第41話 予選の合間
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行かなければよかったと思った。
躯の城内にある医務室の扉越しから聞こえる黄色い声。
メイドさん達だろうか…
それともいつも発生地が不明なファン達だろうか…
一体医師はどこにいったのか。
それとも医師は女性でまさかとは思うがこれに混ざっているのではなかろうか。
しかし、どこにいてもよくモテる人だと、本当に思う。
「ここも怪我してますね、ここにも擦り傷が…
包帯しっかり巻いておきましょうね?」
「頬にも傷が…、実は私の唾液は殺菌作用と皮膚再生作用があるのですが…よかったら-…」
「何言ってるのあんた!!!汚いわね!!…あ、蔵馬様、私の瞳を見てくださいませ。私の一族は昔から瞳から出る光で傷を癒し…」
「メデューサの一族でしょ!!?石にしようたってそうはいかないわ!!!」
「な、なに言ってるのよ?そんな事するわけ…」
「顔が笑ってるのよ!!顔が!!!」
ぎゃぁぎゃぁ…と女達の戦う声が廊下にまで聞こえてくる。
幼なじみのこういった状況は慣れてはいる。
中学から今現在にかけて、いつも側に居た私は目の当たりにしていたのだから。
そっと扉の隙間から中を覗くと、女性人に囲まれ、困ったように苦笑する彼の横顔が見える。
「元気そうじゃん。」
優しい彼はそうそう嫌な顔をする事はまずない。
(そういえば…蔵馬は結構顔にでてたかな。)
同一人物ではあるが、蔵馬と秀一の女性の扱い方は全く違う。
蔵馬は興味のない女性には基本見向きもしない。
秀一も確かにそうではあるのだが…
彼は表にそれを出さない。
中身は同じ思考でも、外面は対照的だ。
「…なんか…」
むかつく。
好きだと言ったくせに。
こんな出来事、ずっと前にもあった。
あれは蔵馬だったが…。
あまり思い出したくない思い出…そういえば私の事を好きだと言って蔵馬は他の女性と関係を持っていたのを今になって思い出す。
再び視界に入る秀一。
蔵馬は秀一。
秀一は蔵馬。
思考が悪い方へ動いて行く。
その時だった。
「申し訳ないんですが、もう帰ってくれません?」
良く知る声が黄色い声の間に静かに響く。
それに一瞬止まる彼女達の声。
しかし、それも束の間…
すぐさま彼女達は騒ぎ出す。
なぜ?どうして?
何か気に触りましたか?
と、次から次へと言葉が飛び交う。
扉の隙間から見えるのは、にっこりと微笑む秀一の顔。
たまに見るその顔は…
(…機嫌悪…。)
珍しい。
こんな事くらい慣れっこの彼なのに…
これ位で怒るなんて、よほど機嫌が悪いのか、それともよほどうるさかったのか…
しかし、止まらない彼女達の声にさらに言葉を投げる。
「帰って、くれますね?」
優しい声色。
だけど、背筋が凍るような気がするのは気のせいだろうか。
それにさすがに気が付いたのか、彼女達の顔が見る見るうちに青くなり引きつる。
結局彼女達は諦めたようでぞろぞろと扉から青い顔で静かに出て行く。
さっきまであった覇気は一体どこへいったのか。
どうやら私の存在にも気付かない様子だ。
そんなに彼が怖かったのか…
彼女達の背を見送りながらその場に立ち止まっているとふいに名前を呼ばれ、その主に振り返る。
「栄子、入ったら?」
開いた扉の向こうからこちらを見て微笑む彼。
「……。」
誰だ、これ。
「どうしたの?」
俺の顔に何かついてる?と笑う彼に思わず眉を寄せる。
「珍しいから、女の子にあんな態度とるの。」
「だって栄子が帰ろうとするから。」
「……。」
「心配してくれてありがとう。」
にっこりと微笑む彼に、人の気も知らないで暢気なものだと息を付く栄子。
巻かれた腕の包帯、頬の傷が目に入る。
酷いものではなさそうだが、その姿に顔が強張るのが分かった。
「…棄権って、できないの?」
だから思わず聞いてしまう。
それに一瞬目を大きくする幼なじみ。
「死者だって出てるんでしょ?殺し合いじゃないにしても邪な妖怪だっているんだから!!」
「妖怪はだいたいが邪だと思うけど。」
さらっと言いのける彼の言葉に、そういう話じゃない!!と一括するが、秀一はただ目の前の自分を見て楽しそうに笑う。
「俺は蔵馬だよ?」
「蔵馬のくせに怪我してるじゃない。」
「いざとなったら蔵馬になるから安心して。」
「怪我する前に蔵馬になって。」
要は今回は蔵馬にならなかったという事だ。
秀一が蔵馬でも、やはり戦いとなると心臓に悪い。
蔵馬の強さは知っている、だからきっと秀一も強いのだとは分かるのだ…
分かっているのだが、どうも想像できない。
こちらが心配しているのを他所に彼はなぜか嫌に楽しそうだ。
「…なに?」
どうしてこちらを見て嬉しそうに笑っているのか。
「なんでもない。機嫌、悪いね。」
「人の気もしらないで心配かけるんだもの。」
あたりまえだ。
怪我なんてしないでほしい。
それにへぇ…と、目を細め笑う彼になぜか嫌な予感がし、その時改めて思い出す。
…ここ最近の彼との日常を。
嫌な汗がじわりと手に感じる。
「…じゃ!!そういう事で、安静にするように-…」
逃げるように身を翻す栄子。
だったが-…
扉の取手に蠢く植物の触手達。
「……。」
「せっかく君から来てくれたんだ。もう少し居てよ。何もしないから、さ。」
振り返った先で微笑む胡散臭い黒い彼の笑顔。
だんだんと見えてくる幼なじみの裏の顔。
蔵馬であり秀一である彼。
優しい秀一は時にはまやかしでもある。
椅子から立ち上がり、近づく狐。
そして、栄子の頬に手を当てにっこりと微笑み、顔を覗き込んでくる。
「…治してよ、栄子。」
だから来てくれたんだろ?と頬を撫で瞳を細める。
(で、出た…色気攻撃!!)
思わず体が硬直し、顔が引きつるのが分かる。
甘い声に、香る彼の香り。
耳元で彼は小さくも妖艶に囁き、撫でる指を唇に掠めると、至近距離で顔を覗き込む。
以前より色気がレベルアップした様な気がするのは気のせいだろうか…。
蔵馬だと知ってから?
違う、そうじゃない。
「ねぇ、栄子。」
妖しくも危険な色を含んだ翡翠の瞳に魅せられる。
そう、これは…
「ち、近い!!秀ちゃん!!!」
わざとだ!!!
心臓が激しく脈打つのが分かる。
こんなに側にいたら彼に聞こえてしまうのではないだろうか。
思わず幼なじみの胸を押し返す。
「秀ちゃん!とっ、とっても、とーっても元気そうだもん!!私の治療は必要ない…絶対必要ないよ!!」
そう強く押し返すものの、案の定それも些細な抵抗に過ぎないのか簡単に引き戻される。
「顔真っ赤。」
悪びれる事もなく、くすりと笑うと頬に唇を寄せられ、今にも恥ずかしくて死にそうになる。
そして、頬をちろりと舐める狐の舌の熱さに一瞬走る小さな痛み。
「切れてる、ここ。どうしたの?」
本当なのか、そんな所に傷など作っただろうか。一瞬そんな事を考えるものの、心配気な声に明らかに艶が含まれているのは気のせいなんかじゃない。
「~~~~~~!!!!」
強く瞳を瞑り顔を逸らすものの、いつの間にか腰に回された腕からは逃げようもない。
「さっきの女じゃないけど、掠り傷程度なら俺の唾液で傷はふざがるよ。」
と再度唇を寄せる。
真っ赤な顔にいつ倒れてもおかしくない心臓の激しい血の巡り具合。
限界…です!!!
「そ…そうだ!!!飛影!!!飛影も勝ったんだよね!!飛影の治療しに行かなくちゃ!!飛影どこ?あっ、へ…部屋にいるのね!?秀ちゃん!!!」
再度、彼の胸を強く押し返す。
それはもう腕がぷるぷるする位力強く。
「…飛影は怪我してないよ?」
「そんなのわかんないじゃん!!飛影は昔から素直じゃないし、強がりじゃない!!?」
逃げたい!!
「……。」
「痛くても痛いって言わないタイプだもの。こっちが気付いてあげなきゃ。」
「…そう。」
面白くなさそうに瞳を細める秀一。
一気に機嫌が悪くなっていく彼の様子に気付くものの、今は身を守ることが先決なのだ。
押し返し彼の拘束も緩むと、すかさず彼から離れ距離をあける。
「じゃ…じゃぁね!!秀ちゃん!!!」
そそくさと植物から開放された扉を開け走り去って行く栄子。
その後姿を狐はただ見つめ息を吐く。
彼と彼女との過去を知らない狐。
燻る気持ちはどうしても行き場がなく、ただ胸の内をずぶずぶと支配する。
狐は胸の奥に燻るそれを静かに押さえ込む。
それでも表面上笑みを残すことも出来ず、自分で随分と貪欲になってきたものだ…と呆れたとはいうまでもなかった。