人造妖精と行き止まりの夢/メインストーリー
狼は鋭い牙をちらつかせ、人間を見下す。
誰から食おうか。
どこから食おうか。
それしか考えていない目だった。
『そういえば、この近くに村があるんだったよね』
狼の言葉に、居合わせた全員が身を強張らせた。
この獣は一度の食事で満足しない。
自分たちの次は麓の村人を。
村人の次は隣町の人間を。
ただひたすらに、人類を肉として消化する。
それが今にも現実になろうとしていた。
「させるもんか!」
シルバレットは持っていた銃で応戦した。
狙いを定める余裕は無いが、これだけ的が大きければ、
とりあえず当たる。
そうやって、急所を狙うための隙を窺っていた。
「トリトマ、王都への連絡手段はあるか」
「えっ? ええ。緊急用の伝書鳩が一羽だけ」
二人はトリトマが連れていた使用人達に目配せをし、
この状況を知らせるよう指示した。
使用人達は狼がシルバレットに気を取られている内に、
そっと屋敷の外へと移動する。
「……それで、君は何を知っているんだい?」
ロベルトはコーディリアの前で腰を下ろし、
目線を合わせる。
その口調に、先程までの厳しさは無い。
「……じゃない」
「うん?」
「私は、魔女じゃない……っ」
「それは知ってる」
ロベルトは今更の主張に呆れたが、
コーディリアにとっては違う。
何せ、自分が魔女でないことを、
他の誰からも肯定された事が無かったのだ。
「君が魔女だと思った事は無いよ。だから、
まだ僕が知らない事を話して欲しい」
この間も、シルバレットと狼の交戦は続いていた。
赤ずきんが彼の身体能力の底上げをし、
何とか耐えている状態だった。
「十秒で良いから隙が欲しい……っ」
『無理無理。十秒どころか一秒も隙なんてできやしないよ』
せせら笑う狼の声。それを、ロベルトは聞いた。
「……コーディリア。君は人造妖精達をどうやって街に放っていたんだい?
まさか、徒歩じゃ無いよね?」
「屋敷近くの空き家に馬を一頭繋いであります。
ごめんなさい。屋敷のものを売ったお金を使いました」
「トリトマ。彼女を連れて村へ行って。
村人を避難させて欲しい」
「そんな。ロベルトも一緒に……いえ、
何か考えがあるのね。分かったわ。でも、無茶はしないで」
二人を見届けたロベルトは、すぐさま馬がいるという空き家に向かった。
「くそっ。もう弾が尽きる。
止めを刺せる弾は一発分しか無いのに……!」
「シルバレット」
「ごめん。今話す余裕は無いんだ」
「いいから、あっちを見なさい」
空へと登る一筋の煙。
この状況で火の気などあるはずは無く。
「まさか、狼煙か⁉︎ 何のために⁉︎」
「さっきのロベルトって人間が上げたみたいね。
他の連中はもう屋敷から離れているから」
「僕への知らせって訳か。何か助けが必要なのかな」
「この場合は逆じゃないかしら? わざわざ一人で残っているんだもの」
「勝機があるって事か」
シルバレットは疑問に思いながらも、狼を誘導するように
狼煙が上がる場所へと向かった。
「あれは、馬か?」
「すぐに乗って!」
シルバレットとロベルトの二人を乗せ、
よく手入れされた馬が走り出す。
「十秒で良いんだよね?」
「出来るんですか?」
「多分。まぁ、失敗したら、仲良く一緒に死のうか」
「絶対嫌です」
二人を乗せた馬は、かつて坑道として使われていたトンネルへと入る。
明かりはロベルトが持つランタンのみ。
「ほとんど何も見えませんけど⁉︎」
「そう? 地図は頭に入っているから大丈夫だよ」
複雑に入り組んだトンネル内を、迷うこと無く走り抜ける。
すぐ後ろには狼の牙が迫っていた。
「見えた。準備は良いかい?」
「いつでもどうぞ」
トンネルの先から光が差し込む。
その光に向かって、両者はトンネルを駆け抜けた。
『え?』
トンネルの先にあったのは、断崖絶壁。
疾走する狼は止まり切れず、その巨躯が勢いよく投げ出される。
一方の二人は、トンネルを抜けた瞬間に進路を変え、
崖に沿って作られた足場に立っていた。
いかに丈夫な牙があろうと。
いかに鋭利な爪があろうと。
この空中ではなす術がない。
狼の身体は道理に従い、地面へと落ちていく。
シルバレットが、必殺の弾を込める。
狼が地面に叩きつけられ、土煙が上がった。
狼が絶叫を上げる。
二秒。
シルバレットが静かに銃を構える。
狼が唸りながら、自分の身に何が起きたのか、
記憶をたぐる。
五秒。
状況を理解し、忌々しく崖上を見やる。
向けられた銃口と、目が合ったような気がした。
六秒。
銃の照準が、狼の胸部へ向けられる。
こうしてはいられないと、
痛みに耐える狼が、僅かに身体を起こす。
九秒。
シルバレットの指が、引き金を引いた。
放たれたのは、白く輝く弾丸。
逃してはならない、ただ一度の好機。
『まさか、銀の……』
弾は真っ直ぐに空を裂き、狼の心臓へと到達する。
それは致命傷に足る一撃だった。
もはや、巨大な魂の機構を維持することは出来ない。
所詮は一度狩られた者共の残滓。
一塊になっていた狼達の思念は、散り散りになった。
人間と妖精の勝利である。
「お疲れ様。もう大丈夫だと思って良いのだよね?」
ロベルトの柔らかい声に、
シルバレットは自分が呼吸すら忘れていた事に気づく。
彼はゆっくりと息を吐き、呼吸を整えてから短く返答した。
「おそらく」
ちらりとシルバレットが赤ずきんを見る。
「この場はとりあえず大丈夫よ。
ただ、集まっていた狼達の思念が散っていっただけだから、
またそれぞれの場所で悪さをするでしょうね」
「また集まるような事があったら?」
「そうね。きっとまた、同じような事が起こるでしょうね。
でも、どうせ何百年も先の話よ。貴方が気にする事じゃない。
そんな事より、妖精達の開放が先よ。あのコーディリアって女が
眠っている場所を知っているんでしょう? さっさと聞き出すわよ」
「ああ、それならさっき彼女に聞いた。
水車小屋だそうだから、案内しよう」
水車小屋には、赤ずきんだけが入っていった。
本来、妖精は人間に姿を見せないものなのだ。
人間の想像を食べるという悪夢を見続けていた妖精達は、
数ヶ月の時を経て、ようやく解放された。
