第32話 不可欠な人
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「おまえはどうしてそうも信じやすいのか。相変わらず可愛くて仕方がないよ…。」
と頬を撫でる躯にいつもの倍は後ずさる。
それは彼女の部屋での事。
壁の隅まで逃げしゃがみ込む栄子は泣きそうな顔で目の前で面白そうに笑う彼女を見上げる。
「俺は正直どっちもいけるぜ?」
余裕気に鼻で笑う彼女に、サァッと血の気が引き青ざめる栄子。
「ま、マジですか?」
「可愛い奴は大好きだ。おまえなら側室にしてやるっていってるだろ?」
「側室ごめんです!!」
「俺の嫁?…俺も一応女だけど、まぁいい。」
自分の前でしゃがみ込み顔を覗き込む彼女。
「…してみるか?」
(な、なにを!!?)
妖しく光るその瞳に体が凍りつく。
**********
「あ…!!涙のお姉さんだ!!」
「…修羅君。」
彼は名前を覚える気はないのだろうか。
廊下先で出会った彼は満面の笑みを向け、自分の周りを回る。
まるでそれは子犬のようだ。
「…なんか、すごく疲れてない?」
「ふふ、分かる?すっごく疲れた…。」
「躯でしょ?お姉さん気に入られてるもんなぁ。」
頭の後ろで腕を組み笑う。
「…あれは、おもちゃにされてると言うのよ。」
『飛影も驥尾もお仕置きだな…。』
さんざん自分で遊んだ後、呟いた彼女の一言。
結局何もされていないが、ここぞとばかりに遊ばれ満足したようでやっと帰してくれた。
ノル彼女も彼女だ。
あの話は本当なのだろうかと…興味本位で口に出したのがいけなかった。もともと先日に貰った指輪のお礼をしに行っただけだったのだが。
驥尾もそうだが、元はといえば、飛影だ。
いつか絶対仕返ししてやる…。
「お姉さん、苛めたくなるタイプなんだよ、きっと。」
「そう?嬉しくないなぁ。」
「俺もちょっと引っかいて泣かせてみたいもん。」
「…そうなの。…て、えぇ!!」
思わず後ずさる。
「氷泪石、もう一回見たい。」
にっこりと笑う彼に、背筋がぞっとする。
(ここは妖怪屋敷だぁ…)
「ねぇ、泣いてよ。」
「…え、い、今は、無理よ。」
「泣いてくれないと、引っかくよ?」
自分を見つめ目を細める修羅に思わず唾を飲み込む。
「修羅君、それは…」
「あんな簡単に泣けるなら余裕でしょ?」
「あれは勝手に出ちゃったのよ。涙って出そうと思って出るもんじゃないでしょ?」
「俺出るよ。小さいときから嘘泣き得意だぜ?」
へへへと笑う彼に、怖いなぁと笑う栄子。
しかし、次の一言でその笑いも止まる。
「じゃぁ、ちょっと痛いけど、仕方ないか。」
目の前に上げた修羅の指の爪がみるみるうちに鋭く伸びていく。
ありえない光景を目の前に、目を見開く栄子。
「な、何?」
「何って、泣いてくれないから引っかくしかないじゃん。」
(この子が、一番危険だ!!!)
身の危険を感じ逃げようとするものの、片腕を掴まれる。
「逃げないでよ、間違って殺したら俺怒られるじゃん。」
不機嫌そうに言う彼にさらに悪寒が走る。
「こ、殺す…」
一歩間違えれば死ぬ痛み…
一気に青ざめる。
「修羅君、私一応嫁入り前で、傷物になるのはちょっと…」
(黄泉さんは一体どんな育て方してんのよ~!!)
「大丈夫、見えないところにするから。」
「な…!!」
話にならない彼。
目の前に光る彼の鋭い爪が近づき、これから起こる痛みを想像し、顔を背けたときだった。
「こんな所にいたの、栄子。」
柔かい声が名を呼ぶ。
「蔵馬、邪魔すんなよ。」
「修羅、その手を離して。」
優しくも少し冷たい声色。
それを感じ取ったのか、しぶしぶ自分の腕を放す修羅。
掴んだ手のほうも爪が伸びていたようで、放された腕から微かに血が流れる。
「あ、ごめん。見えちゃうね、そこ。」
「見えちゃうね、じゃないでしょ!!この-…」
「栄子、こっちへおいで。」
言いかけた言葉を切る彼の低い声。
いつもと違う響きに振り返ると、そこには目を細め冷ややかな視線をこちらに向ける秀一の姿。
修羅に一言、二言言ってやりたいもののそれを抑える。
(な…なんか怒ってる。)
「栄子。」
「は、はい…」
言われるがまま、彼の側に行けば怪我をしていない手を握られそのまま引かれる。
しかし、まだ修羅への怒りが収まりきらない栄子。
後ろを振り返れば唇を尖らせ面白くなさそうに目を細めこちらを見る彼の姿。
目が合えば手を振る彼に、べー!!と舌を出す。
(秀ちゃんと一緒だったら怖くないもんね、べー!!…だ!!)
それを、きょとんとした瞳で見る修羅だったが、それが妖しく細まる。
「へぇ…。そういう態度なんだ。」
離れていく彼らを見送りながら、面白しろそうに修羅の口は孤を描いた。