第32話 不可欠な人
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残酷な選択を突きつけたのはなぜか。
私の返事が意味のないものだと言ったあなたの真意は一体なんなのか。
あなたを受け入れようと受け入れまいと関係ないと言いたいのか。
それとも、私が受け入れない…という選択ができないと思っているのか。
きっと後者。
わかっている、私にはあなたが必要だと…
それを賢いあなたはきっと分かっているのだ。
だからあんなにも残酷な言葉を放った。
でも…
『二度と会わない』
意味は理解した。
だけど頭がそれを拒否する…
血の通わぬ感覚に陥る。
手足が痺れ震える。
人間は本当にショックを受けるとこうも手足が震えるのかと初めて知った。
「側にいたいなら俺を受け入れて。」
艶を乗せた甘い口調に、翡翠の瞳が見つめる。
後ろの壁に片手を付き、頬に触れた指は顎を掬い、少し開いた自身の唇に導かれるように降りていく。
鼻を掠める薔薇の香りに記憶が散らつく。
息のかかる距離で止まる唇。
今にも触れそうな距離で見つめるのはせつなげに揺れるあなたの翡翠…
それに呟くのは-…
「お願いだから、受け入れて。」
懇願-…
彼の悲痛な表情に心が軋む…
離れると言われて苦しいのは私なのに…
なぜあなたがそんな顔をするの?
「…決めてよ、栄子。」
揺れる翡翠が見据える。
決める…
それは…
「受け入れてくれるなら…分かるだろ?」
妖しく細まる翡翠に唇を優しくなぞる指。
「秀ちゃん…」
答えを待つ意志の籠る翡翠から目が逸らせない。
震える体の奥で何かが熱を持つ。
彼のその声に息に瞳に、体に痺れが駆け巡る。
なぜ、選択肢が見つからないのか。
彼に側にいてほしい事は確かで…
だけど、関係を変えて側にいるのは酷く怖くて…
頭の奥で警報が鳴っている。
それはもっと深い所で鳴り響く…
これは一体何のか…
その時だった-…
ガッシャーン-…!!!!!!
響き渡る爆発音と激しくガラスの割れる音。
爆風と共に彼の背後に煙が立ち込め、室内がぐらぐらと揺れる。
「え……。」
何が起こったのか目が点になる。
彼の後ろであがる砂煙。
パラパラと頭上から降るのは砂か部屋の欠片が…
煙が薄れる中、壁の側に座り込み頭を擦る幽助の姿。
「いっちち…あんにゃろう…」
壁は酷く損傷していてガラガラと音を経てその場に崩れる。
「幽助君!?」
栄子は彼の姿に気付くと秀一の腕をすり抜け駆け寄る。
この光景を見たのは二度目だろうか。
一度目は幻海の庭でだったか…。
以前とは違い酷く怪我をしている彼。
しゃがみ込み手を翳すと青い光が彼を包み込む。
「…おう、サンキュー栄子。」
痛々しい顔と傷だらけの体。
それでも彼はにかっと笑う。
「一体、何してたの!?」
全身治療は多少時間が掛かる。
両手を翳したまま座り込み見上げる彼に問いかける。
「いや、飛影と修行しててよ。…て、あれ…蔵馬もいるじゃねぇか。」
栄子の後ろ、壁に持たれる秀一に目を向ける幽助。
「……。」
「ここおめぇの部屋か!悪りぃな、蔵馬。…てか、なんだおめぇら部屋で二人っきりで何してたんだ?」
「な…何も、してない!!」
思わず真っ赤になり否定する栄子に、にやにやと笑う幽助。
「へぇ…なるほど。まぁ、久々に会ったんだもんな、話す事は山ほど-……ひっ!!」
視線を変えた幽助が、高い声を上げ青ざめていく。
それに体調が悪いのだろうかとさらに霊力を上げる栄子。
彼女が気付かない幽助の視線の先の人物が不適に笑う。
(…幽助。君は俺にどうされたいですか?)
口だけを動かす彼にふるふると首を振る幽助。
冷ややかな凍るような狐の瞳。まるで傷を抉られるような感覚に思わず身震いをする。
何か地雷を踏んだか!?
自分の発した言葉を振り返るが思い当たらない。
しかし、思い返すと自分がここに吹き飛ばされた時、栄子はどこから駆け寄ってきたのか…
タイミング、か…
幽助はがっくりと肩を落とす。
「…あとで躯さんに謝ってくるんだよ、幽助君。」
「…今、いくわ。」
青ざめ生気の抜けた顔で力なく答え立ち上がる彼に栄子は首を傾げる。
「あ…まだ治療が…」
「…ここじゃ治る気がしねぇ。」
そう言うと部屋の扉からふらふらと出て行く。その後姿を見て、変な幽助…と呟く。
「まぁ、結構治したし大丈夫だよね。」
思わず振り返り秀一の顔を見る栄子だったが、先ほどの出来事を思い出したのか、あっ…と顔が引きつる。
幽助の出現で中断された事。
「しらけたね。」
くすりと笑う彼。
一体何がしらけたのか。
しらけるとかしらけないとかそういう問題ではないような気もする。
「…秀ちゃん…私-…」
何を答えようとしているのか…
自分ですら分からない自分。
そんな様子の栄子を見て、苦笑する彼は彼女の頭に手を置く。
そして、そのまま彼女の顔を覗き込む。
「続きは、今度。」
「つ、続き!!?」
ぎょっとするものの彼の翡翠から逸らせない。
笑う口元とは対象的に、それは冗談めいたものを含まずまっすぐに自分を見つめる。
「邪魔したな…。」
テラスに出た秀一に低い声が掛かる。
「全くですよ…いい所だったのに。」
ガラスの破片がジャラジャラと足に当たる。
派手にやってくれましたね…と声の主、飛影に苦笑する。
そこに栄子の姿はすでにない。
外の壁にもたれる傷だらけの彼に、狐は薬を投げ渡す。
「幽助もそうでしたが、あなたまで。」
「久々に熱くなってな…。」
悪い癖だ…と笑う。
自分も以前はそうだった。
戦いに身を置くことに刺激を感じ、安心すら感じる事もあった。
だが…
今は-…
「蔵馬、今更棄権は出来んぞ…。」
秀一の心情を察したのか飛影は目を細める。
「分かってる…。」
「…栄子に言うのか。」
「……。」
否定も肯定もしない彼に飛影は目を伏せる。
それも覚悟の上、か…。
生ぬるい魔界の風が二人の間を吹きぬけ、砂が舞う…
「栄子が拒絶しようとかまわない。」
彼の口から出た秀一とは違う低い声。
赤い瞳が見開き、揺れる。
「俺にはあいつが必要だ。」
銀髪の長い髪がなびく。
金色の瞳がゆっくりと伏せる。
そう改めて知らされた。
彼女からの口付けの感触がまだ残る。
迷いは真実の欠片。
たとえ…
あの頃に戻れなくても…