人造妖精と行き止まりの夢/メインストーリー


 実のところ、ロベルトは状況を理解してはいなかった。

 2階の窓から懐かしい顔が見えたかと思えば、仕えているメイドと揉めており、それを見知らぬ少年が覗き見ている。

 ロベルトは軟禁されているとはいえ、屋敷を預かる主人に違いない。
 彼はその責務を感じ、顔を出す事にした。

 そして、ごく自然に。これまでそうしてきたように。かつて生涯を誓った令嬢を、庇ったのである。

「ロベルト? 本当に? 貴方生きていたの?」

「勝手に殺さないで欲しいな。いや、死ぬかと思った事は何度かあったけど」

「傷は大丈夫? 沢山血が出ているわ。早く手当てしなきゃ」

「大丈夫って言いたいけど、君相手に強がることもないか。うん。人生で一番痛いかも」

 そう言いながらも、ロベルトは笑みを絶やさない。甘えて見せているようで、トリトマに心配をかけまいと痩せ我慢をしている事に、変わりはなかった。

 何せ、この屋敷には手当てに必要な物が何も無い。医者にかかれば良さそうな物だが、ロベルトはこんな状況にあって尚、敷地の外に出てはならないという言いつけを守ろうとしていた。

 「さて。説明して貰おうか、コーディリア。これはどういう事なのかな。君は他者に手を挙げるような人間ではないと思っていたのだが。それと」

 ロベルトは庭の隅を見やる。

「君は誰だい? 私の記憶に無い人間だ。素性を明らかにし、来訪の目的を述べよ」

 トリトマへの態度とは一変、貴族然とした口調で問うロベルト。シルバレットは一瞬怯んだが、赤ずきんから「あなたに後ろめたい事なんて無いでしょう?」と促され、ロベルトの前に歩み出た。

 コーディリアの方はといえば、ロベルトの血で染まった指先を見て、
放心しているようだった。

 ロベルトはコーディリアから話を聞くのは難しいと判断し、先にシルバレットの目的を聞き出すことにした。

「質問に答えてもらおうか」

「名はシルバレット・シャステル。妖精赤ずきんの依頼でこの地に参りました。無断で敷地内に侵入した事については謝ります。どうしても貴方に会いたかったものですから」

「私に?」

「彼、ここへ来る前に会ったわ。この子を気にしているようだったから、悪い人がこの屋敷で何かするのかと思って、私はここへ来たの」

 トリトマはポシェットから人造妖精を取り出し、ロベルトに見せる。

「確かにこの人形は僕の……待てどういう事だこれは」

 自分が作った、木や布で出来ているはずの人形が呼吸をし、
顔にかかる髪を小さな手ではらう。ロベルトは唖然とした。

「……何も、知らなかったんですね。貴方は」

「シルバレットと言ったな。妖精の依頼とやらは、これと関係が?」

「はい。現在この屋敷の外では、人類が緩やかに衰退を始めています。その原因こそが『人造妖精』。妖精の思念を分割し、仮の魂として素体に定着させたもの。その素体というのが」

「僕が作った人形、という訳か。にわかには信じがたいが……目の前にいる以上、信じるしかないな」

「貴方が何も知らないのなら、分割した思念を定着させたのは別の誰かということになりますが、状況的に彼女しかいないでしょうね」

「ああ。そもそも、僕に妖精をモデルとした人形作りを進言してきたのはコーディリアだった」

 未だ立ち上げれない女に、皆の視線が集まる。

「君は一体何者なんだ。どこからどこまでが嘘だった? 流石に、あの大怪我が自作自演だったとは言わないだろう?」

 相変わらず、コーディリアは自分の手を見て震えている。

「コーディリア‼︎」

 あまりにも埒が明かない状況に、ロベルトが珍しく大声を上げると、ようやくコーディリアは顔を上げた。

 そして、その目で最初に捉えたのが、負傷したロベルトの肩だった。

「ちが……そんなつもりじゃ……でも……」

「私に怪我をさせたのは本意でないと?
それはそれで勝手な話だ。君がトリトマを傷つけようとしたのは事実なのだから」

「……っ」

 コーディリアは、それ以上何も言わなかった。
 ロベルトをたぶらかし、復讐の道具として利用しているつもりだった。
 だが、絆されていたのはコーディリアの方だった。
 それを、彼女はようやく理解した。

『あーあ。つまんないの』

 コーディリアから聞こえた、けれど彼女のものではない濁った声。

『せっかく順調だったのにさ。こーんな邪魔が入った挙句、
協力者殿は腑抜けちゃって。
ま、いいや。君達のお陰で実体化出来る程度の力は手に入ったし。
後は自分でやるよ』

 コーディリアから沸き立つ黒い影。それは。

「何だあの化け物は……!」

 ある世界では黒い森で。
 ある世界ではジェヴォーダンの地で。

 世界の垣根を超えて、あらゆる命を貪った肉食獣。

「狼……だよな? 赤ずきん達が感じていた獣臭さはコイツだったのか。いやでも」

 自分たちを見下ろす視線。それは、およそ狼と呼べる大きさではなかった。

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