人造妖精と行き止まりの夢/メインストーリー
銀髪と呼ぶには一歩惜しい、くすんだ髪の少年が住民に尋ねる。
「あの道は? 随分険しそうですけど」
「ああ、昔はあの道の先に村があったんだ。俺が若い頃は鉱山があって、随分栄えていたんだがな。今は誰も寄り付かんよ。ああでも、去年から王都でやらかしたロベルト坊ちゃんが軟禁されとったよ。もう生きちゃいないだろうがね」
最後の一言に引っかかりつつも、シルバレットは会話を続ける。
「そういえば貴族の子息が王女に手を出したって噂になってましたね。
軟禁されたのがこちらとは知りませんでした。
それにしても……鉱山かぁ。ちょっと興味ありますね。一本道ですか?」
「行く気かい? 危ねぇぞ。まぁ、建物や鉱山跡に入らなきゃ平気か。そう、一本道だ。迷いようがねぇ」
住民と別れたシルバレットは、山道へと向かう。無論、目的は鉱山などでは無いが、貴族の軟禁場所を訪ねるには、それらしい建前が必要だろう。
見た目にばかり気を遣った令嬢の靴とは違い、実用的なブーツは荒地でも歩きやすく、シルバレットは苦もなく坂道を登る。うっかり令嬢に追いついてしまわないよう、休息を取る余裕があるほどに、シルバレットの足は軽快だ。
さて、息も絶え絶えのトリトマは、見覚えの無い女と向き合っていた。
「誰?」
「それはこちらのセリフです。お客様がいらっしゃるなんて、今日の予定にございません」
愛想の悪い女は、トリトマを拒むような口調でそう言った。
「……トリトマ・ノイモントと言えば分かるかしら」
「トリトマ? どこかで聞いたような……確かロベルトの……?」
女の言葉を聞いて、トリトマは青ざめる。
この女は、粗末とはいえメイドと分かる格好をしている。この屋敷に仕えているのは間違いない。そして、この屋敷にはロベルトしかいない。女が仕えるのはロベルトだ。にも関わらず、この女はロベルトを呼び捨てにした。
見れば結構な美人だと、トリトマは思った。胸は豊かだが、ウエストはしっかりとくびれている。そしてロベルトの母に似た、エメラルドのような瞳。
「……彼に会いに来たの? 彼の潔白を信じもしなかった貴女が?」
「……っ!」
トリトマは何も言い返せなかった。長年婚約者として連れ添った相手に裏切られたのだと、本気で思っていたからだ。ロベルトが王の御前で糾弾された時も、トリトマは自室で泣いていただけだった。
「ぶ、無礼ですよ。メイドの分際でお嬢様に……」
「約束も取り付けずに敷地内に入った方に言われたくないわ。婚約中ならまだしも、とっくに別れているじゃない。先触れを出す程度の礼儀くらいあっても良かったんじゃ無いかしら」
メイドとは思えない尊大な態度。本来許される事では無いが、あまりにも堂々とした佇まいが、トリトマ達に有無を言わせなかった。
トリトマもメイドも互いが気になって、様子を窺うシルバレット達に気づかない。
トリトマは、ロベルトとただならぬ関係に見える女を前に、今にも心が折れそうだった。
この女が、ロベルトを看取ったのか。
この女に、ロベルトの遺品が渡ったのか。
そう思うだけで吐き気がした。
けれど、動揺していたのはメイドも同じ。
突如現れたロベルトの元婚約者。ロベルトをたぶらかし、利用していた彼女にとって、トリトマの存在は非常に邪魔だった。
トリトマがロベルトを見限っていないのは明らかであり、万が一二人が顔を合わせてしまったら、人造妖精を使った計画が台無しになってしまう。
これまでの強気な発言は、トリトマが自分をロベルトの愛人か何かだと勘違いしているのを逆手に取り、心を挫いてさっさと帰らせたかったというのが本音である。
二人の女は互いに見つめあったまま、微動だにしない。どちらも、決して引くことはできなかった。
膠着状態が続く中、先に動いたのはトリトマだった。
「お願い、屋敷の中に入れて。ここにはロベルトの……」
真正面からメイドの肩を掴み、訴える。
「嫌よ。大体貴女はもう彼とは他人でしょう? いえ、結婚前だったんだから、元々他人のはずよね」
「それは……でも、私はこれ以上失いたくない……」
「なんですって?」
トリトマの言葉は、図らずともメイドの逆鱗に触れた。
「貴族のお嬢様らしい発言ね。こっちは失う物すら無いっていうのに」
「そういう意味じゃ……私はただ、二度と彼の事で間違いたくないだけなの」
怒りに震えるメイドの手に、力が籠る。その殺気立つ指先は、シルバレットの目にも届いた。
「あれは……」
黒く染まった爪は鋭く尖り、女らしい指は歪に曲がる。それはおよそ、人間の手ではなかった。
その腕が振り上げられると、シルバレットは慌てて止めに入ろうとしたが、それより早く目の前を走り抜ける人影があった。
「どうして……」
指先から血を滴らせながら狼狽するメイドと、何が起きているのか理解できずにいる無傷の令嬢。
そして、令嬢を抱え込みながら血を流す青年の姿があった。
