第32話 不可欠な人
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いくら治癒の力も持っても自分の傷は治せない。
霊力を鍛えたため自己治癒力は上がっているものの、言ってみれば自然療法と変わらず今すぐ治る…というわけではないらしい。
「…ごめんね、秀ちゃん。」
椅子に腰掛ける栄子の腕に包帯を巻く彼。
異様に慣れた手つきに、本当に何でもできるのだなと感心してしまう。
「早いし、手際いいし、要領いいし、さすがだね。」
へへっと笑う彼女だったが、言葉を投げ掛けても無言のままの彼にだんだんと不安になる。
(…やっぱり怒ってるのかな…)
先日の出来事を思い出す。
告白時に逃げ、彼を少なからず避けていたにも関わらず、躯の部屋では蔵馬の事で泣き、驥尾にはそれが無神経だと怒られた。
彼の様子もおかしかったのは確かだ。
それが原因なのだろうか。
栄子はちらりと視線を上げる。
瞬間どきりと心臓が跳ね上がる。
視線の先にあるのは先に自分を見つめていた彼の瞳と合ったからだ。
「あ…あの…」
至近距離の彼の顔は心臓に悪い。
今までどうして大丈夫だったのかが分からない。
徐々に頬が熱くなっていくのが分かり、それに耐えれず俯く。
その先で聞こえたのは彼のため息。
「頼むから、もう少し警戒して。」
そして呆れた声色。
同時に頭を撫でられ、驚いて顔を上げる。
そこに映るのは呆れた様に目を細めるもの少し微笑む秀一の顔。
心配してくれていたのだと分かるのと同時に、そのいつもの柔らかな感覚に、じわじわと涙腺が弱くなっていく。
それに驚き、撫でる手を引っ込めようとするそれを掴み、ふるふると首を振り「おいて。」と見上げる栄子に、仕方ないな…と苦笑し手を置く。
(これが欲しかったんだ…)
撫でられている感触にうっとりと目を瞑る。
まるで今までの分を補充するかのように、じっとそのままでいる栄子。
「…もう、いい?」
「もう少し。」
「……。」
頭をなでられるのは嫌いじゃない。
それに…それが彼だとすごく好きだ。
幼い頃からこの手に癒され甘やかされこの手がどれほど自身に安心というものをくれたか…。
「秀ちゃんに撫でられると安心するの。」
目を瞑りながらそう呟く彼女。
頬を桃色に染め、嬉しそうに微笑む…。
「……。」
「気持ちい…」
撫でていた手が優しく降りていき、輪郭を沿うように頬に優しく触れる。
その触れ方に安心し、頬に触れた手に自身の手を乗せる。
「…栄子。」
彼が優しく名を呼ぶ。
耳に良い彼の声…
薄っすらと瞳を開ければ翡翠の瞳が優しく自分を見る。
(いつもの彼だ…)
何を怖がっていたんだろうか。
彼は以前と変わらない…
そう思い彼に笑いかける。
それに返すかのように微笑む彼。
きっと彼もそう思っている、このままでいいのだと…きっと-…
しかし…
そっと頬を包み込む彼の両手。
翡翠の瞳は、少し伏せると自身の唇を見つめ、そこに導かれるように降りていく。
彼の香りが鼻を掠める。
「……なに?」
気付けば低い彼の声。
その肩を両手で押し返す真っ赤な顔の栄子。
途中で止められたのが気に入らないのか、秀一は少し不機嫌そうに目を細める。
「なに…じゃなくて…、お、おかしいから。」
(やばい…引き込まれそうだった。)
心臓がバクバクと高鳴る。
彼に聞こえていないかと心配になるほどそれは大きく栄子は焦る。
「……。」
「しかもいきなり過ぎる、毎回毎回。」
「へぇ…、今からしますって言えばいいんだ。」
面白くなさそうに言う彼に、そういう意味じゃない!!と叫ぶ。
「そういう意味じゃなく…、えっと…私まだ何も言ってないし…。返事、してないし…てか、本当なのかな…て時間が経つ事に夢に思えてくるし…。」
だんだんと声が小さくなっていく。
じっと見つめる彼の視線が痛い…。
「…返事する気あったんだ。」
意外そうに驚く秀一に、あっけに取られる栄子。
「え……?」
「栄子の事だから、このままあやふやにされるのかと思っていたけど。」
「!!?」
できればそうしたかった…と、自身の思考をこうも見透かされている事に、思わず目を見開く。
(…すごい、さすが秀ちゃん…。)
「…返事、聞こうか?」
…その言い方もおかしい。
まるで聞かなくてもかまわないとでも言いたげな言い方に、彼の思考が全く読めない。
彼の顔を見上げる。
(返事……。)
しなければいけないとわかっていたのに、逃げたかった事…
『今の気持ちを正直に話せばいいのです!!』
驥尾に言われた言葉を思い出す。
(今の気持ち…)
自分を見つめる彼に、ごくりと唾を飲み込む。
(怖い…)
でもここまでくれば言わないわけにもいかない。
栄子は覚悟を決め、彼をしっかりと見る。
「…私、秀ちゃんの事好きだよ。」
本当だ。
嘘なわけがない。
幼い項から一緒に居て、いつも優しく自分を守っていてくれた彼。
いつもそんな彼に甘えていた自分。
兄妹のいない栄子にとって彼は幼なじみ以上に近い存在であった。
そうまるでそれは家族の様な、兄の様な感覚。
家族と同じくらい幸せになってほしい人。
「でもそれは…家族に近いっていうか…。もちろん、男性としても素敵だとは思うんだ!!実際…どきどきする事もあったし…でもね…」
(離れていかないで。)
「秀ちゃんと恋人になるって…」
(お願いだから…)
「想像できなくて…。」
目を瞑る彼。
何を考えているのか、不安が栄子の胸に渦巻く。
「でも…」
「側にはいてほしい…の。」
(どこかに行かないで…)
「……。」
「…だ、だめ?」
心配そうに見上げる彼女。
目を伏せた彼はゆっくりと目を開く。
「だめって言ったら、どうするの?」
微笑む表情とは対象的な冷ややかな声色に、背筋が凍る。
「側にいれないっていったら?」
続ける彼の言葉。
「……秀ちゃん…」
「側にいて欲しいなら…どうする?」
妖しく翡翠の瞳を細め、少し金色掛かったそれに栄子の瞳は揺れる。
「そんなの…」
「…俺が何で返事を欲しがらなかったのか、まだ分からない?」