第38話 弱味
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赤い髪が揺れる。
伏せた瞳がゆっくりと開き翡翠が栄子を見据える。
その見慣れた姿に栄子の瞳には身を縮ませながらも安堵の色が浮かぶ。
「秀ちゃん…。」
ほっとした彼女の瞳。
先程とは打って変わり無防備な表情…。
未だに熱を持つ自身を落ち着かせ複雑な想いを抱いたまま狐はただ目の前の娘を見つめる。
その狐の瞳に、はっと何かに気付いたように身を固め構える彼女は、その人物が幼なじみであっても蔵馬なのだと改めて思い出すからだ。
ソファの端の彼女に近づき、彼女の体を優しく抱きしめる秀一。
一瞬びくりと反応する彼女だったが、次第にそれは解け力が抜けて行く。
そして…
「馬鹿…蔵馬も秀ちゃんも、最低だ。」
掠れた声で、息を吐くように呟く。
安心したのか、秀一の肩に彼女の頭が力なく寄りかかって行く。
その髪に頬を寄せ瞳を伏せる秀一。
安心しきった彼女の行動。
秀一がもう何もしないと思い込んでいるのか…。
狐は小さく息を付く。
違う…
この姿だから彼女は安心するのだ
以前俺が君にした事を忘れているわけでもないだろうに…
抱き寄せる彼女の体はこんなにも柔かく、小さい。
先程触れた彼女の唇と肌の感触が未だ残る。
蔵馬になれば自身の欲に忠実になるのは確かだが、人間の姿の俺もそう変わりはしないのだ。
こんなにも欲しいのに、今でも君に自身をねじ込んで、俺で一杯にして壊してしまうくらい愛したいのに…
「本当に…蔵馬の姿とか、いきなりすぎるし…ありえない。」
だが、未だ微かに流れる涙が、秀一の心を再び抑える。
たった数十年の付き合いで根付いてしまった幼なじみとしての弱味。
甘やかしすぎたか…。
「俺は、蔵馬だよ。分かってるよね…。」
それにこくりと頷く彼女に頭が痛くなる。
蔵馬を拒絶し秀一に寄りかかる。
どちらも自分に違いないのに-…
少なからず俺の中の蔵馬はショックを受けていた…そして、秀一の心境は複雑なものだった。
まるで自身の中に二人いるようなありえない感覚まで受ける。
「…あの、ね…」
ぽそりと力なく呟く声に顔を上げ瞳を落とす。
「…私ね、ずっと頭の中で声が聞こえるの。」
「……。」
「『許さない』って、彼の声が聞こえるの。…あの頃も、あなたといるとどうしても彼の事が頭に散らついて…あなたを許せば許すほど逆に辛くなったの。」
弱弱しい声色。
しかし、そんな事分かりきっているのだ。
彼女が背負っているものも、背負う必要が無いことも。
「記憶が戻ってからは…それはすごくて…夜もなかなか寝れなくて…。これはきっと罰なんだなって思う。…あなたは私のせいじゃないって言うけれど…」
思いつめたように言葉を紡ぐ姿に胸が痛む。
「俺の、せいだよ?」
何度この言葉を言ったか。
「俺が彼を殺した。」
秀一の姿で言うのは初めてだけど。
自分でも分かる程の低い声。
一瞬だが見上げる彼女の瞳が怯えたような気がした。
「でもね、栄子…ごめん。」
再び彼女を抱き寄せ、その髪に顔を埋める。
君が辛くても
例え背負うことのない罪を背負ったとしても
悩み苦しんでいても
「もう、君を逃がす気はないんだ。」
だから拒絶したって何も変わらない。
俺を本気で拒むなら君のは生易し過ぎる。