第2話 痛みと優しさ
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「この新作のスーツのテーマは、格好良く働く女性。トップスは少し短めでここに軽くスリットが入っているわ。これでウエストを強調するの。パンツはスリムなデザインよ。スリムなのに太ももや腰のはりが気にならないように作られているの。」
中原はスーツを手に取りながら店のスタッフ達に話す。
今日は客が少ない。
こういう時、中原はスタッフ達にスーツの種類やポイントを教える。
栄子はふむふむと頷きながらメモを取る。
あの失恋から1ヶ月。
最近の彼女は元気だった。
「いらっしゃいませ。」
客が店に入ってくると中原の講習は一旦終わり、スタッフはそれぞれに散る。
客が先程中原が説明していたスーツを手に取り、鏡の前で合わせてみる。
それに栄子はさっそく客の側まで行く。
「そちらは秋の新作となっております。品があってとてもスタイリッシュなデザインとなっております。ご試着も出来ますので御用の際はお呼びくださいませ。」
接客の仕方は色々あるのだが、ずっと側であれこれ説明されるのが嫌な客も多い。
栄子なりに自分の場合なら…というスタンスで接客をする。
着かず離れず。
「すみません、これとあとこれ、試着してもいいですか?」
「はい!」
栄子は客を試着室まで案内する。
とても手際が良い。
中原は関心してるのか、うんうんと満足そうに頷く。
その時だった。
「ここよ、ここ!」
男性の手を引っ張り女性が入り口から入ってくる。
「おい…待てよ、ここは」
男はキョロキョロしながら辺りを見回す。
中原はいらっしゃいませと頭を下げるが…
下げた先で顔を歪ませた。
よりにもよって…
中原は客に声をかけながら試着室の扉を閉めている栄子の側まで急いで歩く。
「浅野さん、休憩いってきて。」
不自然に栄子の真ん前に立つ中原。
「えっでもさっき休憩はし…」
「いいから、先に」
あっ…と栄子は中原の後ろに客の影を見つけた。
お客様の顔を見て挨拶。
基本である。
「いらっしゃいま…」
中原の肩から覗くように顔を出した瞬間栄子は固まる。
中原は頭に手をおく。
「すみません、ブラウスとかはおいてます?」
こちらに顔をあげたのは、美しい女性だった。
胸位まである栗色の巻髪に、目鼻立ちがはっきりしている。
栄子には持っていない大人の色気を漂わせていた。
「あ…はっはい!あります、こちらです。」
その女性の後ろに立っている男の視線を感じながらも目を合わさず案内する。
体が寒くなる。
足ががくがくする。
栄子はまた自分が切り離された空間にいるような感覚に陥っていた。
男は「俺は外にいるから」と居心地が悪い様子でその場から離れようとするが、女性がしっかりと彼の手を握っているようで離さない。
その手は以前栄子が繋いでいた愛しい手。
「こちらになります。」
栄子の手が震える。
それを目の前の女は気付き顔を上げた。
「…あなた、」
ふと女性が栄子の顔をじっと見る。
そして思い出したかのように目を見開く。
「あんた…あのときの!」
女は一気に顔を歪ませる。
男はおい!と止めに入るが女は男の手を払う。
「浮気相手の女!!」
女は赤い顔で栄子に掴み掛かる。
「…浮気、相手?」
栄子も顔を歪ませる。
「そうよ!この泥棒猫!あんたのせいで私がどれだけ苦しかったか!!この人も最低だったけどあんたも最低よ!わかってて付き合ってたなんて…気持ちの悪い!!」
女は火がついたように栄子に暴言をたたみかける。
栄子は呆然とする。
「あの時はショックで何も言えなかったけど。どういうつもりだったの!?人の彼を誘惑するなんて!!…黙ってないで、なんか言ったらどうなのよ!!」
女は栄子を突き飛ばす。
ガシャン
「つっ…」
栄子はショーケースに腰を打ちつけ痛みで目を細める。
商品のアクセサリーやシャツが床に散らばる。
女はまだ足りないのか、さらに栄子の頬を思いっきりビンタする。
「おい!もういいだろ?やめろって!」
男が女の腕を掴み、引っ張るが、彼女の瞳からは溢れんばかりの涙が流れる。
「なんでこんなやつに!なんで!!」
じんじんと熱を持つ頬から切れた唇を指でなぞる。
痛みで頭がはっきりしたせいか、ヒステリックになっている彼女を客観的に見てしまう自分がいた。
(あぁ…この人も辛かったんだ…)