第39話 愚かで愛しい奴
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始めはただ興味があったんだ。
魔界へ迷い込んだ人間は送り返すのが今の魔界の規律。
たまたま退屈していた所にあの娘が俺の目の前に現れただけ。
記憶を見たのだってたまたまだ。
娘の記憶の中にあるのは、良く知る顔ぶれ達。しかも、ただの知り合いってわけでもなさそうだ…。
蔵馬に関しては、どこまで縁深いのか…。
人間にしては時代を遡る程の古い記憶に出会っているではないか…。
ただでさえこんなにも身内の顔が出てくるとなれば、いやでも気になる。
過去の記憶は忘れないように自分で呪いをかけているのかと思うほど鮮明なものだった。
自分を責め呪い、矛盾する愛しい者への想いを封印した娘。
だから、記憶を失くしていたと聞いたときは驚いた。
あんなにも脳裏に住み着いていた記憶を忘れる事ができるのか…見ているこっちでさえ錯覚を起こしそうになる胸のせつない痛みは今でも忘れない。
自然に、なにも恐れる事無く俺と接する娘、あいつらが惹かれるこの娘の真意に触れてみたくて側に置いただけだったのに…。
「今でも何でかわからん…。」
庭を歩く躯は隣で楽しそうに歩く栄子に目を向ける。
「?…何がですか?」
きょとんとしたあほ面。
(そういえば、こいつは自分を飾らないな。)
じっと見る躯に、何か変なものでも食べましたか?と怪訝そうに眉を顰め顔を覗き込む彼女。
「…そんなに寄るとキスするぜ?」
ニヤリと笑う躯に、一気に青ざめ後ずさる。
「もう、からかわないでよ!躯さん!!」
遠くから抗議の声を上げる栄子。
「…からかう?俺はいつでも本気だぜ?栄子ちゃん。」
妖しく細まる瞳、こいこいと手招きをする躯に栄子はふるふると首を振る。
「ちっとも話聞いてくれないし…、口を開いたと思ったらからかうし…!!」
そういえばそうだった。
こいつは朝食をとった後から俺に意味の分からん話をずっとしていたように思う。
魔界の菓子の話がほとんどで、なぜこんな話に付き合わなければいかんのだと思っていたらいつの間にか思考が飛んでいた。
「俺はお前の頭の中が見てみたいよ。」
昨夜の話などひとつも出ないのは気にしまいと強がっているだけだろうか。
相談できるレベルを超えたのか?
正体を知っていた事位なら責められても仕方ないと思っていたのだが…。
呆れた様子の躯に、栄子は唇を尖らせる。
「私はあなたの頭の中が気になります。」
それに、ほう…と楽しそうに目を細める躯に、しまった!!と焦る栄子は今の言葉を撤回しようと顔を上げるが…
「…見せてやろうか?」
既に遅く、間近にある妖艶な彼女の眼差しに押され、思わず後ずさる。
「…い、いや、やっぱりいいかなーって…」
「遠慮するな。この包帯をとれば俺の中身が見れるかもしれないぜ?」
それどういう意味ですか!!と叫ぶ栄子は一瞬考え青ざめるものの、しばらくすると何を思ったのか不安げに眉が下がり目の前の彼女をじっと見上げる。
そして、ゆっくりと手を伸ばす。
「!!?」
撫でられる頭。
栄子の手は優しくオレンジの髪を撫でる。
「…ここも、怪我してたの?」
壊れ物を撫でるかのような柔らかな手の感触と、悲しそうな辛そうな揺れる瞳に、逆にこちらが驚く。
栄子は俺の過去を聞かない。
本来なら俺のこの容姿はどうしたものかと聞きたくなるものだ、今程の親しい仲ならなおさら。
でもこいつは聞かない。
俺は勝手に彼女の過去を盗み見たというのに…。それを怒ることもしない。
そして、怖がらない…。俺はお前の全部を知っているといっても過言ではないのに…だ。
俺は出来ない。
同じように痛みを持ち、同じムジナの者にしか俺は自身の記憶は見せられない。
誇りだと思うこの体も彼女は目の当たりにしたらどう思うのか。
「痛い?…躯さん。」
なでなでと優しく触れる栄子の手がこんなにも温かい。
…見せればきっとこいつは泣くのだろうな。
そして同情もするのだと思う…俺が誇りだと言えばなんと言うのかまでは分からないが。
「…躯さん?」
人の傷を気安く見ないが、見せればきっと分かりたいと思うのだろう。
分かるはずもないけれど、分かりたいと思ってくれるのだろう…。
「あいつと俺の感じるところが同じとは限らんな。」
安らぐのだ、とても。
魔界では安らぎは少ない。
誰かに安らぎを求める事もなくただ生きる為に戦う。
だからこそ、生と死を隣り合わせに生きる我らにとって彼女は-…
「…?」
「おまえは俺の中へすんなり入ってくる。悪くない。」
人を憎む気持ち羨む気持ちも負の気持ちも沢山持っているに違いないのに。
人間とは偽善的な生き物だ分かっているのに…。
こいつは心地よい。
何も言わない躯と伏せる瞳に不安げに栄子は首を傾げ、ハッとする。
「あっ!!すみません、もしかしてここ痛かったですか!?」
慌てて頭から手を退ける。
「……。」
「躯、さん?」
本当に痛かったのかもしれない。
物思いにふける無言の彼女など珍しい。
落ちた瞳がゆっくりと開き栄子を見る。
彼女の優しい眼差しに思わず目を見開く。
何度かみた事のある躯のそれは今までに見たこともない以上温かみを帯びたものだった。
殺せるわけがない…か。
躯は自嘲気味に微笑んだ。