
しかし…
「嘘つき。」
ルナが名を呼ぶのと同時に発せられたのは彼女に似つかわしくない低い声。
聞いてない…
聞いてないわ、こんな事。
強い敵とあたらないってそう言ってたじゃない。
淀んだ空に広がる光景。
「なんで…よっ…」
怒りで声が震える。
それは遠く戦う彼には聞こえない…