「今日は峯君と食事に行く日だろう」


父の言葉に、私は箸を置いた。
朝からこんな話題では、食欲も無くなる。


「くれぐれも前回のように恥をかかせないように」


父は私には目もくれず、コーヒーを啜ると
口を拭いて立ち上がった。
私はただ「はい」とだけ返事する。
隣では妹の美都が、クスクスと笑っていた。


「行ってくる」


使用人が広げた背広に腕を通し、父が部屋を後にする。
「イッテラッシャイマセ」という抑揚のない声でそれを見送った。


「この間はパパすごく怒ってたね」


未だにクスクス笑いの止まらない美都がそう言った。
彼女は4つ下の妹で、今は大学生だ。
私と違って育ちも良く、筋金入りの箱入りだった。
もちろん血は繋がっていない。


「そんなの私が一番わかってる。
帰ってきた後も大変だったんだから」


「お姉ちゃんらしいなって思ったけどね。
そんなに嫌な人だったんだ、峯さん」


「嫌な人というか...」


「人というか、アンドロイドみたいだよ」という言葉は、口にしなかった。
峯は表情がなくて、少し怖い。


「雑誌で見たことがあるけど、私は素敵な人だなって思ったよ。
見た目もそうだけど、頭もすごく良さそう。
正直、お姉ちゃんが羨ましい」


驚いて美都を見るが、その顔に嘘はなさそうだった。
代われるものならそうして欲しいが、可愛い妹を極道に嫁がせるなんてしたくない。
美都は私に比べて器量も良いし、頭も良い。
途中から一緒に暮らし始めた私のことを慕ってくれているし、世間知らずだけれどそこもまた可愛かった。


「...私も行かなきゃ。
美都もそろそろ出ないと遅刻するよ」


「途中まで一緒に行こうよ」


「ううん、私は歩くから」


鞄を掴んで立ち上がる。
美都は運転手付きの車で、私は電車。
これは昔から。
依怙贔屓ではなくて、単に私が金持ちの
当たり前に慣れることができなかっただけだ。
母が再婚したのは、私が12歳の時。
急激に変わった環境に、多感だった私はついていくことができなかった。
ただ、それだけのこと。
靴を履いて玄関を出ると、深呼吸した。
この家は私が12歳の時から、ずっと息苦しい。