けんじゃのいし。

とある深夜である。大いなる厄災の影響で眠れなくなってしまった北のミスラの部屋で賢者は彼を寝かし付けていた。相も変わらず、気の毒なことだ。彼は中々寝付けない。今夜も長丁場になることだろう。目を擦りながらミスラは口を開く。

「・・・そういえば、晶の世界では葬儀ってどうするんですか?」
「葬儀ですか?」

恋人達のピロートークのネタとしては物騒である。

「今日任務で墓地に行った時に外国みたいだと言っていたでしょう。何か違うのかと思って。」
「ああ、なるほど。」

確かに彼女は心当たりがあると思った。

「今日言った墓地は、ご遺体を棺に入れてお墓に入れてましたよね?」
「そうですね。それがまぁ普通らしいです。穴だけ掘って埋めるのもありますが。」
「そうなんですね。確かにその方法もあるんですが、メジャーではないというか。」
「はぁ・・・、めじゃー・・・・。」

聞きなれない単語を耳にして、彼は首を傾げる。

「あぁ、えっと一般的という意味です。私が住んでいる所は火葬が普通でした。」
「火葬・・・。燃やすんですか。」
「そうです。その後に、残った骨とか灰を壺に入れてお墓に供えるんです。」
「ふーん、随分狭いところに入れられるんですね。」
「狭い・・・。確かにそうですね。」

少し独特な感想だなと彼女は思う。でも、確かにその感想も一理あるとも感じた。狭いところ以外に何かあっただろうか。そういえば、と彼女は口を開く。

「散骨もありますね。」
「さんこつ・・・。骨を撒くんです?」
「そうです。粉末状にして思い入れのある場所に撒くんですよ。」
「・・・?人間は死んだ後も会いたいから墓を作るんじゃないんですか?」
「う、うーん。どうなんですかね?」

かなり難しい質問である。皆がやっているからとか、そういう文化だからという回答ではお気に召さないかもしれない。

「・・・散骨する人はその場所と一緒になりたかったのかもしれないですね。」
「なんですかそれ。西の魔法使いじゃないんですし。」
「分かりませんよ?色んな人はいますから。特に変わった方法を選ぶ人はこだわりが強いでしょうしね。」
「・・・そうですか。」

一応納得してくれたようである。どちらかといえば眠気の方が勝っているのかもしれない。かなり眠たげであるから。彼女は布団を彼に掛けなおす。

「・・・他にはあるんですか?」
「ほ、他ですか。」

しまった。布団を掛けなおすのはまだ早かったのかもしれない。彼は大きな欠伸をすると彼女を見やる。

「燃やした後、墓に入れるか撒くかの二つなんですか?」
「えっとですね、他の国では鳥に遺体を食べさせるのとか川とか海にそのまま送るのもありましたね確か。」
「・・・へぇ、野ざらしにするって結構野蛮ですね。」
「うーんでもどうなんでしょう。今はやってないかもしれないです。昔の風習かも。」
「昔・・・・。じゃ、二択なんですね。」
「う、うーんちょっと待ってください。なんか他にもあった気がします。」

晶は目を閉じて考え込む。流石に二択って事は無いだろう。何があったっけ。埋葬方法。火、水、鳥は言ったな。なんだっけ。人間は死んだら骨に、この世界だったら魔法使いは死んだら石に___。

「・・・あ。」
「思い出しました?」
「・・・宝石になるのがあります。」
「宝石?賢者様の世界では人間も石になるんですか?」

彼は少し驚いた表情を浮かべる。

「正確に言えば、石にする、加工するが正しいですね。自然にはならないので。」
「へぇ、方法は?」
「多分、遺骨を溶かして圧をかけるんですよ。マグマみたいな?宝石って確か、火山から採れる石が多いので。」
「・・・へぇ。」
「自然の石もその筈なんです。・・・なんだっけ、成分が同じだからできるんですよね。」

晶は頭を捻る。なんだったか。確か中学か高校で化学の授業で教えてもらったような気がする。教科書に載っていた写真なんだっけ、シャーペンの芯、カーボン、ダイヤ・・・・。ああ、そうかCだ。

「・・・炭素だ。」
「たんそ。」
「炭素がこう、ギューってされてくっついたら宝石になるんですよ。」
「?????」

ミスラはさっぱり分からないという表情を浮かべる。

「・・・すみません、説明が下手で。うーん、ムルなら分かるかも?」
「ムルですか。あの人苦手なんですよね。」
「はは、じゃ、また今度聞いておきますね。」

彼女はそう言うと布団に潜り込む。ミスラはもぞもぞと寝る位置を探す彼女に声を掛ける。

「・・・別に聞かなくてもいいですよ。」
「・・・どうして?気になりません?」
「なんだかめんどくさそうなので。」

彼はそういって目を閉じると彼女を抱き寄せる。自分より小さなこの身体は温かい。このまますぐに眠れそうだ。

「・・・めんどくさがりさんですね。」
「そうですよ。いつも合わせてあげてるんです。感謝して下さい。」
「?????ありがとうございます????」

突然の要求に彼女は困惑したが、彼はお構いなしといった様子だ。

「どういたしまして。・・・・ふぁ、そろそろ寝れそうです。」
「???? ・・・おやすみなさい。」
「ええ、おやすみなさい。」

そう言うと彼は一層抱きしめる力を強めて眠りについた。彼女は色々と思うことはあったが、彼の体温が伝わってくるとどうでもよくなってきた。しばらくすると、彼女も夢の世界へ旅立った。


















************


あれから幾月経っただろうか。無事、今年の大いなる厄災も退けることに成功した。今回もやはり苦戦を強いられたが、奇跡的に魔法使いの仲間は全員無事であった。無論、彼らの身体はあちこち生傷が絶えない。それでも石になった者が出なかったのは喜ばしい事だ。これでめでたしめでたしで終われれば良かったが、残念ながらそうはいかない。_____賢者が、真木晶が死んだ。事故だった。普段なら絶対に起こりえないだろうがそれは起きた。誰のせいなのかも最早分からないが、乱戦の中で跳んだだのであろう、こぶし大の石が彼女の脳天に直撃した。たまたま打ちどころが悪かったのだ。魔法使い達は頭から血を吹き出す彼女を助けようと必死に尽力したが間に合わなかった。せめて痛みを感じないようにと、感覚を麻痺させる魔法をかけられた彼女は手短に魔法使い達に別れの挨拶をしていった。最後に彼女はミスラに言った。

「お願いが、あるんです。ミスラ。」
「・・・なんですか。」
「私の、部屋の机の、引き出しにノートがあるんです。・・・それを読んで。」
「・・・それだけですか?他には?なんでもいいですよ。約束しますから。」

彼女はゆるりと顔を振った。

「・・・いいえ、それだけです。」
「・・・もっと、他にあるでしょう?忘れないで、とかどうです?」
「いいえ、大丈夫ですから。・・・・お願いしますね。」

彼女はそう呟いて微笑むと逝った。あっけなかった。残された男達の嗚咽だけがその場に響く。ところで、賢者が死ぬとどうなるのだろうか?残念ながら、前回の賢者の事はもう誰も覚えて居なかった。生きて元の世界に帰ったのか、それとも彼女のように死んだのか。この遺体は彼女の世界に還るのだろうか。しかしながら、彼女の身体から完全に魂が抜けても遺体は消える気配が無かった。散々皆が泣いた後、北の双子達は口を開く。

「賢者ちゃん、ミスラと付き合っていたからのう。」
「そうじゃな、恐らくミスラの魔力が身体に沁み込んだんじゃろう。」
「「ねー。」」
「はぁ・・・、問題でも?」
「無い無い。ちゃんと同意の上じゃったし!!」

二人はキャーと黄色い声を上げる。一部の魔法使い達は気まずそうにしていた。

「・・・では何です?」
「賢者ちゃんを留めておるのはそなたの魔力じゃろうて。」
「取り除けば元の世界に還るのやもしれん。」
「「さて、ミスラよ、どうする?」」

双子の問いかけにしばしミスラは考え込む。正直に言えば、返したくは無い。だが、彼女はいつか自分は元の世界に帰るのだと何度か口にしていた。どうすれば良いのか。そんな彼に泣いて目を腫らしたミチルが声を掛ける。

「あの、ミスラさん。」
「・・・何ですか。ミチル。」
「賢者様が最後に言っていたノート、見てから考えたらどうでしょう?何か書いてあるのかも。」
「・・・そうですね。」

ミスラは振り返って双子に言う。

「とりあえず、魔法舎に戻りますよ。」


彼はいつも通りに呪文を唱えると空間の扉を彼女の部屋に繋いだ。魔法舎に戻ると、魔法使い達は各々の部屋に戻る。今後の事は明日、話し合う事になった。冷たくなった賢者は彼女の部屋のベットに寝かされている。ミスラは、しばらく彼女を眺めていた。

「・・・貴方、死ぬなんて思いませんでした。」

ため息に混じって、言葉は落ちる。ふと、窓の外を見ると雨が降っていた。あの男も悲しんでいるのだろう。

「・・・貴方には守護の魔法も掛けてた筈なんですが、どうして石なんかに当たるんです?」

語り掛けるが、当然返事は無い。

「・・・本当に、貴方にはいつも驚かせられますよ。晶。」

彼はそう言うと机に向かった。椅子に腰かけ、引き出しを開けると確かにノートはあった。手に取って見ると表紙には、特に何も書かれていない。ぺらぺらとめくると、どうやらこれは文字の練習帳のようであった。最初はミミズが這ったような文字が並んでいるが、ページが進むごとに上達している。そういえば、彼女はルチルに文字を習っていたなと彼は思い出した。ミチルと手紙を送りあうだなんて言って、便箋を買いに付き合わされたのも懐かしい。めくり続けると封筒が挟まっていた。白地に黒猫があしらわれたそれは、まさに一緒に買いに行ったものだ。

「・・・・これなんですか?読みますよ?」

ミスラは振り返って手紙の差出人に声を掛ける。返って来たのは沈黙だけだ。彼は、封筒を開けて中身を読む。




____________________________

みすら へ

すみません、はじめ に あやまって おきます。

かんたんな もじ しか わからない ので、よみにくいかも しれない です。

がんばって よんで ください。

いま は ちょうど つき を たおし に いく まえ の 3 にち まえ です。

みすら は いま ゆめ の なか です。かいてる うち に おきたら どうしよう。

どきどき します。

もうすぐ ほんばん ですね。 きんちょう します。 たおせる でしょうか。 きょう まで みんな 

がんばって よういしましたから きっと だいじょうぶ ですよね。 しんじて います。

でも、 たおした あと わたし は どうなる の でしょう か。

もと の せかい に かえる の でしょうか。

いきて も しんで も どっち に いる のか わかりません。

すこし こわいです。 どちらにしても みすら と ちゃんと おわかれが できたら よいのですが。

もちろん 1ばん よいのは おわかれ しなくても よい こと です。

かんちがい しないで。

わたし は あなた を あいして ます。 おわかれ したく ない です。

でも これ は わたし が どうにか できる もんだい でもないし、 みすら にも たぶん むり
 
だと おもうん です。 ごめんなさい。 これ を いま あなた が よんでる なら わたし は
 
おわかれ した あと なんでしょう。 ちゃんと できたなら ほめて ください ね。

ありがとう ございました。 げんき で いてください。


さて、 ここまでは わたし が いきて かえった とき の はなし です。 そうなら この 

1まい まで よんで おわり に してください。 2まいめ からは わたし が しんで しまった 

ばあい に よんで ください。


_________________________


ミスラは二枚目の手紙を読み始める。


__________________________

2 まい め です。 わたし は しんで しまったんですね。

ごめんなさい。 みすら こわいおもい を させて しまい ました。

どうか おこらない で。 たぶん、 そういう うんめい だったんです。

だれ の せい でも ない ですから。 おこる なら わたし に おこって ください。

ところ で わたし の からだ は きえて しまいましたか。

もし、 のこって いる なら そうぎ は みすら に してほしい です。

おねがい します。 そして いま から かく ほうほう で やってほしい です。

もちろん、 みすら が おもう ほうほう が あれば そちら でも かまいません。

おまかせ します。 あなた が えらんで ください。

みすら、おぼえて います か。 いつか の よる に、 わたし の せかい の そうぎ に

ついて はなし ました よね。 にんげん を いし に する はなし です。 あのあと、むる

に きいて みて やっぱり たんそ の はなし は あって ました。 なので りろんじょう は

できる はず です。 かき ます ね。

はじめ に いたい を もやして ほね と はい に してください。

つぎ に ほね と はい を ようがん の よう に とかして ください。できるだけ あつく して。

さいごに それ を ぎゅっとぎゅっと してください。 ぜんごさゆう あらゆる ほうこう から 

あつ を かけて。 そして いっき に さましたら かんせい です 。

その いし は しぜん だと できる まで すうひゃくまん ねん から すうおく ねん かかる 

らしい です。 あと、さめる のが おそい と しっぱい した いし に なります。

たいへん だと おもい ます が、 がんばって ください。


もし、 いし に して くれたら わたし 1000ねん の 愛 みすら に あげれる 

はず です。 もちろん もう あげた つもり なんですけど かたち には して ないので。

かんがえて みて ください。 してくれる ので あれば 3 まいめ の かみ が やく に

たつ はず です。 みんな に わたし の いしょ だと いって ください。

ながく なって しまいました。 ここまで、よんで くれて ありがとう ございます。

わたしは みすら に あえて ほんとう に よかった。 あいしてます。  晶

__________________________




三枚目を見ると、葬儀は北のミスラに一任する。の一文と彼女の署名だけが書き記してあった。
これで全てだったのだろう。念のためノートは全てのページに目を通してみたが、気になるところは無い。
彼女が遺した手紙達を懐にしまうと、彼はまた彼女に向き合った。

「・・・晶、俺はめんどくさがりやさんなんです。手紙を読むよりは、話して欲しかったですよ。」

そう呟く彼の声は少し震えている。

「・・・でも、俺は面倒見がいいですから、やってあげますよ。愛を示せって言ったのは俺ですし。・・・貴方の変わらない愛とやらを見させていただきます。」

その言葉を聞いて安心したのだろうか。永い眠りについてる彼女が笑ったように見えた。彼は目を擦る。そういえばなんだかやけに眠い気がする。そもそも今日は月と戦ったのだ。かなり、気力体力魔力は消耗した。ぐらりと世界が歪んで、身体の力が抜けていく。次の瞬間にはもう目の前が真っ暗になる。皮肉にも彼はすぐに眠りについた。厄災の傷はもう消えてしまったらしい。


**********

翌日、ミスラは真っ昼間まで起きなかった。あまりに起きてこないので、南の魔法使い達が起こしに行くと床で突っ伏したままの彼が発見された。賢者の後追いでもしたのかと早とちりした南の兄弟が半べそをかきながら揺さぶると不機嫌そうに彼は目覚めた。

「・・・ん゛。起きます。・・・・起きますから。おはようございます?」
「み、ミスラさん!!良かった!!」
「死んじゃったかと思いました!!」
「はぁ・・・。俺、石にはなってないんですけど。」

ルチルとミチルはぎゅうぎゅうとミスラを抱きしめる。その様子を見て、フィガロは呟く。

「・・・いいなぁ、心配して貰えて。」
「フィガロ先生、不謹慎ですよ。」

レノックスは冷静にいなす。

「ごめん、ごめん。つい。さて、ルチル、ミチル。ミスラを離して。大丈夫だろうけど軽く診るからさ。」
「「分かりました。」」

フィガロに言われると、二人はすぐ脇に除ける。一方、ミスラは嫌悪感を隠そうとせずにフィガロを見上げる。

「嫌なんですけど。」
「奇遇だね、俺もだよ。でも、かわいい教え子達に頼まれたら断れないからさ。悪いけど協力してくれる?
無理やり診ても良いけどさ。」

そう答える男は腕まくりをしながら、しゃがみ込む。兄弟たちは心配そうにミスラの顔を覗き込むものだから、観念する他無いだろう。

「・・・・はぁ。さっさと終わらせて下さい。」
「お!協力ありがとう!良かったね!ミスラおじさんは良い子だね!」

軽口を叩きながら南の優しいお医者さんは診察を始める。簡単に脈、熱といったものを確認していく。外傷は特に見当たらなかった。記憶には戦いの最中彼も割と深い傷を負っていた姿がある。聞いてみると自分で治癒したとの事だ。まぁ彼の場合何度も死にかけた経験はあるから、腕は確かだろう。

「・・・ふむ、身体の方は異常なし。良かったね。」
「はぁ、どうも。」
「そういえば、昨日は眠れた?床に転がってたけど。」
「眠った・・・、そうですね。」
「もしかして、気絶したって方が近い?」
「・・・ええ、まぁ。」

フィガロは口元に指を添えて少し考える。そんな様子を見て不安になったのか、ミチルは口を開く。

「フィガロ先生・・・?」
「ん、いや、大丈夫。心配しなくてもいいよ。さっきも言ったけど身体は元気だからね。」
「・・・もしかして、心の方ですか?」

ルチルはそう言うと部屋の中で眠っている一人を見た。彼女は当然だが起きない。

「・・・そうだよ。いや、まぁ厄災の傷が消えたってのもあるだろうけど。カインなんかは触れなくても人が見えるようになったって言っていたから、消えた可能性が高いよね。でも、ミスラの場合は・・・、ちょっと判断するには早いかな。昨日今日で心に相当負荷はかかってるはずだからね。」

医師はそういうと、少し困ったような表情を浮かべる。対してミスラはいつも通りのぼんやりとした顔だ。

「・・・ミスラ、いい?昨日は皆、お前に気を使って近寄らなかったけど今日からは誰かと一緒にいなさい。もちろん、賢者様は除いてね。」
「・・・・・・はぁ。」
「多分、お前自身は折り合いがついてるんだと思うけど、周りがね、不安になるからさ。」

ミスラはチラリと辺りを見渡す。ミチルも、ルチルもレノックスも泣いてはいないが不安そうな表情である。

「・・・分かりましたよ。」

ため息交じりにそう言うと、ミスラは兄弟達の頭をくしゃくしゃと撫でまわした。ひとしきり撫でまわした後、レノックスを見やる。

「・・・貴方もやります?」
「・・・え?あぁ、」

レノックスは突然の事で思わず返事をしてしまった。ミスラは容赦なく彼の髪型を崩していく。大男2人のじゃれあいは中々シュールであった。その様子を見て、この場の最年長である男は思わず噴き出した。

「・・・ふふ、こりゃ明日は槍でも降るかな。」
「えっ!? それは困りますよ?」

そういうルチルの声は少し高めである。

「はは、例えばの話さ。さて、ミチルも元気になった?」
「・・・はい!ミスラさんも大丈夫そうだったので、安心しました。」

ミチルはそういうとフィガロに笑顔を向ける。少し目の縁に涙が溜まっていたけれど。

「・・・ほんといい子だね。さて、診察はここまでにするよ。」

フィガロはミチルの手を取る。ボサボサになった髪を整えながらレノックスは口を開いた。

「・・・なら、飯にしましょう。もう昼も過ぎてますし。」
「そうしましょう!今日もネロさんがご飯を作ってくれてますし!行きますよミスラさん!」

ばしっとルチルはミスラの背中を叩いた。かなり力が強い。

「・・・痛ッ!こら、ルチル。」
「あ、ごめんなさい。」

そう言いながらもミスラはぐいぐいと背中を押され部屋を出る。そんな二人を眺めながら、残り三人も後に続く。いつもの騒がしさが戻って来た。


********

南の魔法使い達に連れられて食堂に向かうと、他の国の面々はおおよそ揃っていたようだ。席に着くなり、次々に皆ミスラの様子の見に来ては話かけるものだから中々食事にありつけなかった。イライラしながらミスラは呟く。

「・・・なんか俺の方が死んだみたいじゃないですか。」
「・・・はは、まぁそう言うなよ、兄弟。」

隣でフライドチキンを齧りながら、ブラットリーは声を掛ける。そういう彼を見ると、身体のあちこちは包帯まみれであり、血が滲んでいた。

「・・・・?貴方、治癒魔法知らないんです?」
「・・・馬鹿、知らねえわけがねえだろ。魔力なんかほとんど使い切っちまったからな。ぴんぴんしてんのはお前とオズぐらいなもんだ。ったく、まぁ、こんくらいなら飯食って唾つけときゃ治る。」
「・・・・はぁ。そうですか。」

相変わらず早口な男だ。あっという間に彼は平らげると、二本目の鳥の足を掴んでミスラの顔の前に差し出す。

「ほら、やるよ。食っとけ。」
「どうも・・・?」

ミスラは齧り取ってチキンを頬張る。出来立てのそれはまだ、熱く肉汁が染み出す。

「・・・ん。まぁ飯食えるなら大丈夫だな。」
「・・・・?」
「・・・なんでもねえよ。じゃあな。」

ブラットリーは席を立つと厨房へ向かう。まだ足りねえ、なんか寄越せなんて言って東の料理屋に絡んでいった。肉を齧りながら、ミスラは辺りを見渡す。魔法使い達はなんとなくそれぞれの国でまとまっているらしい。そういえば、中央の国の顔が見当たらない気がした。一体どこにいるのだろうか。ふと、ミチルの隣にリケが居るのを見つけた。彼は少年達につかつかと近寄るとリケに話しかける。

「こんにちは。」
「こんにちは、ミスラ。もう、立ちながら食べるなんてお行儀が悪いですよ。」

少年は大きな目の端を吊り上げる。そんなことは気にも留めずミスラは続ける。

「そうですか。ところで、他の中央の人達はどこに行ってるんです?」
「え? グランウェル城に報告に行くと言ってましたよ。朝から行きましたし、そろそろ帰ってきそうです。」
「そういえば、アーサーさん達遅いですね。」

少年達は顔を見合わせる。すると、丁度彼らは室内に入ってきた。

「悪い、遅くなっちまった。」
「ただいま戻りました。」
「・・・・。」

アーサーを先頭に、カインが片手を上げなら後に続く。オズは終始無言である。

「あ、おかえりなさい。」

口々に、魔法使い達は彼らを出迎えた。彼らは食堂の真ん中辺りに固まると、手を上げる。

「皆、昼食はとったか?遅くなってすまなかった。城へ報告が済んだので話し合いたい。」
「とりあえず、周りに集まってくれ!」

その言葉を聞くと、魔法使い達はわらわらと集まる。ミスラもミチルに手を引かれ、近くに寄った。
カインは人数を数える。全員いたらしい。確認が取れるとアーサーが口を開いた。

「まずは、皆お疲れ様だ。無事、厄災を追い払う事が出来た。城へ伝えると大いに喜んでくれた。後日、パーティーを開いてくれるそうだ。」

普段であれば、ここで誰かが喜びの声を上げるだろうが今は誰も一言も発しなかった。

「・・・あぁ、皆の気持ちは分かっているつもりだ。でも、人間たちの気持ちも分かって欲しい。すまない。」

アーサーが謝るとオズが口を開いた。

「・・・例年通りであれば、もうすでに宴は行われていただろう。だが、今回はそういう訳にはいかない。葬儀が先だ。」
「・・・そうですね。オズ様。だから、パーティーは一週間後にする。皆、覚えておいてほしい。」

返事こそないが、特に否定の声も無かったので承諾したことにして話を進める。

「次に新しい賢者様の事だが、これは葬儀とパーティーが終わった後お呼びする事にする。」
「それがいいじゃろうな」
「新しい者を呼んだ途端、賢者ちゃん消えちゃうかもしれんしな。」

双子の同意が決定打になるだろう。念のため、アーサーは皆に異論はないかと聞くがこれも特に返事は無い。

「・・・では、そのような予定で。本題に入ります。賢者様の葬儀についてだ。・・・ミスラ、何か聞いているか?」

アーサーはミスラを見やる。今日初めて彼を見るが、これといって変わった様子は無かった。少し安堵する。ミスラは答える。

「ええ、まぁ。俺に任せるとの事ですよ。」
「・・・そうか、具体的には?」
「いえ、それだけですよ。見ます?あの人の遺書とやらを。」

ミスラは懐から例の手紙の三枚目を取り出すと彼に手渡した。アーサーは受け取ると中身を見る。たった一文なので確認はすぐ終わった。

「・・・本当に一文だな。」
「ええ、まぁ。そういう事らしいです。」

返された手紙をミチルがじっと見つけるものだから、彼は手渡してやった。そうすると、皆気になったのか次々手紙は彼らの間を渡り歩く。

「・・・ほんとだ。賢者様って本当変わってるね。ミスラに頼むなんてさ。」
「こら、オーエン。」
「まぁまぁ、親しかった者に最後を任せるというのは普通ですから。」
「それって愛?」
「愛ですね。」

なんて口々におしゃべりが始まる。各々言い始めるものだから騒がしい。手紙はひと歩きするとまた、ミスラの手元に帰って来た。手紙一つでここまで騒げるなんてすごい人達ですねなんてミスラは思う。ぼんやりと聞いてるとファウストが鶴の一声を上げた。

「とにかくだ。賢者はミスラに頼むと言ったんだろう?ミスラ、何か案があるのか。」
「はぁ・・・、そうですね。」

再び静まり返った静寂の中で、ミスラは考える。とりあえず、手紙の事を決行するには彼女の遺体は燃やして骨と灰にしなければならない。

「・・・燃やしますか。」
「燃やす!? 何をだ!?」
「遺体をですよ。火葬っていうらしいです。」
「あぁ、そっちか・・・。」
「はい、あの人の故郷ではそうするのが普通らしいです。」
「なるほどな。」

ファウストが納得すると、今度はシノが口を出す。

「じゃ、墓の場所はどうするんだ。」
「魔法舎のどこかとか・・・?」

そう提案するのはヒースクリフである。

「いいな。それ。流石俺の主君。」
「ちょっと、シノ、それやめろよ・・・。」
「なんだ、褒め言葉は受け取れ。」

なんて、いつものやり取りがされる。その様子を見ながらネロがアーサーに疑問を投げかけた。

「なぁ、魔法舎って中央の管轄だろ?墓なんか勝手に建てちまっていいのか?」
「ふむ、まぁそこは法的に問題があれば改正すればよいだろう。」
「・・・さいですか。なら、いいんじゃねえかな。中庭の隅とかさ。あんたはどう思う?」

ネロはミスラに尋ねるが、彼はすぐには返事を言わなかった。彼の頭の中では、わざわざ墓を暴くのは面倒だなだとか、そもそも今からでも何処かへ行って実行した方が面倒ではないんじゃないか。なんて考えが蠢く。ネロはというと無言の圧力を感じて身の危険を感じていた。

「・・・・面倒ですね。」
「え。」
「わざわざ中央に来るのは面倒です。」
「あー・・・、そっか。」

とりあえず、すぐには殺されずに済みそうだ。やはり触らぬ北に祟りなし。余計なことはもう言わないでおこうとネロは口を噤んだ。代わりにブラットリーが結論付ける。

「なら、もうてめぇのとこしかねえ。死者の国だったか?あの湖しかねえだろうよ。」
「そうですね。元々墓地ですし。」
「なら、決まりだ。文句はねえな?」

辺りを見回すと、皆無言であったが頷いたり小さく拍手なんかをして肯定する。話は終わったようだ。

「では、行ってきます。《あるし…》」
「待て待て待て!?」
「はぁ?なんですか。」

引き留められてミスラは不機嫌そうに振り返る。

「馬鹿!!お前、穴掘って埋めりゃいいってもんじゃねえんだぞ!」
「そ、そうだよ!ミスラ!待って!」

意外にも声を上げたのはクロエだった。

「まだ、賢者様のフューネラルドレス用意出来てないし!」
「なんですかそれ。」
「死に装束ですよ。化粧なんかも施して綺麗にして差し上げるんです。」

説明するのはシャイロックである。ムルは空中に漂いながら言う。

「お別れの式も必要!ちゃんとあっちに行けるようにね!」
「おや、では式には僕が音楽を添えましょう。」

名乗り出るのはラスティカである。西の魔法使い達が次々に口を出すと、他の面々も花を入れるだとか思い出の品を入れるだとか話し合う。

「・・・・とにかく、暫く待て。」

オズは杖を掲げながらミスラに言った。


晶、貴方の遺書とやらは全然役に立っていませんよ。












********

結局、準備には二日かかった。ミスラはその後、あちこち引っ張りまわされ常に彼女の好みを聞かれ回った。とても独りになる時間は無かった。式は魔法使いと中央の城からの数名だけで行う。死の湖の湖畔の一角はあちこちに飾り付けされている。ここは元々、悪天候なのであるがオズが魔法で晴天にしていた。木製の棺に寝かせられ、クロエが用意した白いドレスを身にまとう彼女は美しかった。黒い衣装を纏った人々は餞別にと棺の中に品と花を添える。たくさんの物に囲まれ、彼女は相変わらず吞気に微笑んでいた。最後に、花を添えながらミスラは呟く。

「・・・本当にこれで良かったんですか。」

それが彼女の顔を見た最後だった。棺を閉じると、それは小舟に乗せられる。赤い髪の男が、船に乗ると岸からゆっくり離れて行った。渡し守が水を漕ぐ音だけが響く。湖畔で遠ざかる彼らを見守る人々はもう誰も泣かなかった。

「・・・・・・・。」

渡し守として何人も送ってきたが、あれらは特に縁も無い人間だったなと彼は思い出す。棺なんかも特に無く、ずた袋に詰め込まれたり、布にくるまれた骸達。それに比べると立派に送られたものである。どうせこれから燃やすというのに。

「・・・・よっと。」

ミスラは岸に降りると振り返って向こう岸を確認する。どうやら彼らは最後まで見守る気らしい。てっきりこちらに来るのかと思っていたが、そこは二人きりにしてやろうと双子が言った為、皆留まった。結局、一人でも良かったのではないかと彼は思う。他人の考えることはやはり分からない。船から棺を下ろすと、周りにあらかじめ用意していた組木を並べる。呪文を唱えるとぱちぱちと音を立てながら燃え上がる。あっという間に彼女は炎に包まれた。

「・・・さようなら、晶。」

なんとなく、お別れの言葉が必要な気がした。それから炎が消えるまでずっと彼は見守り続けた。すっかり辺りは夕暮れ時である。彼は少しずつ遺灰を集めてとりあえず壺に入れた。途中、風が吹いて幾らか飛んで行ってしまったのが、惜しい気がする。本来であれば、この遺灰を壺に入れ、墓に納めたら終わりである。だが、ミスラにとってはここからが始まりであった。もう一度、彼女の手紙を読み直す。

「・・・・?溶かしてマグマにして、圧をかけて、固めて、冷やす・・・・。」


ミスラは目を閉じて、思い描く。 灰が熔けて真っ赤な溶岩になることを。それらが地中深く熱く、熱く
高温に晒され、押しつぶされる。数百万年、いや、数億年かけて。そして、ある日それは一気に飛び出す。噴火だ。空高く舞ったそれは、急激に外気によって冷やされた。

「《アルシム》」

彼が、壺に向かって呪文を呟く。そして、見事に壺は轟音を放って爆発した。衝撃で吹き飛ばされながらミスラは思う。いや、無理があるだろうと。彼女のお願いは出来る限り応えてきたつもりであるが、これはもう魔法使い1人が再現できる話の規模ではない気がする。ミスラはそのまま湖に着水した。大きな水柱が立つ。

「・・・・・・・。」

ミスラは水中に沈むと身体の力を抜く。すると、自然に彼は浮き上がった。

「・・・・・ぷは。」

水面から顔を出し、息をする。そのまま、水面に漂う。完全に失敗した。彼女はこの湖一帯に飛び散ったことであろう。夕焼けを見ながら、ミスラは思い出す。そういえば、いつかの夜、彼女に教えて貰った。自然と一体化する葬儀、散骨があるのだと。双子辺りに説明を求められたら散骨だと言おう。どうせ、彼らはもうすぐやってくるのだろうから。

「・・・・はぁ。」

面倒な事になったなと空を見ながら思う。先程より更に日は傾き、星が出てき始めた。そして、一瞬きらりと光る。流れ星だろうか。目を細めて、よく見てみる。あれ、何かが落ちて、



_____ぽちゃん。



丁度、彼の胸の辺りに音を立ててそれは落ちてきた。摘まんで、顔の前に持ってくる。それは、小さな琥珀色の石だった。

「・・・・・は?」

ほのかに自身の魔力を感じる。間違いない。あの石だ。彼女が、願った。けんじゃのいし。

「・・・・・あきら。」

思わず、彼女の名を呼ぶ。何度も、何度も。安心したからか、こわかったからか、サビシイからなのか。もう彼は分からなかった。ミスラは彼女が死んでから、初めて涙を流した。そうして、泣いている彼を魔法使い達は見つける。

「おい、居たぞ!ミスラ大丈夫か!!」

カインは声を上げながら腕を回して、他の魔法使い達に知らせた。その合図を元に彼らは集まる。

「・・・おや、彼泣いてるんです?」
「そうみたいだね、やっと泣けたみたいだ。」
「ふふ、猛獣にも心があったみたいで良かったです。」

西と南の先生役は少々呆れた様子で見守る。若い魔法使い達が箒に乗ったまま、ミスラを掴んで岸へと運んで行く。

「はぁ、全く。人騒がせな奴だな。」
「まぁまぁ、せんせ。そう言ってやんな。」

東の保護者達も飛んで行く。ミスラは運ばれると岸に打ち上げられた。彼の涙はもう止まっていた。魔法使い達は彼を取り囲む。

「ミスラちゃん、何があったのじゃ。」
「ミスラちゃん、どうしたのじゃ。」

双子が問いかけるとミスラは答える。

「・・・・火葬です。」
「「いや、ずぶ濡れだし!」」

ルチルは魔法でタオルを取り出すと、彼に掛ける。その時、何か手に持っているように見えた。

「ミスラさん、何を持ってるんですか?」
「ああ、これですか。」

ミスラが手を開くと、小さな石が出てくる。その石を見てムルは叫ぶ。

「ダイヤモンドだ!カラーはディープオレンジ!石言葉はね、無敵!永遠の愛、純愛!」
「永遠・・・。」


ミスラは手紙の内容を思い出す。1000 ねん の あい を みすら に あげれる。
彼女はそう書き残していた。だが、彼女は千年よりももっと長く、永遠だと示してきた。

「・・・あはは。」

ミスラは少年のように笑う。彼だけが意味が分かった。周りの魔法使い達は首を傾げる。そんな彼らを見守りながら日は沈む。






***************

その後、ミスラは魔法使い達に尋問された。その石はなんなのか。そもそも何故ずぶ濡れなのか。爆発音は何だったのか。一から説明を求められて、かなり面倒だった。だが、流石に20人もの相手をする気力も無かったので話す事にした。彼女が石になることを望んだこと。火葬後、魔法をかけたら遺灰を集めた壺が爆発したこと。失敗したと思ったが、その石はミスラの元に降ってきたこと。改めて、言うと噓のような話だが皆信じたようだった。とりわけ西の魔法使いは気に入ったらしく、戯曲を作るだなんて騒いでいた。ムルとクロエは彼に石を指輪にすることを提案した。原石のままでは持ち運びが悪いだの、賢者様ならおめかししなくちゃなんてやかましいものだからミスラは任せることにした。そして、彼女が亡くなってから丁度一週間後の事である。

「ミスラ!お待たせ。はい、完成したよ!」

クロエは小さな箱を彼に手渡す。

「あぁ、もう出来たんですか。・・・ありがとうございます。」

ミスラは箱を受け取ると中身を見る。銀色の指輪の上には、綺麗にカットされた彼女が台座の上に座っていた。

「えへへ、どうかな?」
「まぁ、悪くはないですね。いいんじゃないですか。」

ミスラはそういうと左手の薬指に指輪を嵌める。

「では、行きましょうか。」


そういうと彼らは、パーティーへ向かう。大いなる厄災、月を倒した祝いをする為に。





 けんじゃのいし。終わり
1/1ページ
    スキ