般若
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「どんと来い!ストレート!」
金属バットを握り締めて、向かってくる球に向かって思い切り振り切る。
カキーン!という耳障りの良い音がした後で、それが正面のHRと書かれた板に当たった。
古びたBGMが流れて、ホームラン!という機械の声がする。
「よっしゃ!」
私はガッツポーズを作ると、次の球に向けてまたバットを構えた。
周りからも同じように、金属がボールを跳ね返す音が響いてくる。
「なんや、ネェちゃん。女なのにようやるのぉ」
突然声を掛けられ、思わず空振る。
舌打ちしそうになるのを堪えて声の主を探せば、隣の打席に派手な男が立っていた。
素肌にパイソンジャケット、レザーパンツに革の手袋、顔には黒い眼帯があった。
明らかに普通ではないその装いに、私は少しギョッとする。
「すまんのぉ、なんや急に声かけて」
「いえ、別に」
早く会話を切り上げたくて、男の方を見ずに返事した。
次の球に備えようとするが「一人なん?」「何の帰り?」「うまいなぁ」等と矢継ぎ早に声を掛けられ、集中力が続かないので諦めた。
私はバットをフェンスに立て掛けると、「見合いの帰りです」とだけ答える。
「ほぅ、そらあれか。
失敗してヤケになっとんのか」
「逆です。上手くいきそうで、ヤケになってるんです」
何を正直に話しているんだろう。
まだあの美味しくない酒が残っているのか、いつもなら無視するような不審な人と、私は会話を続けてしまう。
「ほんならアレやな。
相手がゴッツイ嫌な奴か、まだ結婚したくないか
どっちかっちゅーことやな」
「どっちもです」
私は峯の顔を思い浮かべ、苛々とする。
あの表情のない顔に向かって、このバットを振り下ろしてやりたいとさえ思った。
格別自分が凶暴だと言うつもりはないが、今日のあれは流石に腹が立つ。
「おもろいなぁ、ネェちゃん」
それは私の言葉なのか態度なのか。
派手な男はヒャッヒャッと声を上げて楽しそうに笑った。
「そない綺麗な格好してたっかいヒール履いてんのに、バンバンホームラン打つしなぁ」
男はそう言うと自分の打席から出て、私の方へ進んでくる。
ネット越しではよく見えなかったが、ジャケットの下からは派手な入れ墨が覗いているから、私は更にギョッとした。
「気に入ったわ!俺良くここにおるから、次会った時はホームラン競争しよや」
そう言って革の手袋に覆われた右手を差し出してくる。
私は仕方なく、その手を握り返した。
「そないほっそい腕でようやるわ」
ニカッと笑われて、私は何故だかホッとする。
この人も恐らく堅気の人ではないだろう。
けれど表情の乏しい峯と会食した後で、この人懐こい顔を見ると安心する。
この人は峯に比べれば人間らしい。
「さっきから鳴ってんで、電話」
ハッとして地面に無造作に置かれたクラッチを見れば、そこからはみ出た携帯電話がチカチカ光っている。
慌てて開けば不在着信が30件、全て父からだった。
「粗方見合いほっぽり出してきたんやろ」
「...よくお分かりで」
恐る恐る掛け直してみれば、案の定耳に父の怒号が響いた。
言い訳をする機会はたぶんない。
「峯君を置き去りにして、お前は何をやっているんだ!
増してやバッティングセンターなど、はしたない!」
「え...どうして」
「外に峯君の車が待っていてくれてるぞ!
今すぐに行って謝りなさい!」
どうして此処が?という疑問は、最後まで聞かなくても分かった。
極道の情報網を、私は甘く見ていたらしい。
トイレに立つフリをしてそのままバーを抜けたけれど、思ったより早く見つかってしまった。
前触れも無くプツリと切られた携帯電話を握り締めて、私は仕方なく打席から出る。
派手柄の男性にペコリと頭を下げて、ヒールを鳴らしてバッティングセンターを後にした。
「またな」
という声が聞こえたけれど、振り返る余裕なんてどこにもなかった。
ドアを開ければすぐそこに、黒塗りの高級車が止まっている。
私の姿を確認したのか、運転手が降りてきて後部座席を開けてくれた。
「これだけお天馬だと、藤田会長も手を焼いているでしょうね」
皮張りのシートに座った瞬間、すぐに嫌味が飛んでくる。
「居場所が分かってらっしゃるなら、父に連絡しないで直接来れば良かったじゃないですか」
「そういう訳にはいかないんですよ」
それは父から私を叱って貰う為だろうか、と一瞬考えたけれど、逃げられた等とこのプライドの高そうな男が口にするとは思えない。
納得行かず首を傾げると、峯は「こちらの世界の話です」と言った。
「ここら一帯、特にあのバッティングセンターは、俺が気軽に立ち入れる場所じゃない」
突然変わった口調に、私は峯の横顔を見る。
けれどそこには相変わらず表情が無くて、余計に体温を感じない。
「次会う時は覚悟しておくんですね。
もう神室町であなたを逃すようなことはしない」
また次があるんですか、とは口に出せなかった。
車内の空気がどこか張り詰めていて、少し怖い。
何故だか私は、あの人懐こい笑顔を思い出していた。
金属バットを握り締めて、向かってくる球に向かって思い切り振り切る。
カキーン!という耳障りの良い音がした後で、それが正面のHRと書かれた板に当たった。
古びたBGMが流れて、ホームラン!という機械の声がする。
「よっしゃ!」
私はガッツポーズを作ると、次の球に向けてまたバットを構えた。
周りからも同じように、金属がボールを跳ね返す音が響いてくる。
「なんや、ネェちゃん。女なのにようやるのぉ」
突然声を掛けられ、思わず空振る。
舌打ちしそうになるのを堪えて声の主を探せば、隣の打席に派手な男が立っていた。
素肌にパイソンジャケット、レザーパンツに革の手袋、顔には黒い眼帯があった。
明らかに普通ではないその装いに、私は少しギョッとする。
「すまんのぉ、なんや急に声かけて」
「いえ、別に」
早く会話を切り上げたくて、男の方を見ずに返事した。
次の球に備えようとするが「一人なん?」「何の帰り?」「うまいなぁ」等と矢継ぎ早に声を掛けられ、集中力が続かないので諦めた。
私はバットをフェンスに立て掛けると、「見合いの帰りです」とだけ答える。
「ほぅ、そらあれか。
失敗してヤケになっとんのか」
「逆です。上手くいきそうで、ヤケになってるんです」
何を正直に話しているんだろう。
まだあの美味しくない酒が残っているのか、いつもなら無視するような不審な人と、私は会話を続けてしまう。
「ほんならアレやな。
相手がゴッツイ嫌な奴か、まだ結婚したくないか
どっちかっちゅーことやな」
「どっちもです」
私は峯の顔を思い浮かべ、苛々とする。
あの表情のない顔に向かって、このバットを振り下ろしてやりたいとさえ思った。
格別自分が凶暴だと言うつもりはないが、今日のあれは流石に腹が立つ。
「おもろいなぁ、ネェちゃん」
それは私の言葉なのか態度なのか。
派手な男はヒャッヒャッと声を上げて楽しそうに笑った。
「そない綺麗な格好してたっかいヒール履いてんのに、バンバンホームラン打つしなぁ」
男はそう言うと自分の打席から出て、私の方へ進んでくる。
ネット越しではよく見えなかったが、ジャケットの下からは派手な入れ墨が覗いているから、私は更にギョッとした。
「気に入ったわ!俺良くここにおるから、次会った時はホームラン競争しよや」
そう言って革の手袋に覆われた右手を差し出してくる。
私は仕方なく、その手を握り返した。
「そないほっそい腕でようやるわ」
ニカッと笑われて、私は何故だかホッとする。
この人も恐らく堅気の人ではないだろう。
けれど表情の乏しい峯と会食した後で、この人懐こい顔を見ると安心する。
この人は峯に比べれば人間らしい。
「さっきから鳴ってんで、電話」
ハッとして地面に無造作に置かれたクラッチを見れば、そこからはみ出た携帯電話がチカチカ光っている。
慌てて開けば不在着信が30件、全て父からだった。
「粗方見合いほっぽり出してきたんやろ」
「...よくお分かりで」
恐る恐る掛け直してみれば、案の定耳に父の怒号が響いた。
言い訳をする機会はたぶんない。
「峯君を置き去りにして、お前は何をやっているんだ!
増してやバッティングセンターなど、はしたない!」
「え...どうして」
「外に峯君の車が待っていてくれてるぞ!
今すぐに行って謝りなさい!」
どうして此処が?という疑問は、最後まで聞かなくても分かった。
極道の情報網を、私は甘く見ていたらしい。
トイレに立つフリをしてそのままバーを抜けたけれど、思ったより早く見つかってしまった。
前触れも無くプツリと切られた携帯電話を握り締めて、私は仕方なく打席から出る。
派手柄の男性にペコリと頭を下げて、ヒールを鳴らしてバッティングセンターを後にした。
「またな」
という声が聞こえたけれど、振り返る余裕なんてどこにもなかった。
ドアを開ければすぐそこに、黒塗りの高級車が止まっている。
私の姿を確認したのか、運転手が降りてきて後部座席を開けてくれた。
「これだけお天馬だと、藤田会長も手を焼いているでしょうね」
皮張りのシートに座った瞬間、すぐに嫌味が飛んでくる。
「居場所が分かってらっしゃるなら、父に連絡しないで直接来れば良かったじゃないですか」
「そういう訳にはいかないんですよ」
それは父から私を叱って貰う為だろうか、と一瞬考えたけれど、逃げられた等とこのプライドの高そうな男が口にするとは思えない。
納得行かず首を傾げると、峯は「こちらの世界の話です」と言った。
「ここら一帯、特にあのバッティングセンターは、俺が気軽に立ち入れる場所じゃない」
突然変わった口調に、私は峯の横顔を見る。
けれどそこには相変わらず表情が無くて、余計に体温を感じない。
「次会う時は覚悟しておくんですね。
もう神室町であなたを逃すようなことはしない」
また次があるんですか、とは口に出せなかった。
車内の空気がどこか張り詰めていて、少し怖い。
何故だか私は、あの人懐こい笑顔を思い出していた。