第34話 妖精の湖
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しばらく歩いた。
泉からは随分離れた様に思う。
始めは心配気に何度もかけ声を送ってくれていた驥尾の声が聞こえないことから、もうすぐ躯の城なのだと分かる。
しかし…
「驥尾ちゃんの好きな人…ね。」
ちらりと隣で無防備に寝ている飛影を見る。
まさか彼だったとは。
一瞬だったが、驥尾の瞳から読みとれた感情。
(驥尾ちゃんには上司にあたるのかな、一応…。社内恋愛みたいなものかしら。)
「飛影も罪な男ね。」
あんなにも可愛くてしっかりものの女性の心を掴むなど。
その呟きに微かに飛影の目元がピクリと動く。
「…ん…」
微かにもれる声に、起きるのかとその場に止まる。
それと同時に薄っすら瞳を開ける彼。
まだ覚醒していない赤がかった瞳が、一瞬宙を舞うとゆっくりと栄子を見る。
(おきた…)
まだぼうっとしているのか、半分しか開いていない彼の瞳。
うつろなそれに彼らしくなくて思わず笑みが零れる。
子供みたいだな…と思いながらも、おはようと笑いかける。
それをじっと見やる彼…
まだ分からないのか、寝ぼけているのか…
彼の顔を覗き込む。
「起きてる?飛影…。」
ぺちぺちと彼の頬を叩けば、ふてぶてしそうに眉を寄せる。
そして、頬を叩く手を握られ「起きてる」と機嫌悪そうに睨み呟く。
低血圧だろうか。
彼は寝起きはどうやら悪いらしい。
栄子にもたれた体を起こし離れるが、ふらつく彼を再び支える。
どうやら本気でまだ眠いようだ。
「驥尾ちゃんが監視役代わってくれたから、飛影は部屋に帰って寝ようね。」
「…驥尾?」
「私の部屋のいつも掃除してくれたりするメイドさん。飛影も会った事あると思うんだけど…。」
「あぁ、あの女か。」
「…驥尾ちゃんはね、すごーく気立て良くて可愛くてとってもしっかりしてるんだよ?」
(私はあなたの味方よ、驥尾ちゃん!!)
「…おまえと反対だな。」
隣で大きな欠伸をしながら目を擦る。
「う…ま、まぁ、そうだね。それに綺麗だし、あんな子に好かれる男の子幸せ者だよね。」
(ここで気にしたら負ける!)
栄子はここぞとばかりに言葉を続ける。
「ねぇ、飛影って今彼女とかいるの?」
「…なんの話だ。」
未だに落ちそうな緩い彼の瞳。
「いないよね、居る気配ないものね。」
そういえば仕事の同僚の女の子も彼を気に入っていた。
同僚よりも驥尾を優先するのは悪いと思いつつも、タイミングだし…と納得してみる。
「今度、驥尾ちゃんと一緒に夕食でもどう?」
「……。」
ねむそうな赤い瞳が細くなり、飛影は怪訝そうに眉を寄せ栄子の瞳を捕える。
それににっこりと笑い頷く栄子。
「…俺がなんで共にする必要がある。」
低い不機嫌そうな彼の声が響く。
「なんで?いいじゃない。いつも夕食一人でしょ?誰かと一緒だと楽しいわよ。しかも可愛い子と一緒だと、いつもの夕食がもっとおいしく感じるんじゃない?」
「……。」
「あ、でもその仏頂面はあんまり頂けないわ。せっかく一緒に食べるならちゃんと会話するんだよ?…でも飛影って意外と緊張してペラペラしゃべってたりして。」
普段無口だと、そういう時は逆になるかも。と栄子は面白そうに笑う。
そんな栄子をちっとも面白くないとでも言いたげな表情で冷めた瞳で見る飛影。
「ばかじゃないのか、おまえ。」
ここまで天然だと吐き気がする。
眠気が吹き飛ぶと同時に腹が立つ飛影。
「おや、おやおや飛影君、もしかして女の子との接し方が分からないとか??よかったら私が教えてあげようか?なーんて。」
ふふふと笑う栄子。
その時だった…
微かに聞こえる笑い声…
鈴の様にケラケラと聞こえるそれに思わず栄子は周りを見回す。
『鈍感』
『鈍い』
草木がさわさわと擦れる音。
風に乗り耳に聞こえる言葉はそんな言葉。
「これって…」
「…妖精だな。」
なぜかさらに不機嫌そうに目を細める彼。
顔の高さまで上げた片手に黒い炎が纏う。
「え、えぇ!!ちょ、ちょっと…」
「人が大人しく守ってやってるのに、仕置きだ。」
黒い笑みが宿る。
「ばか、意味分からないし!!それお仕置きの域じゃないと思う!!というか、今そんな力使ったら絶対また寝るよね?」
この状態でも、未だに彼を支えているのだ。
少しでも消耗すれば確実に彼は寝る。
それは栄子にも分かる。
「……ちっ。」
舌打ちとともに、手を下げる。
飛影にとっては今の状況すら屈辱でしかない。
一人で立つことも出来ないほど妖気を使ってしまった彼は、仕方ないといえど栄子に支えられている。
彼女を差し向けた躯に殺意すら覚える。
『寝る子は育つ』
『寝る子は育つんだって』
『なら寝なかったの?』
「……。」
もうどうでもいいではないか。
この際、恥は恥。上塗りすることになろうとももうこの状況では、自分が寝てしまおうが倒れようが…さほど変わりない。
上げた手に先ほどより大きな黒い炎が纏う。
ちりちりと空気のちりを焼き、隣にいる栄子はその炎の熱さと彼の禍々しいオーラに口元が引きつる。
「だ、だめだって!!というか飛影は子供の時あんまり寝なかったから…じゃなくて、男性は25歳までは身長が伸びるって誰かが-…!!」
「しゃべると舌噛むぜ。」
飛影の赤い瞳が据わる。栄子では妖精の姿を未だ捕らえる事は出来ないものの、彼にはどうやら見えているらしい。
「飛影!!身長とか関係ないってば!!!私、そういうの全く気にしないタイプだし!!」
とりあえず、意味が分からず、大丈夫!!と彼の体に抱きつき止めようとする。
こんな森の中、彼のこの炎が飛び交えば大惨事だ。
すると、びくりと反応し固くなる体。
止まるはずもないと予想し目を固く閉じた栄子だったが、その意外な反応と辺りの静けさに「あれ?」と薄く瞳を開く。
目の前に彼の肩が目に入り、見上げるとすぐ真近にある赤い瞳。
「…あれ、やめたの?」
そのまま、彼の赤い瞳に問いかける。
見える片腕にすでに黒い炎はない。
安堵の息を付き、よかった…と頬を緩ませる栄子。
(やっぱり身長の事気にしてたんだ…)
自分を見下ろすのは熱の籠る赤い瞳。
先ほどまで炎を纏っていた彼の手が伸び、彼女の頬に触れ、彼の瞳は切なげに揺らぐ。
どうしたのだろうか…。
躯の部屋から強引に腕を引かれた時に見たのと同じ表情、彼の思考を読み取ろうとするものの、見慣れないそれに答えは出ず首を傾げる。
「…どう、したの?」
頬に触れた彼の指が優しく撫でる、そして見つめる赤い瞳が微かに細まり、ゆっくりと栄子の顔に影を落とそうとした…
『チュー!!』
『チュー!!!だ!!チュー!!!!!』
『チビの気持ちが通じた!!』
「……。」
「…あ、そういうこと!?」
ぽんと手を叩き、なるほど!そう見えちゃうんだ!!と納得する栄子の隣では飛影が静かに目を伏せ薄ら笑い、再び手に先ほどの倍以上の大きさの禍々しい炎を纏わせた。
(躯さん、唆される心配はなかったけれど…妖精の泉が消えてしまいそうです。)