第26話 愛しき人
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どれくらい走ったのだろうか…
森の中は思ったより薄暗く、地面は木の根っこや草が生え足場が悪い。
気付けば汗だくで、せっかくメイドさん達が用意してくれた赤いドレスは木や枝に引っ掛かりあちこちが裂け、裾には泥が付いている。
セットされた髪もだらしなく下がって汗で額にへばり付く。
(ひどい…私…)
あげくにはヒールでは思うように走れないため、途中で脱ぎ捨てた。
そのせいで足の裏は痛々しいとは言うまでもない。
***************
ガン!!
激しく本棚に背中をぶつけられる躯は、自分の襟を乱暴に持つ目の前の男を面白そうに見て笑う。
「そんなに熱くなるな、どうしたんだ?」
目を細め、楽しそうに口角を上げる彼女を男は怒りを露にした赤い瞳で睨みつける。
「落ち着け、飛影よ。」
「これが落ち着いてなどいられるか!!!」
今まで多少の事なら感情を露にしなかった飛影、そこまで物事に深入りもしない分、執着も薄かったのだろう。
それがこんなにも怒りを露にするとは…
躯は心底面白そうに笑う。
「…何の目的があってあんな真似しやがった。」
「…目的?…面白いことを聞くじゃないか。あいつに興味があった、それじゃ理由にならんか?」
「なぜ隠したのか聞いている。」
邪眼でも、他の方法でも探すことが出来なかった。
手の込んだ彼女の隠し様。
どんな気持ちで今までいたか…。
それを躯は酒の魚にして楽しんでいたのだと思うと飛影は許せなかったのだ。
彼女はふざけた真似をする事はあってもここまで人の気持ちを振り回す事はしない、そう思っていたから尚更である。
「熱くなるな、飛影よ。…おまえとは反対に狐はいやに冷静だったじゃないか。一瞬俺に殺気を向けたときは殺してやろうかとも考えたが…。」
「お前があいつを盾にしてたからだろ。」
「人聞きの悪い…。おまえと狐の妄想か?」
だから狐は会場を去った。
栄子の後ろで薄ら笑っていた躯の挑戦的な表情。
踏み込めば栄子の命を危うくさせる。
躯の性格を知ってか知らずか、お気に入りと言っても所詮人間、彼女にとっては代えがきくのだ。
「思った以上に気に入ったんだ。」
「それだけが理由なら今ここで殺してやる。」
掴んだ襟を乱暴に体ごと宙に投げる。
躯はそこで体制を立て直すと軽やかに床に着地する。
目の前に剣を構える飛影。
「…やるのか、俺と。」
「うるさい。」
次の瞬間室内に剣の音と部屋の崩壊する音が激しく鳴り響く。
部屋の形がなくなっていく中、閃光のように速い双方、間には火花が散り妖気が激しくぶつかり合う。
大気が歪み、足元が崩れていく。
「おまえには心底残念だぜ!」
「そんな事、へたれたお前に言われたくないな。」
「なんだと?」
キーン-…
飛影の剣を躯が手で止める。
彼女は強い。
それは一番飛影がわかっていた。
「好きな女一人、物に出来ないなど腑抜けではないか。狐に取られるのを横から指を咥えてみてるがいいさ。」
「…うるさい!」
「栄子は以前狐に恋してたぜ。おまえが知らんだけでな…。狐と過ごした記憶も戻ってきてる、後は時間の問題だ。」
「………。」
「魔界は力が全て、欲しいなら奪え。」
躯は不適に笑い飛影の剣を妖気の玉で返す。
その妖気の威力に吹き飛ばされ飛影は体ごと壁をぶち破り外の岩に背中を激しくぶつけるとその場に崩れるように座り込んだ。
「…おまえは昔からそうだ。我慢する必要はない。」
躯の足音が近づき、俯いた顎に手を掛け上を向かされる。
躯の瞳に映る飛影の赤い瞳。
「おまえはもう少し自分に貪欲になれ。」
「今以上に貪欲になったら手がつけられんぞ?」
彼女の手を払いのけ、血を地面に吐き捨てる。
「ふふ、そんなおまえも見てみたい。」
「おまえの思い通りになるなんざまっぴらごめんだぜ。」
飛影は口の血を拭い、剣を地面に突き立て立ち上げる。
「まだやるのか?」
「…今からは俺のストレス発散だ。付き合え。」
「切り替えが早くて好きだよ、おまえ。」
飛影の赤い瞳が鋭く光る。
驚いた彼女の瞳に映っていたのは、蔵馬だけだった。
すぐ隣にいる自分を見ることはなかった。
そのときの感情はどす黒く、初めて彼女を憎く感じてしまった…。
こんな気持ちは知らない-…。