第18話 気分転換
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『栄子、飲みすぎ。』
幼なじみに頬を撫でられる。
翡翠の瞳に甘い口調。
ゆらゆら-…ゆらゆら-…
優しく微笑むそれに、やっぱり迎えに来てくれたのだと嬉しくなる。
栄子はおぶられた彼の首に手を回した。
額に冷えたタオルの感触。
「こんなになるまで飲みやがって…」
不機嫌そうな声。
最近よく聞く声に反応し目を開ける。
「…飛、影?」
ぼーっと視界に映るのは呆れた様に目を細め自分を見下ろす彼の顔。
寝ているのは自分のベッド。
「あれ…私…」
「店でぶっ倒れたおまえを俺が迎えに行った。」
「え、飛影が!!ご、ごめんなさい…。」
申し訳なくて目を伏せる。
以前酔ったときも何かしら迷惑をかけたのに、またかけたのか…しばらく自重しなくては。
栄子は反省する。
「……。」
倒れている彼女を見て、一番に飲みすぎるなと注意をすればよかったと、それを見て後悔した彼。
そして、おぶっていた時に呟いていた彼女の寝言がまだ耳から離れない。
誰と自分を重ねていたのか…
飛影の心は軋む。
「今、何時?」
「10時だ。」
「よくママ許したね、この時間に家に入るの。」
さすがに夜遅くに男性を女性の部屋に入らせない。
普通ならそうなのだが…。
「お前の母親がゆっくりしていけって言ったぞ。」
「ママ、飛影の事気にいってるもんなぁ…」
しかし、寝ている娘の部屋でゆっくりしていけとはよく言ったものだ。
一体何を考えているのか…。
秀一以外に自分の母親が好意を寄せる男の子は珍しい。
やはり、彼らにはどこか共通するところがあるのだろう。
それは栄子自身も感じていることではあるが。
「汗…気持ち悪い…」
「そりゃ、そうだろ。」
「着替えるから、ちょっと外出てもらってもいい?」
夏の時分だ。
酒のせいで普段より汗をかいているにも関わらずこの暑さ。
クーラーが入っているといえど、体が普段より熱を持っている為か汗が吹き出る。
彼はベランダに出る。
ドアの外に出るだけで良かったのだが…と思うものの、それを言うだけでも体力を奪われそうなので、何も言わず着替えようとした。
が…
想像以上に酔っているのか。
頭ははっきりしているものの、体がふらつく。
服を脱ぐのに精一杯。
そのまま、ベットに横になってしまいたい勢いだが、さすがに飛影のいる前でそれは出来ない。
とりあえず部屋着でも着ようかとニット製のショートパンツに足を入れるが…
どしーん!!!
片足だけを突っ込み、バランスを崩した彼女は床に倒れた
「…いた、た…」
頭をさすりながら起き上がるが、打ったせいか先ほどよりくらくらする。
「馬鹿か、おまえ。」
頭上から彼の声。
「え…」
「貸せ、履かせてやる。」
見上げるとそこには、とんだ呆れ顔の飛影。
自分の前にしゃがみこみ片足だけを突っ込んだショーパンに手をかける。
「ば、馬鹿!!入ってこないでよ!!!」
驚き顔を真っ赤にして、身を縮める。
冗談ではない。
彼は一体何を考えているのか。
こちらは下着姿だというのに、変態ではなかろうか。
「さっさと履け、汗かいてそんな格好だと風邪を引く。見ないようにするから、安心しろ。」
嫌々と首を振るが、吐きそうに気持ち悪くなり消沈。
やれやれと息を吐く彼の姿を見て、本当に心配してくれているのだと分かる。
まったく動揺した素振りなどなく、テキパキとした行動。
意識してほしいわけではないが、こうも女扱いされないとは。
ここまでくると、どういったわけか無性に自分が情けなくなってくる。
「…小さい頃は秀ちゃんにも、こうやって着せてもらってたんだよ?」
彼が普通すぎるからか、恥ずかしがっている自分が馬鹿らしくなってきた栄子は、たいしたことではないと思い込みだした。
もちろん最低限の恥じらいは忘れずに。
手伝ってもらうのは途中までだ。
体が見えないようガードしつつ。
もちろん彼もそこは気を遣っているようでこちらを見ようとはしない。
「……。」
「庭に子供用のプール広げて、終わって着替えてからも私はまだ遊び足りなくて、そのままプールにはまりにいってたりしてね…そういう時は秀ちゃんは二回私に服着せなくちゃだめでね…」
「……。」
「私が秀ちゃんは何でもしてくれるからって、全く自分でなにしない時期もあったんだけど…、やっぱりそれは秀ちゃんで、厳しくってね…」
「もういい。」
低い声。
彼を見れば赤い瞳と目が合う。
「や、やだ、こっち見ないでよ。」
まだ上、着てないんだから!と恥ずかしそうに言う栄子。
じっと自分を見つめる赤い瞳。
上はまだ下着一枚の自分。
あまり見つめられると裸を見られていそうな気にさえなる。
だんだんと頬が熱くなっていくのがわかる。
居ても立ってもおれず、彼の持つ上の部屋着を取ろうとするが、避けられる。
「飛影?」
赤い瞳、いつも見ている彼の瞳なのに、なぜか今日は心の中まで見透かされているような気がする。
逸らさない彼の瞳。
身震いしていまいそうなそれに、先に逸らしたのは栄子だった。
「もう、見ないでっていっているの…に-…」
ふいっとそっぽをむく彼女が感じた、膝に置かれた手の感触。
圧が入るそれに栄子は顔を上げる。
驚くほど近い距離にある端正な顔に赤い瞳。
「え……」
頬を撫でられる彼の手の感覚。
「秀一でないと、だめか?」
かすれた声で甘く低く囁く。
「…な、なに、なにが?!」
赤い瞳は栄子の瞳を捕らえる。
彼の親指でなぞられる自身の唇。
これはなんなのか。
心臓がばくばくと高鳴る。
「早く答えろ…」
耳元で甘く囁かれ、撫でるように唇から頬へ、耳の上へ髪の毛をかける様に彼の手が移動すると、そのまま栄子の顔を上に向かせる。
妖しく光る赤い双方。
これは誰なのか。
「ひ…飛影、あ、あの…」
「どきどきするか?」
「はい、めちゃめちゃ…」
すると、彼は面白そうに口角をあげ一言。
「こんなのに、レッスンなんて必要ないだろう。」
そう言うと、彼女から離れ立ち上がる。
「……へ…?」
あっけにとられる栄子。
そして、ぴらぴらと目の前でちらつかせるのは、先ほど奪われた本ではなく…
「い、色気ノート!!!」
真っ赤な顔から一気に真っ青になり叫ぶ栄子。
それは以前、幼なじみとしていた色気レッスンの内容を栄子なりにまとめたものだった。
「本の間に挟まってたぞ。」
勝ち誇ったように楽しそうに笑う飛影。
まさか…
今のは…
(試された!?)
いや、彼の表情を見るからに確実にからかわれたのだと分かると、一気に力が抜けていく。
「まだまだ、だな。どうだ、気晴らしになったか?」
「なっ…!!」
くくくと、さも楽しそうに笑う彼。
それですか!!!!
「し、信じられない!!飛影!!!」
心臓が飛び出るかと思ったそれはかなり体に悪い。
しかも大声を出すとこれもまた頭に響くというもの。
「うう…」
そして、もうひとつショックだった事は…
彼にされた手ほどきの内容は全てノートに書いてあるものだった。
女の自分が相手の色気でどきどきさせられるなど。
きっと自分ではあんな風には出来ない。
飛影の艶のある声が耳に残る。
「飛影が、あんな風になるなんて…」
「ふん、あんなの朝飯前だぜ。」
ソファにもたれながら余裕そうな表情を浮かべる彼にいささか腹が立つ。
「……。」
栄子は心のそこから思った。
やはり、秀一と飛影は似ている、と。
はぁとため息をつく栄子に、「いいかげに服きろ、襲うぞ。」と言われ、慌てて着たとはいうまでもない。
結局の所、自身に色気はないのだと、改めて思い知らされる栄子。
そして、少しは腹いせにはなったか…と満足気に意味のわからない事をつぶやく飛影に栄子はいつか仕返ししてやるのだと、心に決めたのだった。